感動はひとつづつ

感動はひとつづつ

ぶらぶらしながら人生楽しく


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2018年4月23日、9日目です。朝はのんびり9時出発です。

今日の行程はサフランボル旧市街散策、古民家カイマカム・エヴィの中を見学。昼食は隊商宿(今はホテル)でケバブ料理を楽しみ、午後からはイスタンブール(約410km・4時間30分)へ移動。夕食は久しぶりの日本料理を楽しみます。

 朝食 バイキング

  世界遺産のサフランボルはトルコの黒海地方にある都市。始まりは11世紀にまで遡ることができ、1994年にユネスコ世界遺産に登録されました。サフランボルの名はスパイスの「サフラン」に由来します。その通り、この町は貴重な香辛料サフランの集積地として生まれたのです。11世紀から17世紀にかけて、オスマン帝国のサフランの里として大きく発展しました。現在、街にはモスクやトルコ式浴場、隊商宿(キャラバンサライ)今はホテルなど多くの遺跡が残されています。 広場にサフランの花のオブジェが・・・

  前方、トルコ式浴場

 サフランボルの古い町並み・・

  隊商宿(キャラバンサライ)

  古民家「カイマカムラル・エヴィ」へと・・・

 古民家「カイマカムラル・エヴィ」

 古民家「カイマカムラル・エヴィ」入口

かつてトルコの裕福な市民は、大家族で暮らし、大きな家を建てて一族がまとまって生活していました。築200年の古民家住宅であるカイマカムラル・エヴィでは、こうした家庭内の様子を、人形などを使って分かりやすく展示されています。

 1階は土間のようになっており、馬が繋げる空間と玄関があります。今は農機具類が展示してあります

  部屋へと入って行きます。すぐに2階へと・・

2階~3階は生活の場で、中央広間を囲んで多くの部屋があります。

  セラムルクと呼ばれる男性専用のサロン・・・男性専用サロンでくつろぐ人々の様子です。人形を使うことにより、目の前に昔の古民家の生活の雰囲気を感じることができます。銅製の食器なども歴史を感じさせるものです。

 女性が調理する台所も、独特の構造になっています。たとえば、ドアを開けて直接食事を運ぶのではなく、男性客がいる中央広間へは回転式(右側の扉)配膳棚があり、まったく顔を合わせないで給仕する仕組みに工夫されています。

 3階への階段

  ハラムルクと呼ばれる女性専用のサロン 結婚式準備中とか・・・

  お手製のレースや絨毯で綺麗に飾られています。

 家族で食卓を囲む様子

  子供部屋

 部屋の窓から、サフランボルの街並みを・・・

  風呂は隠し戸棚方式になっており、クローゼットを開けてみるとそこはなんと、浴室兼押入れとなっているのです。

  中央広間・・共同のお部屋です。

  育児部屋のようです。

  鮮やかな衣服が飾られた衣装部屋

  当時使われていた道具が、そのまま残されています。

古民家見学を終え自由散策へと・・・

  サフランボル旧市街の真ん中にかわいいバザールがあります。
17世紀から続いている伝統のある商店街で、アラスタバザールと呼ばれています。

  アラスタバザールを抜け展望台へと・・

  サフランボル市街を見渡せる展望台へと上がって行きます。

ワンちゃんが道案内をしてくれています。

  展望台

 展望台からの眺め

  展望台から

  展望台で食事することも出来るようです。

  古民家が立ち並ぶエリア散策です。

  古い民家に囲まれた石畳の道を行きつ戻りつしながら散策で~す

 生活エリアへちょっと失礼します。

 今なお中世的な雰囲気を残すサフランボルの町を、ゆっくりと・・・

  アラスタバザールに戻ってきました。可愛いいパラソルの下でチャイなどを頂くことができます。

 細い路地にもお店がぎっしりと・・・

  わんちゃんがのんびりと・・・

  アラスタバザール内にある、昼食場所へと・・・

  隊商宿(今はホテル)で昼食

  サラダ・スープはやっぱり塩を入れて・・ 水の代わりにコーラを

  ケバブ料理とはインターネットで調べるとケバブは、中東とその周辺地域で供される、肉・魚・野菜などをローストして調理する料理の総称だそうです。 ローストした鶏肉です。食べ残しはワンちゃん用にお持ち帰り

