前回の続きのお話。
人生が動く整体①。
これだと思った整体に出会った私。
予約の日を心待ちにしていました。
実際に行ってみると明るい雰囲気で
どことなく落ち着く。
先生は、写真や動画で見た事があったので、
まるで有名人に会うかの様な気持ちでした。
どういう治療をするかは具体的には知らなかったので、
ドキドキ。
先生と自分の病状や家族等について話をした後、
実際に検査が始まります。
検査といっても、機械でするのではなく、
先生がそっと触れて、診てくれます。
その検査で分かった事。
私の中の三つの問題点が浮かび上がりました。
一つは、
家族から受けたトラウマ。
私の家族は、一人も穏やかな人がいない家族でした。
いつも誰かが怒っていて、
私は家族で一番小さいのでいつも怯えていました。
祖父母はいつも喧嘩をしており、
顔も鬼瓦の様。
祖父は大酒飲みで、飲むと気性が更に荒くなる。
祖母も気が強く、笑った顔を見た事がない。
祖父母は、癌でなくなりましたが、
特に祖母は認知症を患っており、
朝晩問わずにお金が盗られた!と、言っている人でした。
それはそれは恐ろしい剣幕で言ってくる日々。
警察に電話するのは日常茶飯事で、
怒り始めたら、誰も止められない。
一度祖母が怒り狂った為、
母が私と姉を車に乗せて暫く出かけようとすると、
その車の前に祖母が寝転がり、
「行くねやったら、俺をひいてからいけー!!!」
と、叫びました。
小学生ながらにものすごい衝撃を受けた時でした。
「人間ってなんて醜いんやろう…」
と、思いました。
しかし、暫くして帰宅すると、祖母はもう忘れている…
そんな事が日常茶飯事でした。
父はいつも遊び歩き、麻雀、不倫、家には殆どいない。
父の姉達も家によく来ては、母をいびる。
姉と兄もいつも私をいじめていました。
母はかばってくれましたが、
やはりこんな状況で穏やかに過ごせる訳もなく…
母は母で、父親がどうしようもなく飲む人で、
いつも両親の喧嘩を見てきました。
母が中学生の時、父親が不慮の事故で亡くなりました。
弟が二人いるので、自由奔放な祖母の代わりに、
母親代わりになり面倒を見てきました。
そして、結婚し、今度は嫁ぎ先で
祖父母にがんじがらめにされ、
殆ど自由がない生活になってしまいました。
どこへ行くのも許可制。
友達と旅行なんて、
祖父母が亡くなるまでいけませんでした。
母も心の余裕はなく、親兄弟、義両親、義姉達に、
常に怒っていました。
私の実家は大きな家。
他人からは羨ましがられましたが、
内情はぐちゃぐちゃ。
私は、他の家に行った時に、
「なんで皆こんなに穏やかなの?!」
と、小学生ながらに驚いたくらいです。
うちがおかしいとやっと分かったのです。
しかし、小学生にはなすすべがありません。
祖母に、
「おまえはたまたま出来た子や。」
と、言われても、誰にも言えずただただ耐える日々。
父親は、私を可愛がってくれるのですが、
毎年夏休みに、父と知らないお姉さんと私三人で
遊びに行く。
この関係ってなんだろうと思っていました。
ある日、母に思い切って聞いた事がありました。
「お父さんが不倫してたらどうする?」
「そんなことある訳ない。
あんなだらしない人誰が好きになるのよ?」
「じゃあ離婚したら?」
「あんな人でも父親。父親があんなんでもいた方がいい。」
母は父の不倫に気付いていると思っていましたが、
実際は見えていませんでした。
それから月日が経ち、祖父母が亡くなり、
父の姉達も病気で動けなくなった為、
少し穏やかな家になりました。
そして、私は海外へ行き、
「こんなに自由な世界があるんや!」
と、思い、海外への憧れを現実化させます。
私が大学生になり、アメリカへ行っている時、
母からメールが来ました。
「お父さんが浮気をしていた。
お母さんがママ友と歩いていたら、
まともに前から鉢合わせした。
こんな屈辱は初めて。
離婚しようと思うねんけど、どう思う?」
私は、
「私は賛成。
お母さんはこれからは自分の人生を過ごしたらええと思う。
今までこれだけ耐えてきて、
そんな現場皆の前で目の当たりにして、
これでも一緒にいないといけない事なんてない。」
と、返信しました。
私は日本にいなかったので知りませんでしたが、
母は既にマンションを購入。
別れる準備を進めていた。
しかし、次に私が緊張して帰国をしたら、
何もなかったかの様になっていた。
今更聞く事も出来ず…
その事があって以来、
父は少しずつ家にいる様になりました。
しかし、私の人生で見てきた『夫婦』とは、
まさに両親。
母親は自分を犠牲にしている人生。
これが、影響を及ぼしてると先生に指摘されました。
「整体でどうしてわかるの?!」
と、驚愕しました。
続く。
ここまで読んで下さり、誠にありがとうございます。
読んで下さった方が、素敵な一日を過ごされる事を願っております。