桜の木の下で告げられた未来の別れは
現実になった。
最後のお別れの日、私は彼の前で泣かなかった。
泣いちゃいけないと思った。
困らせたくなかった。
彼の切なそうな、困ったような慈愛に溢れた顔だけは
覚えている。
自分がどんな顔をしていたのか私には分からない。
彼が私を見て「なんていいこなんだろう…」
と呟いたのは私の心中を察していたからかもしれない。
私たちの長い長い恋は完結した。
帰りの車の中で号泣した。
もう二度と彼には会えないんだと。
別れてから1ヶ月彼はそこにいたのだが私は彼にメールすらしなかった。
会いにも行かなかった。
彼との別れを惜しむ人は私以外にもいて
それを邪魔したくはなかった。
突然母の前で泣き出したことが一度だけある。
子供みたいに「わーん」と泣いた。
本当に子供みたいに。
それから数ヶ月後、彼から一斉メールが届いた。
新しい連絡先としてのメールアドレスの案内と挨拶。
私は出来るだけ彼の負担にならない内容で
メールを返した。
メールのやり取りをときおりするようになった。
会っていた頃に比べればそんなに頻繁では無い。
嬉しさと同時に切なさでいっぱいだった。
もう二度と会えないと思っていた彼とのやりとりは
私には本当に幸せなものだった。
病院で偶然会えたらいいね、
そんな話を彼とメールでした。
何度かそんな話になって会うことになった。
彼に会うと自分がご主人様に会えた時のワンコのようだと思う。
無いはずの尻尾をブンブン振って、
顔中体中笑顔になって駆け寄ってしまう。
彼に走らなくていいから、と言われるのに走ってしまう。
彼といるだけで幸せな気分になってしまう。
もう二度と会えないと思っていた人と食事をして
買い物に付きあってもらい、
幸せな時間を過ごす。
それは切なくも幸福な時間。
彼がくれる優しい時間。
彼がくれる愛に何を持って返せばいいのだろう。
私にはあげられるものがない。
彼の幸せを健康を笑顔を願う。
彼の幸福を心から願う。
彼の魂は美しい。
彼の働き者の大きな手が私は大好きだ。
私を抱きしめ、くすぐり、天国に行かせた
あの優しい指が大好きだ。
私には心の病があり、結婚は考えられなかった。
彼とも結婚はしないが彼以外とも結婚したいとは思わない。
私には愛する人を愛することしかできない。
私の恋を愛に育ててくれたのは彼の慈愛だった。
今も私は彼に一人の男性として恋をしている。
愛と共に。