食後再びアラスタバザールへ、古い葡萄棚が上部にあり、冬は太陽が降り注ぎ、夏には葉が茂って日よけアーケードとなり、素敵な雰囲気を醸し出しています。

  バスが待つ駐車場へと・・・前方ホテル

  学校だそうです。

  イスタンプールへ約410km(約4時間30分)の途中、トイレ休憩です。15時

  店内の様子・・トルコ菓子が沢山売れれています。

  車窓・・橋の向こうはマルマラ海・・

  再びトイレ休憩

  ポップコーンのような物がズラリと・・・

  車窓・マルマラ海の内海を・・・ 

  車窓・・・

  車窓 今晩のホテル リッツカールトンを・・・

  日本食 UDONYA(優雲也)店内

  ピールで乾杯 天ぷら 久しぶりの味噌汁は最高でした。

  お寿司 刺身は無理・・

  リッツカールトン ホテル到着です。20時30分

  ロビー

  ここもロビー

 豪華な生花が・・・

  お部屋への廊下・・・

 お部屋です。

 お部屋から・・右側はサッカー場

9日目も無事終了 リッツカールトンホテル2連泊です。


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2018年4月22日、8日目です。

早朝に気球からカッパドキアを見下ろします。3時起床、気球会社から4時30分にお迎えがきます。

オプションでツァーのお仲間8人で出発です。事務所で代金を支払い現場へと・・・わくわくです。

その後の行程は出発は8時30分、一路サフランボルへ約450km(約7時間)、途中アナトリ考古学研究所が発掘調査を行っている、【カマン・カレホユック考古学博物館】。 昼食・野菜の煮込み料理を頂き、ホテルへと・・・今日は殆どが移動です。

 寒いので準備が出来るまで車の中で待機です。風速を見るため風船が飛ばされます。真っ直ぐ空へと・・・。

準備OKです。いよいよ準備が整い、気球のエンジンがかかり、いざ乗り込み・・・と思っていたらエンジンが止まります。今日は中止!! と係りの人が・・風船が上空に行くと流れると・・思いもしていなかったことが、おこりました。えぇぇ・・・

  気持ちの整理が付かず、お仲間達放心状態 車体に描かれた絵だけでも・・・パチリ

この車でホテルへと帰ります。

  こんなに天気がよく風も無いのに・・・ 

  ホテル屋上では気球が上がるのを待っている人が・・・「今日は中止です」と大声で・・・

ホテルフロントの人が「今日は飛ぶと思っていた」と・・・割合を聞いてみると今年に入って14回だけと・・・

  朝食バイキング 写真までピンボケ気力が入っていないようです。

 ヨーグルトの蜂蜜かけ

 洞窟ホテルとお別れです。

  カッパドキアとも・・・

 車窓・・・日本の調査隊が長年発掘を続ける遺跡・カマン・カレホユック遺跡は真っ直ぐ伸びた木の向こう

アンカラの南東、約140kmのところにあるカマンの町の郊外、チャウルカン村にある遺跡。高さ16m、直径280mの円形の丘になっている。北側では年代が新しい上の地層から順番に、各時代の遺構がわかるように垂直に掘り進められており、2013年の第28次発掘調査では紀元前2000年以前の遺構を調査中。南側では、最も重要な鉄器時代のカマン・カレホユックの姿を明らかにする調査が続けられています。

