神秘的な出来事、霊的な存在や現象、摩訶不思議な能力など、古今東西、多くの人々はその様なものに関心を寄せて来ました。筆者もその手の話は大好きです。と言う事で、今回紹介する作品は『悪霊』(『 Shadow of the Hawk 』1976年 カナダ )であります。
「悪霊」と言っても、ロシアの文豪ドストエフスキーが原作ではない。そちらは、ポーランドの巨匠アンジェイ・ワイダ監督の『悪霊』#1 である。そんな高尚な物ではなく「オカルト映画」であります。
『エクソシスト』#2 を切っ掛けに一大ブームとなった「オカルト映画」だが、何も「悪魔憑き」ばかりが「オカルト」な訳では無い。「神秘的」「超自然的」ならば「オカルト」なのである。多くの「オカルト映画」はキリスト教的な観点で超自然現象を捉えていたが、本作は珍しく、もっとスピリチュアルに、北米インディアンの祈祷師対魔女である。
インディアンの宗教観は、キリスト教などとは違い所謂「神」と言う存在ではなく、大自然そのものを「聖霊」として崇拝すると言った感じである。万物に神が宿ると考えた日本人には馴染み易い気がする。元を辿れば同じモンゴロイドだし、考え方に近い物でも有るのだろうか?
本作の制作国はカナダ。ロケ地もバンクーバーを擁するブリティッシュ・コロンビア州で行われている。カナダに住む先住民族の内、イヌイット(カナダ北部の氷雪地帯と呼ばれる、雪と氷に覆われた土地に住む先住民族)とメティス(カナダのインディアンとヨーロッパ人との混血の子孫)を除く北米インディアンを「ファースト・ネイションズ」と称します。カナダでも、アメリカ同様に土地を奪われ、隔離政策を採られたりと言う目に遭わされています。本作でも、主人公の故郷の村のシーンが出てきますが、川の傍の山の中と言う大自然は素晴らしいですが、暮らしは貧しそうです。もっとも、ドキュメンタリーでは無いので、実際の暮らしぶりかどうかは分かりませんが、現実も似たり寄ったりだったのでは、と思います。但し、本編では場所が何処とは言及されてはいなかったと思うので、アメリカインディアンと捉えても良いのでしょう。この「インディアン」と言う呼称、ポリコレ的にはネイティブアメリカンと呼ぶべき、と言われそうですが、この辺りの筆者の見解は、以前紹介した『ウルフェン』の記事で説明しております。もし宜しければそちらも読んで頂けたら幸甚でございます。
200年前に封印された魔女ゾノクア。彼女を崇拝する狂信者達が封印を解き、現代に復活させた。ゾノクアは、かつて自分を封印した一族と、その村の住人達に復讐を企てていた。
村を捨て、都会でエリートサラリーマンとして暮らしていたマイクは、近頃怪しげな幻影に悩まされていた。カノジョと二人でナイトプールと洒落込んでいると、水中で何者かに足を引っ張られる。女性の様だが、その顔には真っ白で不気味な面が付けられていた。
このお面が不気味なのよ、シンプルなんだけどね。あんなのに水中で足引っ張られたら小便チビるぜ。でも水中だからノープロブレム。
このお面の女性の幻影を夜中に窓の外に見せて脅かすなど、魔女ゾノクアの嫌がらせがネチネチと続く。
そんな或る日、インディアンの老人オールドマン・ホークが、孫のマイクを訪ねて都会にやって来る。しかし、人形を使った呪いを掛けられたホーク老人は路上で倒れてしまう。救急車で病院に担ぎ込まれ、救急処置を受けていたホーク老人だったが、呪いを払うまじないを施し、病院を後にするのだった。治療費は踏み倒しました。そこで知り合ったジャーナリストのモーリーンに頼み、マイクの家に連れて行って貰うのだった。
その頃マイクは大勢の友人を集めてホームパーティ中(パリピだ)。いきなり訪ねて来た祖父(しかも美女同伴)は、今すぐ自分と故郷の村に帰ってくれ、とか言い出す。かなりの無茶ぶりであるが、それだけ切羽詰まっていると言う事である、と観ているこちらは思っても、当のマイクからすれば、イヤ勘弁して、ってトコだろう。と言うか誰でもそうだろう。しかし、謎のお面女の幻影の事も有るし、モーリーンにも説得されたし、と言う事で、バスターミナルまで爺ちゃんを送って行くだけの積りだったのが、急遽里帰りする事に。食事に寄ったレストランの外で、パーティやってる自分の家に電話して、カノジョに「ちょっと実家に行ってくるわ、300マイル離れてるけど。パーティの後片づけ宜しく」なんて事を言ったら振られる事、確実であろう。
しかし、その様な遣り取りをする直前から、実はゾノクアを崇拝する邪悪な集団の手は迫って来ていたのであった。レストランの外、マイクの車の後ろに停まった怪しげな黒塗り黒硝子の車。運転してきたのはゾノクア派のインディアンである。その事に一人気が付いた爺ちゃんは、店の外に出て、ガンの飛ばし合いに勝利し追い払うのであった。
この後の道中で、ゾノクアが遣わした呪いの蛇に爺ちゃんが咬まれたり、先程の黒塗りカーに橋から落とされそうになったり、その後も執拗に追い回されたり(これは、ヤツらの店で給油して代金を踏み倒したからか?)と、ネチネチとした嫌がらせが続き、マジで凄い魔女なのか?と言う疑問も湧いて来ますが、陰湿な性格なのでしょう。しかし、爺ちゃんはまじないで蛇を燃やしたり、咬まれて紫色に腫れ上がっていた手もアッと言う間に元通りに直しちゃうし、迫りくる車には、道路に何やら念が籠められた粉を撒き、見えない壁を作り撃退したりと大活躍。これでもホントに力が衰えてるんですか?
