何度読んでも、本気が伝わってくるなって思います。

 

https://www.amazon.co.jp/%E3%81%AA%E3%82%93%E3%81%A7%E5%83%95%E3%81%AB%E8%81%9E%E3%81%8F%E3%82%93%E3%81%A0%E3%82%8D%E3%81%86%E3%80%82-%E5%B9%A1%E9%87%8E-%E5%BA%83%E5%BF%97/dp/4344035682/ref=tmm_hrd_swatch_0?_encoding=UTF8&qid=&sr=

 

 

幡野さんが好きなだけです(笑)

 

で、タイトルの「なんで僕に聞くんだろう。」

 

読む前はそのまま、なんというのかな、「聞かれても、そんなの知らんわ!」って意味なのかな?なんて思っていたけれど、読んでみると多分そうじゃない気がします。

 

その話、本当は話したい人、話さなきゃいけない人が他にいるよね。

何でその人に話せないの?

そういう問いかけも含むような気がします。

 

以前ブログの記事にした、不登校の子のお母さんからの相談。

この本の「相談者は読まないほうがいい回答」がそれです。

https://cakes.mu/posts/27569

 

↑途中までですけれど…。

 

多分ね、このお母さんが、「何よ!私の気持なんかわからないくせに!」って幡野さんの回答から目を背けたなら、それで試合終了なんですよね。

別に戦ってる訳じゃないし、「バスケがしたいです!」って話でもないんだけど。

(安西先生…)

 

ちょっと…いや、一瞬自分が崩れるぐらいの相当厳しい言葉なんだけど、本当にごもっともな回答。

ごもっともだって思って、体も心も痛むけど、どうにかしないといけないなと思うかどうかが別れ道になるようにも思います。

 

でも、こういうことを言ってくれる人、言える人って意外と少ないのかなぁ。

ちょっと前に上司が言ってまして。「世の中の8割以上は妥協と忖度で成り立っている」。

…それ、みんな気づいてるけど言っちゃダメなやつですよ(笑)

 

なんで幡野さんに聞くのか、の答えは本気で聞いて本気で答えてくれるからだと思うけど、本当は他に聞くべき人がいる。

相談を持ち掛けた人は「変えたい」と思っている人だと考えたとき、どうしても持ち掛けてきた人が努力することが増えてしまうけど、変えたいと思って聞いてきた人に言わないと、意味をなさないんだよなぁ…とも。

 

もし、変わりたい人が本当に何かを変えることができても、周りにいる人たちがやっぱり何の反応もない「変わりたくない人」たちだったら、そんなの無視したって良いし、なんなら排除していいよ。

…これ、思っていてもなかなか口には出せない気がします。

排除すること=悪って言われがちだから。

この本では、他の相談への答えで普通に言われていたけど。

 

本当はその、周りにいる変わりたくない人たちこそが、変わりたいと思う人を支えてくれたら良いけれど、なかなか…。

だけど、その人たちが「変わりたくない人たち」かどうかは、まだわからないかもしれない。

ただただ心配しているから否定的になっちゃって、すれ違っているだけなのかもしれないし。

(本当は、心配ならなおさら否定的になっちゃまずいんだけど…)

だから幡野さんに聞きたくなるのかもしれないなぁ。

 

「あなたの文章を読むと誠実さが伝わってくるから、そんなあなたの周りの人も誠実なはず。きっとあなたが本当に話したい人に言っても大丈夫だよ」みたいなこと(意訳も入っているけど)も言ってくれていて、素敵だなぁって思います。

相談の一つ一つは、自分には全く関係ないものも多いのに、何だろう、この感じ。

本の中でも「自分には関係ないのにドキッとしてしまう」という感想をもらうことが多いと書かれていました。

私もそう思います。

 

あかん、きれいごとに疲れているんだろうか。

 

よく、「共感してくれる人に話を聞いてもらいたい」ってのを聞くけど、それってつまり解決せずに私はぐるぐるしたいんです、ってことになっちゃうよねとも。

全否定されんのは私もヤダけど、共感だけではその殻の中でぐずぐずになりそう。

幡野さんの回答は、そのあたりが絶妙な気がします。

 

……回し者じゃありませんよ。

 

いやしかし…暑いですね。

私はちょっとだけの夏休みです。

 

映画館って換気悪いかなぁ、どうなんだ?