 遺跡をモチーフにマウンドに埋め込んだ美術館・カマン・カレホユック考古学博物館

 カマン・カレホユック考古学博物館入口

  アナトリ研究所長・大村 幸弘さんの解説を聞きます。

トルコ中央部に位置するカマン・カレホユック遺跡はギリシャへ続く道が通り、中央アジアへ続く道は通り、黒海、地中海へともつながり、まさしく東西南北の古代の道の十字路になっているので、ここを掘れば、新石器時代のものからアッシリア商人の時代からヒッタイト帝国、フリギア王国、アケメネス朝ペルシャ、ローマ帝国、ビザンツ帝国、セルジューク朝、オスマン・トルコ帝国など、様々な時代の出土品が出てきます。これは、イランでも、ギリシャでも、シリアでも、エジプトでも、中国でも、こういうことはない。たとえば、エジプトは長い歴史があるけれども、アナトリのように、これだけ民族が激しく行きかっているところなないと、これから気の遠くなる年月がかかっても調査は必要だと熱弁を振るわれました

  カマン・カレホユック遺跡模型

 

 年代別発掘調査写真パネル

 オスマン トルコ時代の住居 復元模型

 土器 Ⅰ層 オスマン時代

 Ⅰ層 ランプ オスマン時代

 土器・陶磁器 Ⅰ層 オスマン時代

 左)前期鉄器時代(暗黒時代) 中央)暗黒時代 右)Ⅱbカマン・カレホユック遺跡出土二色彩文器

 今で言う印鑑 小さいです。発掘した土を振るいにかけて出てきたそうです。

 Ⅱa 後期鉄器時代

  Ⅲ層 中、後期青銅器時代

その他多数が処狭しと展示してありました。

日本庭園へと向かいます。

 日本のオリエント学研究を永らく支えてきた三笠宮崇仁親王の名が付けられた日本庭園。考古学博物館の開設に先駆け、1993年に造られました。地元では憩いの場として広く親しまれています。2007年にリニューアルされ、日本国外にある日本庭園では最大級の規模を誇っています。

  日本から送られた錦鯉が泳いでいます。

  藤棚もあり、見頃となっていました。

  日本庭園から・・・カマン・カレホユック遺跡の遺丘をモチーフとし、建築をマウンドの中に埋め込んだ形とした。マウンドの形状をグリッド上に削っている部分は実際の発掘方法を模したもので、屋外展示スペースとなる。マウンド周囲の土中にクールチューブを設置し自然換気による冷房が行われています。

 サフランボルへの車窓 緑の大地が広がっています。

 車窓・大きな湖 夏になると水遊びの人々で賑わうとか・・・

 アンカラの町並み、広場のようです。 政府機関が密集していようです。

  食事場所は緑の中・・・

 食事場所のテラスはツルで覆われています。

 隣は乗馬クラブ 近くに競馬場があるそうです。

  下では食事を楽しむ人たちか・・・

  昼食 サラダ・パン スープはどこのお店もこんな色 塩コショウトウガラシ等を入れると美味しくなります。

 昼食はギュベチ(野菜の煮込み料理) 豆ばかりが目立ちます。豆を避けて頂きます。

  サフランボルの町並みが見えてきました。

  サフランボルの町並み

 ホテル ヒルトン・ガーデンイン  17時24分到着

  お部屋です。

  夕食まで時間があるので近場のスパーへ

  スーパーマーケットお店外観

  野菜売り場 日本と変わりなし

  果物 傷んでいるような物まで売られています。

  駄菓子売場 お土産、何かないか探してみたが、結局何も買わずに・・・

 夕食 ビールで乾杯 酔っぱらったのかメイン写すの忘れています。焼き鶏でした。

8日目はほとんど移動、車窓を楽しみながら無事終了です。

 

 

 

 


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2018年4月日、7日目後半になってきました。

出発9時、引き続きカッパドキア観光です。ギョレメ野外博物館・地下都市カイマルク、昼食後、絨毯と宝石のショッピング・・・2連泊の洞窟ホテルへ、夕食後はトルコ伝統のベリーダンス鑑賞です。

