地獄のデスプリズン ~就職先は安易に決めるなかれ~ | つれづれ映画ぐさ

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忘れ去られそうな映画を忘れ去る前に

主人公ケーラーは、ベトナム帰りの凄いヤツ。人生の再起を賭けて就職だ。しかし、その職場で無実の罪を着せられて死刑囚となってしまう。送られたのは最悪の刑務所だった。と、この様な感じで始まるのが、今回紹介する『地獄のデスプリズン』( 『 Death House 』 1988年 アメリカ )であります。

 

この様に紹介すると、犯罪映画や復讐モノみたいですが、本作は「ホラー映画」に分類される類の映画です。「ゾンビ」モノとも言われますが、ちょっと微妙なんだよね。

 

しかし、この主人公のケーラー、ベトナム帰りは良いんだけど、米軍は1973年のパリ和平協定の締結でベトナムから撤退してるんだよね。一部は残ってたみたいだけど。本作の時代設定が、撮影、公開された1987~88年辺りとすると14、5年経ってるんだけど。その間何をしていたのだろうか?時折、ベトナム戦争の回想シーンが挟まるので、戦争でPTSDを患いベトナム症候群となり、治療をしていたって事も考えられるが、過去の戦争体験がフラッシュバックして苦しんだりするシーンは無い。本人の性格は寧ろ明るく前向きな感じだったりする。過去回想シーンは、ケーラーがベトナム仕込みの技を駆使して敵を倒してますよ、と協調しているだけに感じる。横たわる死体の中を進んで行くシーンなんかは、微妙にトラウマを感じさせたりもするんだけどね。

 

戦争時のかつての部下は、モーテルのオーナーやってたりしてるので、ホント今迄何してたん?って感じである。何かやらかして刑務所にでも入っていたのだろうか?何せ再起を賭けた就職先が、マフィアのボスの運転手である。堅気の仕事探せよ。そんで、そのボスの情婦を寝取ったりしたモンだから、ボスの逆鱗に触れ情婦殺しの罪を着せられ死刑囚となる。まぁ、アホですな。

 

この主人公ケーラー、前述の元部下のモーテルに身を寄せるんだけど、この部下ね、頭も薄くなった中年太りのオッサンなのよ。(演じるのは、ブラックスプロイテーション映画のスター、ロン・オニール 1 )と言う事は、一見若く見えるけど、上官であるケーラーは、若作りしたイイ歳こいたオッサンなのである。まったくしっかりしろよ、と言いたい。そんな足が地に着かない若作りのオッサンが送り込まれた刑務所こそが「地獄のデスプリズン」。軍の大佐が極秘で囚人相手に人体実験をしている刑務所だったのだ。

 

濡れ衣なのに、裁判の結果を淡々と受け入れるケーラー。物凄く胆力が有る大物なのか、若しくは完全に諦めたのか、何も考えて無いのかは分からんが、実にふてぶてしい入所っぷりであります。看守長が「俺がココのボスだ」などと威張っている傍から、「俺が真のボスだ」と言って出て来たのがケーラーを刑務所に送り込んだマフィアのボス=ヴィックの弟フランコである。実はヴィックから、刑務所内でケーラーを始末する様に指示を与えられていた。ところが、ケーラーに対して刺客が送り込まれる前に問題が発生してしまうのである。

 

この刑務所で行われているのは行動抑制、つまり攻撃性を無くす薬物の人体実験である。クスリを飲んでいない囚人曰く「体がイカレる」そうだが、そこは暴力的な連中の集まりだろうから、大人しくなったらその様に受け取られるのでしょう。しかし、そんな効果の薬では納得いかないのが実験の責任者バージェス大佐である。

 

大佐は、今の米軍兵士はヌルイと感じていて、もっと強い軍隊を作りたいと言う野心の持ち主。真逆の効果を持つ、神経を刺激する薬を注射する様に医者を脅すのだが、幾ら死刑囚相手でも遺伝子組み換えで作った、どの様な結果をもたらすか分からない様な物を人間に使用する事は出来ない、と拒絶されてしまう。

 

そこで、看守長にコッソリ注射させる事にしたのだが、実はこの薬、ウィルスだったのである。死刑執行に立ち会う為に呼ばれた神父があっさりと感染。垂れた鼻血が、気が付かぬ間にワイン壺に混入、ミサでそのワインを呑んだ囚人や看守の間で感染が拡大してしまう。注射を打たれたのは二人だけだったのだが、刑務所の至る所で感染者が発生する様になれば、当然パニックとなり、主人公ケーラーは「この隙に脱獄だ」となるのである。