と思っていましたが、窓を作れないから機械で常時換気してるよ、という実験映像をテレビで見まして。
 
よし。
これなら鬼滅の刃の無限列車編観に行ける!!
(結局鬼滅ね…煉獄ファンなのです)
 
で、今日ドラえもん映画を観てきました(笑)
 
毎回思うけど、ドラえもんもしんちゃんも、意外と泣かせるよね…不覚にも感動。
長女はぼろ泣きしていました。
次女は楽しんでたなぁ。
 
ただ、私の心は鬼滅の刃。
予告編にワクワク。
ポスターにワクワク。
 
観に行けるかはその時の状況次第になるだろうけど、行けたら良いなぁ。
炭治郎たちとはたった一晩しか共に闘っていないのに、煉獄さんのインパクトすごいよなぁ。
…と、原作を読み返すアラフォーです。
映画のラストはどのシーンになるんだろう。
 
長女の勉強熱は、少し前に終わったようです(笑)
 
それまで毎日ではないけど、算数以外も漢字ドリルをやったりしていた様子。
なんとなく思ったのは、学校が夏休みとかの長期休みになると勉強するんだなぁということ。
なんでかはわからないし、むしろ夏休みだからやる気になっているのかもしれないし…だけど、勉強を教えるって難しいなぁと母は唸る日々でした。
(過ぎ去ってしまったけど、記録のために残しておきたくて書いています)
 
次女は一桁の足し引き算とひらがな、カタカナだから余裕なんだけどな。
まだ繰り上がりや繰り下がりもないし。
長女の勉強の間、することがないからと一緒にドリルやっていましたが、次女は保育園であらかたひらがなを習ってあるから、今の段階では余裕らしいです。
 
本当に…二桁以上のかけ算の教え方がわからないもやもや
結局私がやって見せているけど、他のやり方がわからーん。
そしてこれは教えられているのか?
(理系要素ゼロ頭脳)
 
一の位からかけ算していって、なぜ最後に足すんだろ…とか、改めて考えると、算数ってワンダーランドだなぁと思う…けど、私は踏み込めませぬアセアセ
 
外注したいけど、外注してまで勉強したいのかどうかは長女自身にも判断がつかないらしいし、私にもよくわからない…。
現代文の方がまだ教えられるんだけどなぁ。
なんて思っていたら、今はまた次女と一緒にやるゲームが楽しくなったようですけれど。
 
それにしても算数の教え方が下手ですまない長女よ…(不甲斐なし!)
そういう意味では学校に行っていただきたい…なんて思ったり。
 
次に勉強熱が上がったら、解説付きの教材とか考えよう…。
やらされる感じゃなく、わかるようになるって楽しい、嬉しいことなんだな、っていうのが伝わったらいいなぁって思います。
本来、勉強ってそういうものだったはずだもんね。
 

いいねやご訪問、ありがとうございます。

小4で不登校、もしかしたら書字が苦手なのかな?という長女と、コロナ禍で出鼻をくじかれ気味の小1の次女、2人姉妹がいる我が家。
 

猫しっぽ猫からだ猫からだ猫からだ猫あたま

 

長女が突如学校に行くと言って、夏休み明けを目指し、少し勉強を始めています。

前にも書いたかもしれませんが、長女は算数にとても苦手意識があり、九九もずっと避けていました。

でも実際には説明すれば理解できているし、そこまで苦手に思わなくても良くない?と思うのですが、何なんだろう…完璧主義なのかしら?

 

でも、何か知らんけど急に「お母さん、この問題わかんないの。どうしたら解けるようになる?」と聞かれたのが、分数とか少数とか、あとは2桁以上の掛け算とかで…。

「うん、長女ちゃん。こういうのはね、九九ができないと解けないです」

「えぇぇ?そうなの??ハッ……しょぼーんだショボーン

 

一旦凹んだ長女。

後から思えば、この時に「九九ができるようになるとわかるようになるよ~」と話してあげたら良かったなぁ。肯定的な話し方になれなかったですアセアセ

 

「お母さん、九九おぼえたい。どうしたらいい?」

と、少ししたらまた自分から聞きに来ました。

どうしたら…と、聞かれても、どうしましょうか。

母は九九の覚え方なぞ忘却の彼方です…。

「んー…九九の読み方が書いてある表、どこだったっけ…」

もはや教材の場所がわかりません…。

 

結構探した結果、ようやく表とカードが見つかりました。

「これで練習するだね」

「うん、わかったー」

 

…素直だな。

表にはすべての九九に読み仮名が振ってあるので、それを見つつリングにとじたカードをめくって、頑張っています。

カードは小2の時に学校から配られた教材。2年も寝かせてあって、よく見つけたよ…。

 

ただ、苦手な算数に取り組むのは尋常でなく疲れるみたい。

しばらくしたら「疲れたよー。おぇぇー、吐きそう」と寝室に休みに行きました(笑)