  朝食はバイキング  コーンフレイクとチーズたぶっりのオムレツ

  昨晩来ていた犬が朝にもひよっこりと・・・

  警戒心ゼロ 

  ネコちゃんも・・・ ネコちゃんとわんちゃんに日本のお菓子を・・・

  天気最高8時30分出発・・・・洞窟ホテルからギョレメ野外博物館へと向かう途中の風景。

 ギョレメ野外博物館入口すぐに“女子修道院”があります。

ギョレメ野外博物館は、岩を削った洞窟教会や修道院が集積している地域です。4世紀からこの地に住みついたキリスト教徒たちが9世紀以降のイスラム教徒から逃れるために隠れ住んだもので、約30の教会が公開されています。内部は撮影禁止になっていますが、今も色鮮やかなフレスコ画からは当時の人々の篤い信仰心が伝わってくるようです。

 女子修道院・・・ 現在、中に入ることはできませんが、博物館に入ってすぐの場所にある大きな岩が女子修道院です。教会や食堂、部屋があり、300人が生活していたと考えられています。

  バジル教会へと向かいます。

  これが聖バジル教会 内部は撮影できません。

セント・バジルとはカッパドキア(カイセリ)生まれで、4世紀の最も重要なキリスト教神学者の一人です。

 りんごの教会入口・・

 りんご教会

 ぽつんと孤立して立つ洞窟住居

  蛇の教会、暗闇の教会、サンダル教会が前方にズラリと並んでいます。

  数多く並ぶ教会方面へと・・

  野外博物館という名前の通り、青空の元、ブラブラ歩きながら各洞窟教会を見て回るのは最高!!

   数多い教会の一つ

  蛇の教会

聖ジョージと聖テオドレが大蛇を退治している場面が描かれていることから、この名前が付けられました。

 今でも色鮮やかなフレスコ画

 蛇の教会からのギョレメの眺め

 

 蛇の教会からのギョレメの眺め

  蛇の教会1階に40人~50人が使用できる食堂のテーブルとイス

  炊事場のようです。天井に煤のようなものが・・・

  住居跡

 暗闇の教会

暗闇教会の名のとおり、小さな窓があるだけで光がほとんど入らないため、フレスコ画の色がよい状態で残っています。撮影禁止

 暗闇の教会上部を・・・

  サンダル教会

ギョレメ野外博物館で一番高い場所にあります。
教会内部の“イエスの昇天”場面の下の床に足跡のような形があることから、サンダル教会と名付けられました。

 サンダル教会下の食堂には最後の晩餐の絵が描かれています。

  サンダル教会の入口

  男子修道院

  最後にトカル教会 中に入ることはできません

 トカル教会入口に壁画の写真が・・・

トカル教会の特徴はフレスコ画に青色が使われていることです。

  土産店を通りぬけて集合場所へ・・絨毯のお店へと・・・

 絨毯の織り方を見学・・

 全て手織りのようです。数百万するようです。

  説明を聞きながら・・・買う気まったくなし 

宝石店へも・・宝石も興味なし

  昼食場所

  サラダ・パン・スープの色は何時も同じ、何のスープか見当が付きません 塩・胡椒を入れて

 メインは壺焼きケバブとか・・・鶏肉のようです。

  昼食場所テラスから、鳩の谷全体を・・・

  鳩はイスラム教の中では家族との絆と平和とされキリスト教の中では神の魂の象徴とされていたそうです。

  最も集中しているのがウチヒサルキャッスル周辺の谷。
ピジョンバレー(鳩の谷)と呼ばれる、この谷にはとても立派な洞窟のお家が建っています。

 露出した凝灰岩肌には無数の穴が・・・鳩の巣のようです。糞を集め肥料にするようです。

  昼食後、地下都市カイマルク・・・前方の建物から地下へと入っていきます。

  地下都市カイマクル入口

地下都市は狭くて細い道なので中はかなり混雑いしていて入口手前で少し待たされました。

 迫害を逃れて洞穴で生活をしていたキリスト教徒たちはカッパドキアに隠し入口を作り、中に巨大な地下都市を作りあげました。地下への階段を下りて行きます。

 内部には教会、学校、ワイナリー、食料貯蔵庫などが作られ、約2万人が暮らしたと考えられている。 各階層は階段や傾斜した通路でつながれている。 カイマクルと隣のデリンクユの地底都市の間には地下通路が確認されているようです。 ローマ帝国の迫害を逃れてこの地に辿り着いた初期キリスト教徒たちが隠れ住み、何世紀もかかって掘り進められて拡張されてきましたが、作られた年代は謎に包まれていて、紀元前から存在し、ヒッタイトによって作られたと考えられているようです。

