デッドサイレンス ~人気作家が描くリアル交渉術とは~ | つれづれ映画ぐさ

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忘れ去られそうな映画を忘れ去る前に

刑務所を脱獄した凶悪犯三人が、出会い頭の衝突事故で、逃走用の車を破損してしまう。そこに通り掛かったスクールバス。そのバスは、聾唖学校のバスである。そのバスをジャックした三人は、廃棄された食肉処理工場に立て籠もる。程なくして駆け付ける警官隊。陣頭指揮を執るのは、FBIのベテラン捜査官ポター。人質事件の交渉の専門家ポターと、脱獄囚の主犯ハンディとの駆け引きが始まる。脱獄囚との交渉の行方は?人質は無事解放されるのか?と、その様な感じで幕を開けるのが、今回紹介する 『デッドサイレンス』 ( 『Dead Silence』 1997年  カナダ・アメリカ合作 )であります。

 

大ヒットホラーシリーズとなった 『ソウ』 の監督、脚本家コンビの2007年作 『デッド・サイレンス』 とは違います。本作は音読みすると全く同じだが、単語と単語の間に「・」が付きません。

 

本作の主役となるのはFBIの交渉人、英語で言うとネゴシエーター。今ではその様な説得の専門家が居ると言う事もすっかり当たり前な感じになって来たが、アメリカでもその歴史はそれ程古くは無い。1983年にFBI内部にHRT(人質救出チーム)が創設される。翌年開催されるロサンゼルスオリンピックに備えてのテロ対策の為である。そのチーム内でも、犯人と話術でもって対応する事を専門とする任務を請け負うのが「交渉人」である。日本に於いて、警察内に「交渉人」と言う役割の警官が置かれるのは2005年から。本当にまだ最近の事なのである。

 

交渉人を主人公とした映画としては、エディ・マーフィー主演の 『ネゴシエーター』 (1997年)、サミュエル・L・ジャクソン、ケヴィン・スペイシーW主演の 『交渉人』 (1998年)、そして本作と、制作年代がほぼ同じ時期に、立て続けに交渉人を主人公にした映画が制作されている。「交渉人」ブームでも有ったのか?ひょっとすると、本作の原作のヒットで「交渉人」ブームが起こったりしたのだろうか?

 

では原作を紹介しよう。「ボーン・コレクター」「コフィン・ダンサー」等々のジェフリー・ディーヴァーの1995年の作品「静寂の叫び」である。日本での出版は1997年6月。この時期に日本人にとっては実に印象深い事件が起こっている。1996年12月17日に起きた、在ペルー日本大使公邸占拠事件である。この立て籠もり事件が解決したのは、翌1997年4月22日。実に127日間にも亘った事件だった。日本で「静寂の叫び」が発売されたのは、まだこの事件の余韻も残っていた時期で、何とも絶妙なタイミングだった。因みに、この事件に着想を得て書かれたアン・パチェットの小説の映画化 『ベル・カント とらわれのアリア』 (2018年) と言う作品も在る。

 

話をジェフリー・ディーヴァーに戻そう。本作の原作「静寂の叫び」は書評家の間で「ディーヴァーが化けた」と言われる位の高評価を得、映像化される事にもなった訳だが、本作が出版される前にも、MWA(アメリカ探偵作家クラブ)の最優秀ペーパーバック賞に二度程ノミネートされているので、全く評価されていなかったと言う事でもなく、推理小説ファンの間ではそれなりに評価されていた様である。しかし、「静寂の叫び」の高評価が、後の活躍に繋がって行ったと思えば、記念すべき作品と言えるだろう。

 

ディーヴァーが一躍その名を知らしめる事となった小説「ボーン・コレクター」の出版は1997年(映画は1999年)の事。本作がアメリカでテレビ放映されたのは、1997年1月なので「ボーン・コレクター」のヒットにあやかって製作された訳では無い。

 

サラっと書いてしまったが、本作はアメリカやその他の国では劇場公開されていない。どうも劇場公開した国は日本だけの様である。まぁ、ひっそりとだけどね。アメリカの大手ケーブルテレビ会社HBOが制作に関わっているので、元々テレビ用に製作されたのだろう、とは思うのだが、カンヌ映画祭で上映されていたりするのであった。海外マーケットへの売り込みの為であろう。

