こんにちは星

 

 

私の住む北海道も植物たちが次々咲き出し、

桜前線も到達しました。桜

本来ならわくわくするはずの桜の季節、

実は、ここ何年か、憂鬱でした。

 

 

「ソメイヨシノ」という桜が私の住む地域にはなくて

(冬の低温が生育に適さないようで)、

ピンクの山桜が主流です。桜

 

 

関東出身の私は子供の頃からソメイヨシノと一緒でした。

実家の近くにも桜並木のトンネルがあり、

桜の時期はどこを見てもあの白っぽい、ふわっとした桜。

仲良しの友達と行った桜祭り。

会社帰りの夜桜の明るさ。

ソメイヨシノのやさしさに包まれるのが当たり前の春でした。

桜の時期は可能な限り里帰りして味わっていたのですが、

コロナの時期からやめていました。

 

 

それ以降、本州のソメイヨシノ開花のニュースを聞くと、

うらやましさで胸がきゅっとするようになったので、

その時期は桜関連のニュースをなるべく避けていました。

桜前線がこちらに到着するとようやくほっとするような感じで。

違う種類の桜ではありますが、

近所の山桜を見に行けば、やはり嬉しい気持ちになれます。

 

 

でも。

ソメイヨシノ、ロス(?)を何とかしたいと思っていたら、

2年前、家族が調べてくれて、

隣町の公園に一本だけあることがわかりました。

公園の事務所で教えてもらった木を見に行くと、

案外、横に並んだ山桜と見分けがつかないような花の色で、

拍子抜けしたのを覚えています。

他の桜の木と、仲良く馴染んでそこに待っていてくれました。

 

 

そして去年の春は、一本だけではなく、

もっとたくさんのソメイヨシノに会いに行ってきました。

車で、とある道内の公園へ。

そこも寒さの厳しい土地なので、

ソメイヨシノがあることに驚きました。

 

 

公園の入り口は住宅地に沿っていて、

ご近所の方がソメイヨシノの写真を撮って、

のんびり家に入っていく様子を見て、

「この辺の方々にとっては当たり前の春の風景なんだ…!」

とさらにびっくり。

まるで実家に帰ってきたみたいな気持ちで、

ソメイヨシノのトンネルをゆっくり歩き、

全身で味わいました。

やさしさに包まれ、夢のような時間でした。

 

 

ソメイヨシノが地元じゃ見られない、と

いじけていた自分ですが、

動いてみると、そんな喜びが待っていました。

 

 

そしていじけた心の正体は何だったかといえば、

「分離感」。

「ワンネス」の逆。

あそこでは楽しそうなことが起きてるけれど、ここにはない。

本当は「心のあたたかい場所」はすべてと繋がる場所だから、

自分の奥は桜を楽しんでいる人々の喜びと繋がっているはず。

本州のソメイヨシノともやさしく繋がってるのです。

さみしさやうらやましさが出たら、

そこに気がつける自分でありたいなと思います。

そしてしゃがみこんでいないで、何か喜びの方へ

動いてみる自分でありたいです。

 

 

そして今年。

里帰りはしませんでした。

本州の開花情報に、ふっとまた憂鬱な気持ちが訪れましたが、

「そうだ、桜に関する物語を描こうかな?」

そう思いついたとたん、

不思議と心に灯りがともったのです。

 

 

「ひゃあ、本州で桜が咲いてるうちに描けるかな?」

3本、集中して描きました。

避けるのではなく、桜と繋がる方へ。

描いてるうちに桜前線が北上してきました。

 

 

81話の永井という人物はそのまま自分でした。

分離感、疎外感で心が暴れて、

自分が嫌になって。

それでも、

「自分の奥には自分の幸せも人の幸せも喜ぶ自分がいる」

「それが本当の自分なんだ」

そう思う時の、ほっとする感じ。

表面の自分が揺れてるだけだから大丈夫、

どんな感情も大切に受け入れて解放したら、

またあったかさに戻れるよ。

そんな安心感で、自分と歩みたいです。

 

 

うちのご近所でも、かわいい桜がポツポツ咲き始めました。

冬を越えて咲いてくれる姿は、

ソメイヨシノであってもそうでなくても、

とても愛おしいです。

このあたたかい気持ちを、

この繋がってる世界に送っていきます。桜

読んで下さりありがとうございました。