 通路には幾つもの横道があります。迷わなかったのか?

 所々下部が見えるようにガラス板になっていました。 

  幾つもの脇道が・・・

  外敵に進入されたときの対策として矢を射る小窓や煮えたぎった油を上からぶちまける穴も設置してありました。

  開けたところは教会、学校として使われていました

  通路の中のあちこちにある、巨大な丸い石。地表から迫害者がやってきたとき、この石で通路をふさいで逃げたんだそうです。今はコンクリートで固めてあります。

  地下は迷路、ただただガイドさんの説明を聞きながら着いて行くのみ・・・

  背を屈めながらは結構きついです。

  岩に煤のようなものが付いている場所は調理場ではないかと言われています。

  もうすぐ出口

  地下都市模型 地下8階まであるようですが、見学できるのは地下4階まで。

  ギョレメの谷展望台から眺め

 ギョレメの谷展望台に目のお守りが木にいっぱいぶら下がっています。日本のおみくじと同じのようです。

  洞窟ホテル 19時 夕食 ビールで乾杯

  メインは、茄子の中にミンチ肉が詰まっています。

  パイのようです。

  デザート すいか・ザクロ・梅?? 

  夕食後 (20時) ベリーダンスショー鑑賞です。

  カッパドキアでの夜のお楽しみと言えば、ベリーダンスと民族舞踊。

洞窟を改造したレストランで行われる雰囲気満点のショー。

  ツアーの、お仲間と乾杯

  満席のようです

  綺麗な音色が・・・何の楽器か・・・

 トルコの伝統的なダンスのようですが、軽快な音楽に合わせて踊りまくりです。
見てるとストーリーがあるように感じましたが、どんな内容かは分かりません。

  目が回らないのか??

  部屋真っ暗に・・・カラフルな光が・・・

 ベリーダンスの始まりです。

  下半身の動きが半端じゃないほど凄いです。

  22時ホテル到着 無事7日目終了

明日カッパドキアを気球で飛びます。3時起床

 

  

 

 


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2018年5月10日、岡山のRSKバラ園に幼馴染と行ってきました。

トルコ旅行7日目は次に持越し、バラ園で一息入れます。

ラジオ塔のスペースを有効活用したバラ園。ちょっと早いかもと思いながら訪れたところ、意外に多くの花が咲き始めていました。

 バラ園正面入り口からのバラ園

 つるバラポール仕立て通り

 カーディナル

 絵日傘

 カクテル

 プリンセス アイコ

 ロイヤルサンセット

  うらら

 桜貝

  ザ・プリンス

 クィーン エリザベス

  私の一番好きなバラです。

きらり

久しぶりに幼馴染と会い、楽しいおしゃべり、最高の天気に恵まれ楽しい1日を過ごすことが出来ました。健康にありがとう

 

 

 


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2018年4月20日、6日目です。出発はゆっくり9時出発です。

朝食後、カッパドキアへ約250km(約3時間)途中キャラバンサライ(隊商宿)へ立ち寄り、カッパドキア“ウチヒサール”実際に住んでいる洞窟の家(アンナさん宅)訪問”。昼食は洞窟のお店でマス料理を・・・午後からはゼベルの谷・らくだ岩・三姉妹の岩、ウチヒサール観光後洞窟ホテルへと・・・夕食後はゼルベの谷でプロジェクトマッピングを鑑賞