片やマイクは、ゾノクア一派と闘う為に特訓をせねばならんのであるが、そんな一朝一夕に呪術は身に付かないと思うんですけど、間に合うんですか?しかし、熊に襲われたり、鳥のお面(帽子か?)を被って登場したゾノクア派の戦士に襲われたりするも、殆ど大した怪我をする事も無く退ける辺り、マイクってばフィジカル・モンスターである。昨日までパリピなリーマンだったとは到底思えないのであった。
そしていよいよその夜、決戦の時を迎えるのである。って、マイク呪術何も出来ないですけど、イイんですか?一応、何やら儀式めいた事をしながら化粧(?)を施し、ゾノクアを迎え撃つ準備を整えるマイク。狡猾な手段を用いマイクに襲い掛かるゾノクア。その対決の行く末は…実に呆気無いのであった。しかもマイク、相変わらずフィジカルで倒してるし。イヤ、しかし我々一般人が知らないだけで、呪術師同士の対決など実際は地味な物なのかも知れない。「領域展開」とか「虚式むらさき」などと言うド派手な闘いになる事は、まぁ無いのであろう。
この後、マイクとモーリーンを村に残し、小舟で去って行く爺ちゃん。あの程度の魔女だったら爺ちゃんで倒せたんじゃね?と思いました。きっと、孫に役割押し付けて引退したかったのだろう。そう感じました。と、言うか呪術教えてやれよ。
この映画、日本での劇場公開当時のチラシやポスターのビジュアルイメージの禍々しさから言っても、ジャンルとしては一応「ホラー」と言う事になると思うのだが、冒頭の水中でゾノクアに襲われる辺り以外は、余りホラーしていない。むしろ、カーアクション物(クラッシュシーン有り)、災害パニック物(強風で大揺れの中、ボロ吊り橋を落ちそうになりながら渡るシーン有り)、動物パニック物(熊さん)、格闘物(対鳥男)と、当時娯楽映画で流行っていた様々なジャンルを貪欲に取り入れた、総合娯楽映画だったのだ。ごめんなさい。盛り過ぎました。
さて、ではこの様な贅沢に色々な要素を持つ映画を撮った監督は誰かと言うと、『吸血の群れ』#3 の監督として一部でお馴染みのジョージ・マッコーワンである。巨大なカエルが人間の手首を口に咥えているチラシやポスターの図案で、未見の人の期待を大いに煽り、観た人からは溜息をつかれるマッコーワンと聞けば、一部の人達からは或る種の期待を、大抵の人達からは期待を持たれないと思われる。しかし、双方の方達の予想は外れる事になるのではないだろうか。本作、実際のところ、案外出来としては無難なのである。だからこそ、さして話題に上る事も無く今日まで来てしまったのだろうが。
しかし、『吸血の群れ』も、蛇やワニやカミツキガメが、自分のテリトリーに入った「餌(=登場人物)」を襲うと言う当たり前の事を行っているだけと言う襲撃シーンや、ナンカ一見トカゲや蜘蛛とかの小動物が意思を持って人を襲っていると思わせる様な演出と、やたらとカエルがゲコゲコと鳴いていると言う事が、なんとも言えない間抜け感を醸し出しているだけで、どんな作品でも手を抜かないレイ・ミランドの熱演も有って、案外マトモな作品だったりするのである。テーマは環境汚染です。マッコーワンと言う人は、可も無く不可も無く無難に仕事をこなす職人肌の監督なのかも知れない。
主役マイクを演じたのはジャン=マイケル・ヴィンセント。本作の翌年に『世界が燃えつきる日』#4、 更に翌年に『ビッグ・ウエンズデー』#5 と、キャリアとしては絶頂に向かっている時期。しかし、スター街道まっしぐらとは行かず、テレビシリーズ『超音速攻撃ヘリ エアーウルフ』#6 でお茶の間の人気者になった時は「久しぶりだなぁ」と感じたものであった。実はジャン=マイケル・ヴィンセント、本作の辺りからアルコールとドラッグの依存症となっており、コカイン所持や乱闘事件で逮捕される事もしばしば。キャリアの伸び悩みはこの辺の事情が原因ではなかろうか。その後もアルコール依存症は治らず、暴行罪で起訴、飲酒運転で逮捕などを繰り返すのであった。2019年に74歳で亡くなるのだが、その晩年は何度も自動車事故を起こすわ、病気で脚を切断するわと悲惨である。それでも低予算作品ばかりとは言え、2002年まで何かしらの作品に出ずっぱりだったのだから需要は有ったのだな。
祖父オールドマン・ホークを演じたのはチーフ・ダン・ジョージ。アーサー・ペン監督、ダスティン・ホフマン主演の『小さな巨人』#7 ではシャイアン族の長老を演じ、実にイイ味をだしていた。カナダのブリティッシュ・コロンビア州出身なので、地元での撮影だったんですね。
劇場公開当時以来、日本ではビデオ全盛期の時代も、DVD・ブルーレイの時代になっても未だにソフト化されず、「恐怖・怪奇・幻想の全映画」などと謳った書籍からも洩れてしまった本作。『吸血の群れ』ばかり贔屓にしないで、本作の事も、ほんの少しでも良いので注目してあげて欲しいです。
#1(『 Les possédés 』 1988年 フランス )
#2(『 The Exorcist 』 1973年 アメリカ )
#3 (『 Frogs 』 1972年 アメリカ )
#4(『 Damnation Alley 』 1977年 アメリカ )
#5(『 Big Wednesday 』 1978年 アメリカ )
#6(『 Airwolf 』 1984年~1986年 アメリカ )
#7(『 Little Big Man 』1970年 アメリカ )