私の母校多摩美術大学に和太鼓研究会があります。
今年で12年を迎え、八王子で行われた春季演奏会におじゃましました。
総勢17名、そのうち4年生が9名、男性が3名の構成。
和太鼓はどこへ行ってもなぜか女性比率が高いような気がしますが理由は不明。
多摩美術大学映像演劇学科ほしのあきら教授の指導の下、4年間の太鼓生活を送っている若者たち。
演目は、東風吹いて 揺れて、碧空 赤い月、走る 風は菜へ だっぴ
一夜の怪 長い影 地から咲く ふたつ弾んで鑓水囃子 雨、さんざめき 風の間雲の間 ヤーフーフー
そしてアンコール 鑓水太鼓
以前拝見した時の曲とほぼ同じ構成のようです。
前は男性の打ち手の印象が記憶に残っていますが、今回は女性が主役。
これは以前と変わりませんが衣装は統一されたユニフォームではなくテンデンバラバラ、
不統一の統一、といったところでしょうか、さすがに個性豊かな美大らしさのアピールです。
衣装=統一、という概念も短絡的ではあるのかも知れません。
以前観た太鼓コンテストで感じたのは衣装を統一すると
体格差や背の高い低いが必要以上に目立ってしまう事。
衣装=統一、という概念も短絡的ではあるのかも知れません。
以前観た太鼓コンテストで感じたのは衣装を統一すると
体格差や背の高い低いが必要以上に目立ってしまう事。
不統一の統一が全体としての調和を生み出す面もありと。
新三役の演奏
太鼓とは面白いもので、太鼓の音自体それぞれまったく違う音色です。
低い音、高い音、乾いた音、ぼやけた音・・・。
また打ち手によって同じ太鼓でも音色が違う。
とんでもなく個性的な楽器なんですね。
打ち手の個性もいろいろ、背の高さ、体格、姿勢・・・。
打ち手は自分の個性を見抜き、見せ場を創ることも大事だと思います。
太鼓は顔で打て、と今は亡き小口大八氏が言われていましたが
表情も演奏の一つ、顔は見せたいものです。
打ち方も統一する必要はまったくないと思いますが、
全員での決めのポーズのところはあえて揃えた方がよいのかもと。
確か地から咲くという曲だったと思いますが、
右手打ちを繰り返す場面、左手は構えていましたが、このバチの向きが上がっている人
下がっている人、平行になっている人、それぞれで
これは個性ではないように思えました。
これは個性ではないように思えました。
小さな事ですが揃えるところは揃える、というのは集団演奏では必要なこと、だと思います。
美大というのは恐らく(いや必ず)超個性の集まりなので、
これだけの演奏に仕上げるというのは並大抵ではないでしょう。
これだけの演奏に仕上げるというのは並大抵ではないでしょう。
が、ものを創るというのはとても充実する事なので、それが太鼓とういうのは楽しい限りです。
団体の個性は必要に思いますが、太鼓の演奏は一つの舞台芸術、
構成にももっと変化があってよいのかな、という事は正直感じました。
ちょっと構成が似通ったかな、という印象。
私の知っている高校生のチームは怒涛のごとく演奏し、
それがゆえに感動間違いなしなのですが
それがゆえに感動間違いなしなのですが
怒涛ばかりだと聴く側はどれも同じものに聴こえてしまいます。
緩急の曲を織り交ぜる、とか、太鼓以外の音作りにチャレンジしてみるとか、
これは太鼓の思想に及ぶ問題なので難しいと思いますが
やはり太鼓は音楽、という事は根幹にあるべきと思います。
和太鼓和太鼓しているのはどうも、という音作りをされていて
自分もこういうの好きなので、今後もがんばってもらいたいと思います。
最後に、小さめの太鼓の矢倉打ち、あれはちと意味不明かな・・・。
物理的な問題だと思いますがやはり大きな太鼓が欲しいところ。
それがかなわなければ竹バチを使って音を変えるとか、もうひと工夫あってもよいかなと。
物理的な問題だと思いますがやはり大きな太鼓が欲しいところ。
それがかなわなければ竹バチを使って音を変えるとか、もうひと工夫あってもよいかなと。