吐きそうって、どんだけ疲れてんのよタラー

 

ま、頑張れ。

 

十二支はいつの間にか言えるようになっていたし、覚えが悪いわけじゃないと思うんだけど、苦手と思うと徹底的に避けちゃうからなぁ。

それも生存戦略的にはありなんだけどねー…。

意外と九九って日常的に使っているように思うから、覚えられたらそれに越したことはない。

 

しかし、急に気合を入れたはいいけど、昨晩「お母さん、ドリルでわからなかったところ、明日の朝教えてくれない?」と言われて良いよと答えたけれど、起きられなくて…。

何度か起こしたけどだめで、仕方なく私の出勤ぎりぎりでまた起こしたら、「朝勉強するって言ったじゃーん!」って泣くし。

 

いやいやいやいや。

 

「何度か起こしたんだよ。勉強で疲れて眠かったんだから仕方ないよ」と伝えたら、それまでのうわーん!という泣き方から、こう…さめざめ泣く感じになっちゃって。

「長女ちゃんは悔しかったの?」と聞いたら、こくんとうなずく。

そうかそうか。

朝できなかったけど、夜やりましょう、という話で落ち着きました。

(本当は頼まれてないのに私が起こしたのもどうかってことかも)

 

長女はすこし、言動が極端。

そんなに一気に頑張らず、程よく持続して頑張れたらいいけれど、多分それが難しいから不登校なんだろうし…。

うまい塩梅が、自分で調整できるようになったら楽になるんだろうなぁと思う。

 

悔しい気持ちはわかるけど(やる気があったのに起きられないって悔しかろうと思うわほんと)、起きられなかったことを人のせいにして大泣き、は、ちょっとよろしくない。

そこまでやる気マックス!っていうのも、ちょっと健康的じゃない気がするんだよね。

マックスにしすぎたらすぐ枯渇するぞ~。

 

頑張ることは確かに素敵なこと。

でも、何事も「すぎる」のは考え物だ。

 

という塩梅を、少しずつ覚えていってもらえたら良いな。

そういう思いがあるから余計、「背中を押せ」だの「学校に少しでも行けたら褒めましょう」だの言う学校に不信感があるわけです(以前の記事に話が戻る・笑)

長女にこういうゼロか百かみたいなところがあるのは、スクールカウンセラーにも重々話したんだけどなぁ。

 

褒めるって本来は素敵なことだけど、どうも学校の先生の言う「褒める」は、「おだてる」要素が大きくていやだなと思う。

おだてて木に登らせて、その割に梯子はさっさと外す。

 

褒めると言っても…うまく言えないけど、肯定するとか、努力を称えるとか、一緒に喜ぶとか、してもらって助かったらお礼を言うとか。

そっちが良いなぁって思う。

 

まぁ人様に文句を言っても仕方ないから、家ではそうしていくけど…。

大人の悪巧みって、本当に見苦しいなぁ。

自分もかつてはそれをしてたのかと思うと吐き気がする。長女とは別の意味で。

それに何年か後には、今の自分にも「何してんのよ」とか思うのかもしれないなもやもや

アベノマスク、福祉の現場におりますが、使っている人はほとんどいません。

職員も利用者もです。

合わせて30人ほどいるけど、たまに使ってる方が一人だけです。

私も、近所のスーパーで偶然手に入った冷感マスクを使っています。


…これだけは言いたい。

ほかにやることあんだろ。

 

 

 

先日の終業式は、通知表は届けていただくことになりました。

荷物が多くなっちゃいそうなので~と気を遣っていただいて、長女に聞いたら「おうちで待ちたい」と言うもので、お言葉に甘えることに。

 

事前に私から娘たちに筆談で伝えていたのは、通知表は自分で先生から受け取ってね、ということ。

もちろん、その場に行ってどうにも無理だーとおもったら、お母さんが受け取るのもあり。

ありだけど、自分の通知表だから、できれば自分で受け取ってね。

 

だけど次女は恥ずかしがってしまって、玄関まで出てこれず。

長女は堂々と受け取っておりました。

 

長女に関しては、なんか貫禄あるなと思います…。

不登校のベテラン、なんか頼もしくさえある。

別にこれで「できたんだから次は学校に行け」とするつもりは(私には)なく、自分の生活が脅かされるわけではないって、説明もするけどその通りの経験が積み重なってきてよかったです。

次女にももう少し安心してもらえると良いな。

 