 

原作は文庫で上下巻と言う結構なボリュームである。それを1時間40分程度の時間に纏めるので、全て原作通りと言う訳にはいかない。大抵の小説や漫画を原作に持つ映画では、何らかの変更が加えられる事となる。これが上手く行くかどうかで、大きく映画の出来に影響を及ぼす事になる。上手に変更を加えないと大惨事になる場合が有るのである。特に例は挙げませんが、漫画の実写化はかなりイタイ出来の物も…。

 

本作に関して言えば、大体原作に忠実と言っても良いかな、と思う。勿論、色々と変更された点は有るのだけれども、大まかな流れは大体同じ。変更された部分と言えば、原作はもっと凄惨な話であると言う点。オチもそうなんだけど、結構ハード。流石にそのまま映像化したらテレビ放映に際してちょっと厳しい事になったと思われる。昔と違って規制が厳しいからねぇ。そう言う意味では、この変更は案外功を奏していると思うけどね。テンポも悪くないので飽きさせないし、暴力的なシーンも有るので、犯人達に充分嫌悪感を抱かせられるし。囚われの身の生徒や先生の頑張りに感情移入もしやすいと言う物である。

 

それともう一点。引率の先生で、自身も聾唖者であるメラニーのキャラクターに変更が加えられている。本作では案外お転婆な感じだが、原作ではちょっと気弱な感じで、何かと言うと現実逃避して内に籠っちゃう。後半では少し違って来るんだけど。

 

そのメラニーを演じたマーリー・マトリンは本物の聾唖者。生後8カ月でほぼ聴覚を失ってしまうが、七歳の時には、アメリカイリノイ州に拠点を置く、国際難聴芸術センター(ICODA)の児童劇団で「オズの魔法使い」のドロシーを演じ舞台デヴューを果たしている。その後、同劇団の公演「小さき神の、作りし子ら」に出演しているところを、俳優、監督、プロデューサーのヘンリー・ウィンクラ―に見出され、その舞台の映画版である 『愛は静けさの中に』 で、ウィリアム・ハートとの共演で映画デヴュー。21歳と言う史上最年少でアカデミー主演女優賞を受賞した。その後も、映画やテレビへの出演のみならず、様々な社会活動を精力的に行っている。

 

FBI捜査官ポターを演じたのはジェームズ・ガーナ―。メル・ギブソンの 『マーヴェリック』 の元ネタとなるテレビシリーズで主役を演じ、人気を博した人。筆者としては、レイモンド・チャンドラー原作の映画 『かわいい女』 で探偵フィリップ・マーロウを演じ、ブルース・リーと闘って勝った男の印象である。まぁ、勝ったと言うよりはブルース・リーが一人で大暴れして自滅しちゃうんだけどね。アレはちょっと情けない役どころだったな。

 

本作の監督はダニエル・ペトリ・Jr。以前紹介した 『幸福のチェッカー』 の監督ダニエル・ペトリの息子である。分かり易いね。エディ・マーフィー主演の 『ビバリーヒルズ・コップ』 の原案、脚本で業界デヴュー。監督よりも、脚本やプロデュース業が本業と言って良いかも。弟は 『ミスティック・ピザ』 『ラブリー・オールドメン』 『リッチー・リッチ』 『デンジャラス・ビューティー』 等の監督ドナルド・ペトリ。弟が一番ハリウッドの王道路線を歩んでいる気がするな。

 

脚本のドナルド・スチュワートは、トム・クランシー原作の 『レッド・オクトーバーを追え!』 『パトリオット・ゲーム』 『今そこにある危機』 の一連のシリーズの映画化作品の脚本家。この三本の大ヒット作の後に手掛けたのが本作。

 

本作では、他ではあまり見られない「リアル」な人質交渉を描いている、と言われている。どの様な部分かと言うと「人質に多少の犠牲が出るのは仕方が無い」と言うところである。「犯人をどうにかするのが最優先」なのだ。犯人を逃がす事で、より多くの犠牲者を出す可能性が有る、との考えからである。1970年代迄は、テロに対する特殊部隊も創設されていなかったので、各国とも人質の無事解放を条件に、犯人側の要求を呑む事も多かったそうだが、今はそう言う事もなかなか無さそうである。くれぐれも人質にはなりたくないものである。