子育て中の主婦が受験をするということ | 子育てしながら◆公認会計士試験◆

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*・*・*小学生娘の母*公認会計士試験に向け学習中*・*・*

長いタイトルですね。

(本当は短い方が好きなんだけれど)

 

大学生(20代含む)の受験とは、いろいろ違うなと思うことは度々あるのですが、今日はそのうちの一つを。

 

主婦が公認会計士の受験をするということは、どういうことなのか、それを紐解いてみたいと思います。

 

 

■ 『自分のため』の受験

 

悪く言ってしまえば「自分の勝手でやっている受験勉強」と思うこともあるのですが、徹頭徹尾、これは「自分のため」に勉強しているなと思うことは、しばしばあります。

 

若い人たちは「華やかさ」「高収入」「高キャリア」などが勉強スタートの礎になっている人が多いように思うんです。

 

もちろん私も同じ欲望を人並みに持っていますが、なんせ、合格して買いたいものが、洗濯機と冷蔵庫なんで(笑

 

イメージが、どうしても現実的になり過ぎてしまって。

 

でも、現実的な洗濯機や冷蔵庫のために、こんな何時間も勉強する苦行ができるわけはなく、行き着くところは「自分がやりたくてやっている」感が強いから、ここまで続けてこられたんだと思うんです。

 

それに不思議と女性という生き物は、目的もなく自分の思いだけで目標に向かって動けるというすごい特徴があります。

 

男性だと、目的とゴールが明確で、勉強はあくまでも手段であり過程だと割り切れる人が多いです。

 

でも女性は、この過程、「勉強している自分」に充足感を感じることのできる珍しい生き物なんです。

 

Instagramを見ても、子育てしながら司法試験やら司法書士やら社労士やら行政書士やら税理士やら、会計士やら、多くの資格をゴールに勉強しているママさんの多いこと。

 

そして多くは、その過程を楽しんでいらっしゃる。

 

でも、心の中には、「手を出してはいけない苦行に手を出してしまったかも感」が実は見えていて、それを払いのけ、始めたからにはゴールせねばと、ひたすら勉強しているママも少なくないように思います。

 

キラキラに見せつつ、中身は苦行だったりします。

 

たぶんこの感覚、女性にはわかるのでは。

 

そして中身は苦行と気づきつつ手をのばして、そして、想像よりも苦行すぎて泣きたくなるのをグッと堪えて、這いつくばいながら勉強するのです。

 

出産と子育ても同じだったのを思い出して、子育てはもっとキラキラだと思っていたのに、お昼ご飯も立ちながら食べるなんて誰も教えてくれなかった、あの時の感覚と同じ。

 

もう二人目を育てる体力はないと言いつつも二人目を産むのと似ていて、もう子育ては無理!と言いながら、今度は難関の資格試験に手をのばして、子育てと勉強で自分の時間なんて吹っ飛ぶのに、でもやっている自分って。

 

でも、これって「自分がやる」って言い出したもの。

 

男性から見たら支離滅裂にしか思えないでしょうけれど、これが女の生き様というか。

 

 

でもどこかで、ポーンと突き抜けないと、合格ステージ(合格できる勉強ステージ)に上がれません。

 

自分の思いだけで勉強していると、たぶん、ずっと時間をかけてコツコツと積み上げる感じでいくと思うんです。

 

ただそれだと、夫が・・・夫が不機嫌になります。

 

まだ?

そろそろでは?

いいかげん?

 

という気持ちになるのが男というもので。

 

勉強を始めるときに、夫の同意が必要なのはもちろんですが、年度更新をかけるタイミングで、毎年、夫の決裁を通す必要があるのも、夫婦ならではの問題かと思います。

 

スルーのご主人もいらっしゃるかと思いますが、我が家は、上の例で、毎年、夫婦会議が開かれます。

 

そもそも、1日に使える時間が限られているので、どうしても勉強期間が一般例よりも長く伸びがちなので、あとはその期間、夫がどう捉えるタイプなのか、そういうところでも各家庭で差が出てくると思います。

 

 

■ 自分を犠牲にできないと論

 

あと、最後にサラッと書きますが。

 

よく難関試験につきものの「何かを犠牲にしないと自分の欲しいものは手に入れられない」という言葉。

 

一般的には、自分の時間が犠牲になるべきで、友達と遊ぶ時間とか、青春の時間が、犠牲になる対象になります。

 

でも子育てしている人には、犠牲のベースにになるものがありません。

 

そもそもが自分の時間だって既に子育てに費やして、お風呂に入って湯船につかる時間もなければ、ゆっくり噛んで食べる時間すら無いのだから。

 

私は、ずーっと、自分を犠牲にできないことに負い目を感じていたのですが、ふと、「犠牲にしなければならないほどの時間をまず持ち合わせていない」ことに気づいていませんでした。

 

犠牲にするほどのものが、今の自分にはありません。

 

となると、犠牲にする対象は、家族だけになります。

 

でも、家族を犠牲にするかと問われた時、イエスと答えるわけにはいきません。

 

ある程度の我慢や協力は求めますが、犠牲というほどの無理を強いることはできません。

 

家族を犠牲にはできませんが、ただ、どこまで無理を聞いてもらえるかは各家庭で異なるので、そこの線引きについては、勉強を始める前に確認する必要があります。

 

ちなみに私の場合は、夫をうまく乗せてスタートにこぎつけ、毎年なんとかついてきてもらって、反対される年もありましたが、今は協力を得つつという時点にいます。

 

 

 

今日は健診に行ってきて、久しぶりに人と話をしました(笑

 

採血しにくい血管ですが、うまく採れたので満足。

 

バリウムも平気で、胃カメラごろごろ回ってきました。

 

久しぶりの外の世界でした。

 

疲れたのでゴロゴロしたいんですが、気分転換を兼ねてブログを書いたので、このままの勢いで、勉強開始します。