長女はもう、学校に行く気は更々ないように見えます。

本人の心の中は覗けないから、本当にそうなのかはわからないけど…でも、とりあえず当面は自信満々に不登校を貫く所存、っぽい。

そこはもう、学校と本人の関係性の問題なので、放っときます。

家でやれることはやるし、勉強もしたいと思うなら教えるけれど、親がそれ以上出しゃばったところで、じゃあ何か良いものが生まれるかっていうと、特に良いものは生まれないから。

それでも来いっていうなら学校が頑張ってください。

(あからさまにそのままは言わないけど)

 

前の晩、次女が言っていたこと。

「おかーさん、最近つまんない。お留守番飽きちゃったから、楽しいアプリをタブレットに入れてくんない?」

の後に。

「学校はね、怖くてやだな。帰るの遅くなっちゃうから」

 

そうかぁ…「怖い」んだ。

 

ただ、一つ伝えておかないといけない気がするなぁと前から思っていたことがありまして。

「そうだね、お母さんお仕事があるし、お迎え遅いもんね。

でもね、次女ちゃん。もし学校に行ってみようと思って、帰りが遅いのがやだなぁって思ったら、学童はやめても大丈夫だからね。

学校が終わったら、お友達と帰ってきちゃっていいんだよ」

 

…そうなんです。

通常授業が再開する前に不登校になった次女。

「授業」がどんなものかを経験しないままなんです…。

学童に行かずに帰ってきても良い、というのもよくわからないだろうな…。

授業の終わりかたも、多分わからない…。

説明はするけど、話だけでわかるかというと…ね。

説明でできるのは心構えだから、実感はやっぱり経験せんと…。

前にも「学童は必ず行かなきゃいけないわけじゃないよ」という話はしていたけど、これも話だけだからなぁ。

 

案の定次女は「そうなの?」とな。

多分ピンときていない。

この辺が心配です。わからないままズルズルいっちゃうのも…。

 

ただ来月引っ越しを予定していて、学区も変わってしまうからもし行ってみようと思うのなら引っ越し後にどうかなぁなんて思っていますが…。

次女にその辺もきちんと話さないとな。

もう少しスケジュールが見えてきたら話しておこう。

 

お留守番がつまらなくなってきている次女。

だったら学校行こうとなるのか、アプリで遊ぼうって話になるのか…。

少し揺れ動いているように見えますが、どうかなぁ。

でもあんまり学校に行く感じはないから、後者になるんだろうか。


私は最近「鬼滅の刃」ばかりです。 

煉獄さんが亡くなる場面は何度読んでも泣く。

本当に誰も死なせなかった…責務を全うしたよ…死なないでほしいけど。

煉獄さんが生きていたら、無惨にもう少し楽に勝てるんじゃね?とか考えたりね…。


義勇さんの「俺が来るまでよく堪えた」からの「あとは任せろ」とか、「炭治郎を殺したければ、まず俺を倒せ!」は何度読んでも「うおぉあぁあ!」ってなる。

善逸&兄弟子の関係性と、炭治郎&義勇さんが見事なほど正反対なのも、個人的にはすごくグッときます…。

なんなの水の兄弟弟子…。

無限城編は凄まじい…。

(遊郭編も結構好き)


あ。

読んでない方には全くわからない内容ですみません。

とか言ってもうちょい続く(笑)


次女はイケメン好きなのでどうも義勇さんが好きらしいけど、頑なに教えてくれません。

でもアニメを見ていて義勇さんが登場すると目が輝くんだよなぁ。

長女は素直に「炭治郎と禰豆子とみつりちゃんが好き爆笑」と言って、最近甘露寺さんばかりお絵描きしています。女子だなぁ。

甘露寺さん可愛いもんね。


三人で開発に取り組む「あつ森」でも、長女が鬼滅の刃キャラの衣装をデザインしてくれて、たまに着替えたり。

今日から日曜日の夜は花火大会が始まったし、出掛けるのも気を遣う中ではちょっとした楽しみになっています。

今年はリアルな花火大会は無理だもんねぇ…。

寂しいな。



バーチャルではあるけど、毎週末の楽しみになりそうです。

文句ばかり言ってもなんか気が滅入るし、そうやって地味に楽しみを見つけるしかないよね。

いいねやご訪問、ありがとうございます。

小4で不登校、もしかしたら書字が苦手なのかな?という長女と、コロナ禍で出鼻をくじかれ気味の小1の次女、2人姉妹がいる我が家。
 

猫しっぽ猫からだ猫からだ猫からだ猫あたま


今日も仕事。

長女から電話がありました。

 

「ねーおかーさん、チョコフレークの袋がないよ? まだあったはずなのに。どこ?」

「んー、チョコフレーク??」


……あハッ

 

「一昨日次女ちゃんが食べてなくなったから、袋捨てたんだった…」(完全なる忘却)

「えぇっハッ

「ごめん、言ってなかった…。しかも昨日買うの忘れました」(←スーパー行ったのにw)

「あーそっかー。ちょっとだけお腹がすいたから、次女ちゃんと二人で食べたかったんだよ~」

「ごめん、今日買って帰る…」

「よろしくー。今食べたかったなー、どうしよ~。ねぇ次女ちゃーん」(ガチャ)

 

………。

あれ?

