理由の理解という原理 | 法被衣(はっぴい)の和太鼓な生活

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和太鼓その他のあれやこれやを綴ってまいります。

物事を進める時、その理由がわかっているのとわからないのとでは結果に大きな差が生まれるんではないかと。

たとえば太鼓の練習、基礎打ちは必ずと言っていい程繰り返しますが、なんのためにこの基礎打ちをやるのかがわかっているのといないのとではその進捗度が大きく異なります。

前者は義務感で、後者は向上心を持って行われる事につながります。

 

また理由がわかっていないと疑心暗鬼に陥ることも。

例えば乗っている電車が駅でもないのに止まってしまう。

なぜ止まったのか、運転再開のめどは?等のアナウンスがないと乗客の不安と不満は高まるばかり。

原因は不明ですが運転再開の目途は立っておりません、というアナウンスが流れるだけで乗客は置かれた状況に冷静に対応できるようになるんじゃないかと。

 

理由というか目途というか、なんらかの情報はとっても大事です。

 

タカイチ君は憲法改正や国力研究とか言ってますがその理由を国民に丁寧に説明する責任と義務があるでしょう。

政治とカネの問題をうやむやにする人物、その理由も伝わって来ませんけど。