あまり眠れないまま、3月25日の朝を迎えます。午前6時。
昨日までは、ごくごく普通の妊娠中期の妊婦だった、わたし。
ほんの15時間ほど前からの出来事が、
夢としか思えなくて、
「これは夢なんじゃないだろうか・・?」
と、何度も考えました。
しかし、目の前にある現実は残酷でした。
7時になると、朝食の時間のようで、患者たちに食事が運ばれますが、
わたしは朝食抜きのようです・・。
大部屋だったので、カーテン越しの隣人の食事をする音が響きます。
近くにいるけど、顔を合わせることもありません。
この人は、どうしてここに入院しているんだろう?
こんな状況になりながらも、そんなことが気になったりしました。
そういえば夜中にどこからかすすり泣く声も聞こえたっけな・・。
みんないろいろな事情を抱えてここに入院しているんだろうな。
8時半頃、M先生が来ます。
昨日、緊急搬送されたわたしを遅くまで診てくれていたのに今朝も早くから・・。本当にありがたかったです。
M先生は、わたしの陣痛のデータを見るなり、こう言いました。
「・・やはり、陣痛が治まらず、昨日よりも強くなってきています。昨日お話したように、このままだと、赤ちゃんが危険なので、今日午前中に手術して出してあげましょう。」
・・!!
向こう1週間の間に手術をするであろうという覚悟ではいたけど、
まさか今日手術することになるとは・・。
たしかに、昨日まであまり自覚のなかった陣痛も、今朝方には定期的にキューッと締め付けられるような感覚が出てきていました。
今出産すれば、赤ちゃんはわずか700gにも満たないといいます。超低出生児は主に肺や目などの機能が未熟で、今生まれるにはリスクが非常に高い。しかし、B郡溶連菌の感染リスクを抱えたまま、羊水の残り少ない子宮の中で育てる方がもっとリスクが高いという、M先生の判断なのでしょう。
M先生とはまだ出会ったばかりでしたが、信頼したいと思える人でした。
赤ちゃんにとって一番最良の方法を考えてくれたのだと信じることにしました。
「わかりました。」と答えます。
緊急帝王切開は10時に開始予定。
わずか1時間半後。
それだけ、緊急性を要しているとは・・。
あまりに急なので、今、家族に連絡しても、手術前に会うことは出来ないだろうと思いました。
手術に一人で臨むことになる。
しかし不安に浸る暇もなく、
わたしの周囲が慌ただしくなります。
看護師さんから手術の説明を受けます。
局所麻酔で帝王切開し、赤ちゃんを取り出すとのこと。
あたりまえのように自然分娩で出産するつもりでいたわたしは、帝王切開の知識は殆どありませんでした。
そして手術するにはいくつもの同意書が必要なようで、手術により、腸などの他の臓器が傷つく可能性があることを承諾する内容のものや、出血過多の場合に輸血を受ける承諾のもの、局所麻酔を受ける承諾のものなど、寝たままだったので急いで乱雑にサインをしました。
術後丸1日は寝たきりの状態になるそうなので、さっそく尿道カテーテルを挿れられ、アンダーの除毛もされます。
10時が近づき、手術室に移動します。
主人が来てくれることを淡く期待していたけど、やっぱり間に合いませんでした。
でも、LINEで連絡が取れ、励ましの言葉をもらいました。
そして、お腹に触れることで、安心することができました。
・・坊や、お母さんと一緒にがんばろうね。
そう思うと、不思議と心強く感じる自分がいました。
入院ベットのまま手術室に運ばれます。
大学病院なので、かなりの数の看護師さん、助産師さんがいるようで、手術前に、あらゆる人に介助してもらったり、声をかけてもらいました。
何だかんだで心細さはあったので、優しく声を掛けてもらったり、励ましてもらったりして、本当にありがたかったです。
手術室に移動すると、たくさんのスタッフさんがいました。
麻酔科の先生がキツめの印象で、手術室内はピリピリとした雰囲気に感じられました。
まもなく背中に麻酔を打たれます。痛かった。
しばらくして、胸から下のあらゆる箇所を手で押されて、麻酔が効いているか慎重に確認しています。
時間をおいて何度も何度も。
だんだんと胸から下の感覚がなくなっていきます・・。
麻酔がまわりしばらく経つと、主治医であり執刀医のM先生が来て、いよいよ手術が開始されます。
昨日までは、ごくごく普通の妊娠中期の妊婦だった、わたし。
ほんの15時間ほど前からの出来事が、
夢としか思えなくて、
「これは夢なんじゃないだろうか・・?」
と、何度も考えました。
しかし、目の前にある現実は残酷でした。
7時になると、朝食の時間のようで、患者たちに食事が運ばれますが、
わたしは朝食抜きのようです・・。
大部屋だったので、カーテン越しの隣人の食事をする音が響きます。
近くにいるけど、顔を合わせることもありません。
この人は、どうしてここに入院しているんだろう?