 

もっと怒るかと思いました(笑)

 

最近はこんな感じだけど、以前はもっと癇癪起こして電話口でキーキー言われたな…。

私もものすごーく消耗したし、長女もしんどかっただろうなと思います。

 

私も子どもたちに頼まれたことは忘れないように努力はしている…と思うし(若干自信なし)、「買ってきてー」と言われたものがなければ「なかったよー」と正直に伝えているけれど、こういう「なくなってるのも忘れてた」とかはね…。

どうしても起きますよね…私も忘れっぽいからなぁ。

起きるけど、素直に「忘れておりやした…」と言えば「もー、お母さんってば~」で最近は済ませてもらえます(笑)

長女が自分で買いに行けたらいいけど、まだちょっとねー…。

以前は本当に大変だったのになぁ。

 

少し前、「お母さん、朝頼まれても忙しくて忘れちゃうから、できればお昼ごろに電話ほしいんだよー…」とお願いしたら、2人とも「おかーさん、今朝○○買ってきてって頼んだの、覚えてるー?」と確認の電話をくれるようになりました。

そうなんです…朝頼まれてもさ、あたしゃ支度で忙しくてメモとか取れない…。

新たに「これがない」っていうのが見つかれば、それも電話で教えてくれます。

大体、チョコフレークとか卵がないとか、この時期はアイスがなくなったーとか、食材多め。

 

うむ、そうやって教えてくれるとありがたいわ。

それでもよもやよもやのことはあるけど、それは「みんな気づかなかったし仕方ないねぇ」で、「うむ、明日買ってこよう」で終われるし、いらん苦労がなくなって本当にありがたい限りです。

 

長女も次女もそんな感じで、まぁ何とか。

だけど、次女とは少ししっくりいかない感があることも。

なんだろうなぁ…。

 

原因はきっとどこかにあるんだよね。

私の持っている原因がなくなると、結構どうにかなるからなぁ。

子どもが悪いことって、そうそうないんだよね…。

 

不登校には親の過干渉がいけないとか過保護なんだとか、色々言われていますけど。

なんかこう…わかるし心当たりもある気がするけどしっくりこないなぁって、ずっと「うーん…」な感じがあって。

語感の問題なのか何なのか、なんか違和感があったんですが。

 

最近、ちょっと思うのが、そもそも私、人との距離が近すぎるのがものすごく苦手だったんだよね…ということ。

依存的な人というか、やたら頼ってくる人、ちょっとしたことを調べもせずすぐ聞いちゃう人、結構苦手だったなぁって。

たまにいません? いや、そこに書いてあるけど? ってことを即聞く人。

あとは、妙に近寄って話しかける人。

ちっか!って思う距離が、私はどうも人より広めらしいです。

(鬼滅の刃における炭治郎と義勇さんのような感じ…15巻の「パァン」のあたりですw 私は義勇さん派なのかな)

 

でも子育てにおいての距離感って、なんかね。

そうも言ってられないところがあるというか。

距離感が近いのが苦手って言っても、赤子のおむつは替えないわけにもいかないし、授乳も必要だし、距離なんてあったもんじゃないアセアセ


でもそれを、徐々に離していけたらよかったんだろうな…と思います。

私は特に、距離の近さが苦手なわけだし、人より余計に気を付けても良かったなって。

 

つまるところ、過干渉や過保護とあまり変わらないんだけども(笑)

過干渉ってつまり距離が近過ぎるってことだし。

それでも私にとっての主題は「距離感」だったなと。

 

子どもにも、お母さんはあんまり近すぎるとしんどいよ、手加減よろしく、とわかってもらえたら良い。

多分長女は、年齢的なものもあるのだろうけど、そういうことをわかってくれてきているし、近すぎると長女にとっても辛いのかもっていうのがわかってきつつあるんだろうなって。

お互いにちょうどいい感じを調整していけたらな。

 

そう思うと、次女の今と私の望む距離感にズレがあるのかなぁ…とも。

どうかなぁ。

 

そう思ったら調整して、違ったらまた考えたら良いかな。

ちょうどいい感じを。