 

大佐もどうにか事を収めようとするのだが、結局は刑務所を閉鎖する事を決定する。ケーラーは、職員とフランコを人質に取り、フランコの兄であるヴィックを呼べと要求するのである。なんでわざわざコトをめんどくさい方向に持って行こうとするのかねぇ。ヴィックを刑務所内に引き入れた所でややこしい事になるのは目に見えてると思うんだけど。

 

この事で、所長は勿論の事、所内で行われるクリスマス・ディナーに呼ばれていた所長の家族にまで被害が及ぶのである。所長にとっては全くのイイ迷惑である。と、言う事で前回に引き続き今回も「クリスマス」ネタな訳ですが、本作がクリスマスなのは、ただ単に所長の家族が刑務所に居ると言う状況を生み出したいだけの設定であろうと思われる。舞台は刑務所内なので、クリスマスムードは微塵も感じられません。

 

刑務所を封鎖しただけでは埒が明かないと言う事で、大佐は刑務所を爆破する決断をする。何せ所内では訳の分からんウィルスの所為で囚人は次々と狂暴化、皮膚は黒ずみ矢鱈と怪力となり暴れまくっているのである。物語も後半になって、急に取って付けたように咬み付いたりしてるけど、死んでゾンビ化したとは言及されていない。この辺りが冒頭で書いた様に、果たして「ゾンビ」モノと言って良いのやら、と思う所以だったりするのである。

 

実験に関わっていたCIAの担当者は、大佐の部下が爆弾を仕掛けに行った辺りで現場を立ち去るのだが、一緒に退去を促された大佐は、結果を見守る為に現場に残るのである。まぁ、爆弾仕掛けに行った部下も戻って来ないし、普通の感覚だったら結果見届けるでしょ。

 

仕掛けられた爆弾でゾンビっぽい連中は片付けられるのか?刑務所内に残された者達と大佐の運命は?主人公のケーラーは…どうでもイイや。と、こんな感じの作品です。

 

では、この様な本作を監督したのは誰かと言えば、俳優のジョン・サクソン。以前紹介した『血に飢えた白い砂浜』#1 でも少し触れましたが、何故だか筆者のお気に入りの役者さんです。では、ざっと経歴に触れてみましょう。

 

1936年、イタリア系の両親の下、ニューヨーク州ブルックリンで生まれたカーマイン・オリコ。10代の頃、学校の授業をさぼって映画を観に行っていた所を、モデルとしてスカウトされたとか。しばらくは雑誌の表紙のモデルをこなしていたが、それを見た有名なタレントエージェントに見出されユニバーサルスタジオと契約、芸名を与えられジョン・サクソンと言う俳優が誕生した。

 

1950年代にデヴューしてからしばらくは、青春映画に出演しアイドル的人気を得ていたと言う。筆者は『燃えよドラゴン』#2  で初めて知ったので、全くそんな印象は無かったが、誰にでも若い時は有りますから。1960年代に入るとヨーロッパでも映画に出演する様になる。この頃はアメリカよりもヨーロッパの方が映画産業が盛り上がっており、ヨーロッパに出稼ぎに行くアメリカ人俳優が結構いた様で、サクソンさんもその一人である。

 

サクソンさんはイタリア語が堪能なので、イタリア映画で重宝されたのだろう。更にイタリア系と言う事で、幾らか肌が褐色を帯びていると言う事と、スペイン語も話せるのとで、クリント・イーストウッド主演の『シノーラ』#3 等でメキシコ人を演じたりもしている。

 

これ以降は、『燃えよドラゴン』では空手家としてブルース・リーと共に闘い、『地獄の謝肉祭』#4 では退役軍人役で主役を、『エルム街の悪夢』#5 では主役のナンシーの父親の警官役を演じる等々、数多くのアクション映画、ホラー映画などでその姿を拝む事が出来た。それだけではなく、テレビ映画やテレビシリーズのエピソード出演も多く、2020年7月25日に83歳で亡くなったが、70歳代まではかなり精力的に仕事をこなしていた。

 

『フロム・ダスク・ティル・ドーン』#6 では冒頭で「ゲッコー兄弟は必ず捕まえます」などと取材のテレビカメラの前で宣言。凶悪なゲッコー兄弟とドンパチでもやるのかと思わせておいて、そのシーンだけの特別出演だった。それでも流石はオタクのタランティーノとロバート・ロドリゲス、分かってる男達や、などと喜んでいた筆者だったが、帰宅後一人酒を呑みながらパンフを読んでいたが、寄稿した「映画評論家」が誰一人サクソンさんの事に触れておらず、思わず「マジか」と声に出してしまいました。一応、パンフ冒頭の「解説」には出演者として触れられていましたが。

 

そんなサクソンさんの初監督作ですが、本人もバージェス大佐役で出演しています。俳優が監督、出演をした場合、主役だったり、主役じゃなくてもカッコイイ役だったり、若しくは控えめにほんのチョイ役だったりする事が多そうな気がしますが、今回のサクソンさんは悪役です。そこら辺に奥ゆかしさを感じるじゃないですか。そんな事無い?

