朝から会議がつづき、ランチタイム。人気blog、内田樹先生の部屋を訪ねると、また更新されている。

ビビる。そして、軽くまねてみようと思う。

リーダーシップを発揮する上で、何が一番だいじなのか、朝から話をしていて、自己認識に尽きる、そんなところにいる。

自分は何者か

清水先生ノメルマガに、「関係性」と「全体性」という人間の本質的な特徴について書かれています。全体性が失われているために、むき出しの関係性が広がっている。自他非分離で自己と他者を位置づけることができていない・・・と指摘。


この感覚、とっても大事だと思います。

<blockquote dir="ltr">人間の特徴は関係性と全体性という二つの重要な性質を合わせもっていることです。この二つの性質は互いに関係し合っていますが、その関係の仕方はまだあまり詳しく分かっていませんでした。


場は、人びとの集まりを自他非分離的にして全体性をつくるはたらきをします。また関係性とは、互いの間の関係にしたがって人びとの心身の状態が変わる性質のことです。たとえば、同じ一人の人でも、他者とどのような関係にあるかにしたがって、異なった心身の状態になるために、その態度や振る舞いが変化をします。


たとえば一人の人でも職場と家庭では関係が異なります。人間がもっているこのような関係性は、社会に多様な活動を生み、多様な意味や価値をつくり出します。人間の関係性をこのように重視することは、人間の存在の多様性に価値をおいて社会を考える道を開くことになります。しかし、近代社会では人間に関係性だけが重要視されて全体性が軽視されてしまう傾向が強いために、病的な社会現象が生まれたり、無秩序なカオス状態が生まれたりしています。


実際、東京のような都会では場が失われて、人びとの間の関係がむき出しになってしまうことが多いのですが、これは多かれ少なかれさまざまな都会でおきている現象です。このむき出しの関係性は、自己と他者との間が自他分離的になっているために生まれるものです。


それは自己の卵モデルをつかって表せば、白身の状態が同調してつながることによって自他非分離的になるのですが、その同調性が失われているために、ちょっとしたことが原因になって黄身と黄身とが直接的にぶつかり合ってしまう状態に例えられるでしょう。


そのような典型的な例が見られるのが通勤電車のなかです。電車の車両では、場の共有がないまま、知らない人びとに互いに囲まれていることから、むき出しの黄身に近い状態にありますから、絶えず緊張して互いにぶつかり合わないように注意を払っていなければなりません。そのことから心がかなり自己防御的にはたらいています。そのために電車からプラットホームに降りるだけで、緊張から解放されてホッとします。家族とか、仲のよい友達の間ではこのような緊張は生まれません。それは自他非分離的状態になっているために、互いに許し合うことができるからです。


このように他者がつくる場を感じる能力が低下していると、自分中心的な心理になって他者の存在に意味を感じられなくなります。そのために自分と利害関係がなければ、他者の存在そのものを無視してしまうことになってきます。そこで、たとえば電車の中で鏡を出して、つけまつげをつけたり、アイシャドウを塗ったりに余念のない人びとも見慣れた光景となってしまうのです。また他者に対する気遣いがなくなり、我先にと優先席に駆け込んで携帯電話をかけるということもおきてきます。
 
場を共有している状態では、自己と他者が互いに空間的な間(ま)をとったり、時間的な間(ま)をとったりすることができます。言いかえると、人びとの関係性と全体性との間につながりができるのです。このように間をとって自己と他者の存在を位置づけることができないと、過剰な自己防御反応がはたらいて周囲の人びとから離れて自分中心的な引きこもり状態になり、たとえば職場における躓きをきっかけにして社会を敵対的存在として感じ始めるようになります。そのような思いを解消する方法がなければ、次第に社会に対する敵対感情が増大して、ついには多くの無関係な人びとの生命を奪うという事件にまで発展してしまうことさえあるのです。
 
安心感のある場に包まれていなければ、心に生まれる不安定な状態を静めることは難しく、その不安定さを自分自身で次第に大きくしてしまうのです。場(白身)によって互いにつながっていれば、子供たちも共感をもとにして、一つのクラスとしてまとまって学校生活を送ることができるのですが、それができなければ、クラスが通勤電車のような状態になってしまいます。そこでむき出しの黄身を一つにまとめるためには共通の目的をもつことが必要になり、特定の子供に対するいじめにクラスが参加をすることで、互いの共感を確認するのです。しかしそのようにして場(白身)によるつながりのない状態でつくられた安定性は仮のものであり、次に誰がいじめられることになるかわかりません。その恐怖がいじめを徹底させていくことになります。いじめられる子供にとって、これほどのつらい地獄はないでしょう。教師がいじめの本当の原因を理解できないということは、教師と子供たちの間もまた自他分離的になっているために、いじめを訴えるところがないことを示しています。</blockquote>

今日は、都民ランナーに人気の谷川真理ハーフマラソンでした走る人

わたしは、10年ほどジョギングをしている体育会系ジョガーですが、最近はかわいいウェアも増え、老若男女楽しめる人気スポーツになりました。

わたしの密かなたのしみは、お局ジョガーを見つけることにひひ 50代、60代の女性が、わたしよりもずっと速いスピードで風をきる様子を見て、「わたしも、年を重ねても走り続けよう!」と勇気と粘りをいただくのです。

今日も、いらっしゃいましたよキラキラ 感謝、感謝です音符