こんな状況になりながらも、そんなことが気になったりしました。
そういえば夜中にどこからかすすり泣く声も聞こえたっけな・・。
みんないろいろな事情を抱えてここに入院しているんだろうな。
8時半頃、M先生が来ます。
昨日、緊急搬送されたわたしを遅くまで診てくれていたのに今朝も早くから・・。本当にありがたかったです。
M先生は、わたしの陣痛のデータを見るなり、こう言いました。
「・・やはり、陣痛が治まらず、昨日よりも強くなってきています。昨日お話したように、このままだと、赤ちゃんが危険なので、今日午前中に手術して出してあげましょう。」
・・!!
向こう1週間の間に手術をするであろうという覚悟ではいたけど、
まさか今日手術することになるとは・・。
たしかに、昨日まであまり自覚のなかった陣痛も、今朝方には定期的にキューッと締め付けられるような感覚が出てきていました。
今出産すれば、赤ちゃんはわずか700gにも満たないといいます。超低出生児は主に肺や目などの機能が未熟で、今生まれるにはリスクが非常に高い。しかし、B郡溶連菌の感染リスクを抱えたまま、羊水の残り少ない子宮の中で育てる方がもっとリスクが高いという、M先生の判断なのでしょう。
M先生とはまだ出会ったばかりでしたが、信頼したいと思える人でした。
赤ちゃんにとって一番最良の方法を考えてくれたのだと信じることにしました。
「わかりました。」と答えます。
緊急帝王切開は10時に開始予定。
わずか1時間半後。
それだけ、緊急性を要しているとは・・。
あまりに急なので、今、家族に連絡しても、手術前に会うことは出来ないだろうと思いました。
手術に一人で臨むことになる。
しかし不安に浸る暇もなく、
わたしの周囲が慌ただしくなります。
看護師さんから手術の説明を受けます。
局所麻酔で帝王切開し、赤ちゃんを取り出すとのこと。
あたりまえのように自然分娩で出産するつもりでいたわたしは、帝王切開の知識は殆どありませんでした。
そして手術するにはいくつもの同意書が必要なようで、手術により、腸などの他の臓器が傷つく可能性があることを承諾する内容のものや、出血過多の場合に輸血を受ける承諾のもの、局所麻酔を受ける承諾のものなど、寝たままだったので急いで乱雑にサインをしました。
術後丸1日は寝たきりの状態になるそうなので、さっそく尿道カテーテルを挿れられ、アンダーの除毛もされます。
10時が近づき、手術室に移動します。
主人が来てくれることを淡く期待していたけど、やっぱり間に合いませんでした。
でも、LINEで連絡が取れ、励ましの言葉をもらいました。
そして、お腹に触れることで、安心することができました。
・・坊や、お母さんと一緒にがんばろうね。
そう思うと、不思議と心強く感じる自分がいました。
入院ベットのまま手術室に運ばれます。
大学病院なので、かなりの数の看護師さん、助産師さんがいるようで、手術前に、あらゆる人に介助してもらったり、声をかけてもらいました。
何だかんだで心細さはあったので、優しく声を掛けてもらったり、励ましてもらったりして、本当にありがたかったです。
手術室に移動すると、たくさんのスタッフさんがいました。
麻酔科の先生がキツめの印象で、手術室内はピリピリとした雰囲気に感じられました。
まもなく背中に麻酔を打たれます。痛かった。
しばらくして、胸から下のあらゆる箇所を手で押されて、麻酔が効いているか慎重に確認しています。
時間をおいて何度も何度も。
だんだんと胸から下の感覚がなくなっていきます・・。
麻酔がまわりしばらく経つと、主治医であり執刀医のM先生が来て、いよいよ手術が開始されます。