 

その他の出演者には、マフィアのボス=ヴィック・モレッティにアンソニー・フランシオサ、その弟で刑務所を仕切ってる囚人のボス=フランコ役にマイケル・パタキ。アンソニー・フランシオサは、ダリオ・アルジェント監督の『シャドー』#7 で、マイケル・パタキは、『殺人兵器サンダーアーム 鋼鉄の報酬』#8 でそれぞれサクソンさんと共演している。

 

この様な濃い共演者を脇に主役を演じたのは、デニス・コールと言う人。正直、役者としての経歴は余りパッとした物とは言えない。唯一話のネタになるのは『チャーリーズ・エンジェル』#9 シリーズの「エンジェル」としてシリーズを通して出演したケリー役のジャクリン・スミスとおよそ三年程結婚していた事位か。年齢はこの映画の公開時で48歳。最初の方で「若作り」って書いたのは本当の事です。

 

本作、どうも当初予定していた監督が急遽降板したので、代わりにサクソンさんが監督をする事になった様だが、低予算映画に有り勝ちな、複数のプロデューサーが「金だけじゃなく口も出す」パターンだった様で、やれ「カーチェイスを増やせ」「もっと血みどろにしろ」みたいな事を言って来たらしい。監督として思う様に作品が作れなかったそうで、本作が唯一の監督作となってしまったのは、決して評判が悪かったとか興行成績が悪かったとか、では無いと思いたい。サクソンさん本人が続ける気が起きなかったのだろう。もう何作か監督していれば、案外評価の高い作品を物に出来たかも知れない。その可能性を感じたので、この一作しか監督作が無いのは少し勿体無かった気がする。

 

最後に、エンディング曲に触れておきたい。エンドクレジットに合わせて流れて来るのは「デッド・ケネディーズ」2 のファーストアルバム「暗殺」より、「ケミカル・ウォーフェア」である。その昔、初めて本作を観た時にゃビックリしましたよ。「うぉー、こんなトコでデッケネか」と。意外な所で意外な人物と遭遇した心境。「流石サクソンさん、分かってらっしゃる」などと思ったが、選曲したのは音楽を担当したチャック・シリノって人だろうな。本作の内容と、曲名の日本語訳「化学戦争」ってのを考えれば、意外どころかそのマンマな選曲だったりするんだけどね。

 

化学兵器の使用等は、非人道的行為として「戦争犯罪」と呼ばれても、なんで「戦争」自体を犯罪とは見做さないんですか?究極の暴力行為である「戦争」が「犯罪」ではない世界。不思議です。人類にとっての真の平和って来るんですかね。

 

#1 (『 Blood Beach 』 1980年 アメリカ・香港合作 )

#2 (『 Enter the Dragon 』1973年 香港・アメリカ合作 )

#3  (『 Joe Kidd 』 1972年 アメリカ )

#4  (『 Apocalypse domani 』 1980年 イタリア・スペイン合作 )

#5  (『  A Nightmare on Elm Street 』 1984年 アメリカ )

#6  (『 From Dusk Till Dawn 』 1996年 アメリカ・メキシコ合作 )

#7  (『 Tenebre 』 1982年 イタリア )

#8  (『 The Glove 』 1979年 アメリカ ) 

#9  (『 Charlie's Angels 』 1976年~1981年 アメリカ ) 

 

1  ブラックスプロイテーション映画の代表作の一つ『スーパーフライ』( 『 Super Fly 』 1972年 アメリカ )の主演で知られる黒人俳優。『スーパーフライ』は映画だけではなく、カーティス・メイフィールドが手掛けたサントラ盤も大ヒット。

2  ジェロ・ビアフラ率いるサンフランシスコのパンクバンド。1978年に結成し1986年に解散。2001年に再始動し現在も活動中。バンド名からも分かる通り、その歌の内容はかなり政治色が強い。