  朝食バイキング

  私の朝食 変わり映えしない朝食です。

  ホテルから1時間ちょっとでキャラバンサライ(隊商宿)到着。

コンヤからカッパドキアへ向かうコンヤ - アクサライ線の途中に、スルタンハンという町にあります。

そこにキャラバンサライがあります。

  キャラバンサライとは10世紀頃にトルコに建てられた隊商宿のことです。隊を組んで長い旅を続けていた商人達(キャラバン)にとって周辺に何もないところに建てられた宿は宮殿(サライ)のように大きく立派な建物としての印象を受けたことからキャラバンサライと呼ばれるようになりました。

  現在トルコ国内には約100程のキャラバンサライが残っていますが、そのほとんどが廃墟化しています。

保存状態が良く見学可能なキャラバンサライの一つとして有名です。

   中は修復中で入ることはできませんでした。

隊商宿には3日間は無料で泊まれたという、しかし、3日を超えると料金を支払わなければならなかったという説明が、ガイドさんから・・

  キャラバンサライの敷地に犬が数匹,優雅に寝そべって、のんびりと日向ぼっこをし、平和な感じが・・・。

  皆おとなしく、人に慣れています。

  横から、頑丈で高い塀に囲まれ、門も一箇所だけです。

やはり当時は隊商というのは財産を持ち歩いていたわけであり、それを狙う盗賊などがいた為か、そのためにあちらこちらにこのような頑丈な隊商宿がつくられていたらしい。

 車窓 ガイドさんからシルクロードと・・800年前と同じ、と・・・

  あっちこっちにモスクらしい建物が・・・

 11時30分過ぎにカッパドキアの奇岩地帯が見えてきました。

 カッパドキア・ウチヒサール・・

トルコにある世界遺産カッパドキアは奇岩地帯と呼ばれ、柔らかい地層と硬い地層が重なり合い侵食しあった結果できたキノコのような形をした不思議な巨岩が乱立する地域です。 その不思議な地形から世界遺産に認定されています。 また、キリスト教発生初期の頃キリスト教徒の隠れ家として岩を削って内部に住むようになったのを発端に、削りやすい岩質を利用して岩石をくりぬいて部屋を作るという独自の住居がとても興味深い文化を作っています。

現在60世帯ほどが洞窟住居で生活しているとガイドさんが・・・

  要塞を囲むように積み木のような住居が並ぶ、ウチヒサール

カッパドキア地方で一番高いところにある村。敵の侵入を防ぐ城塞として使われた岩が中心にある。

 奇岩をズームで・・岩の上部には小さな穴が無数にあり、鳩の糞を集めて肥料に使っていた「鳩の家」を見ることが出来ます。

  ウチヒサール住居

  ラクダに乗って記念撮影で~す。 立ってくれません。

  ガイドさん知り合いの洞窟のお宅(アンナさん宅)へと・・・ 1階、2階、3階とあるようです。

おじさんから譲る受けたとのことです。

  玄関から居間へと・・

  1階部分  2階は寝室 3階は倉庫になっているようです。

  洞窟のお部屋窓から・・・

  床はトルコ絨毯が敷きつめられています。

  チャイを御馳走になります。

  アンナおじさん、娘さんと記念撮影

  トルコ絨毯の織物機

  入口付近に台所

  裏の洞窟もアンナさんの持家

  中は物置のようです。2階は来客用のお部屋があると・・・

  洞窟の入り口から外を・・・

  アンナさん宅をもう一度、煙突がニョキッと・・・

   昼食場所へと・・・

  昼食場所も洞窟のよう・・・

  入口です。

  内部

  ツァーの、お連れさんたちです。

  スープ・パン・プリンのような甘い甘いデザート 豆煮 豆だらけ 

  マス料理 塩をかけるといけるかも・・・

  昼食場所付近ぶらぶら

  岩の上に崩れかけた住宅があっちこっちに・・・

  車窓・・“アカガワ”を

東から西に流れるアカガワ1000km続いていると・・・

 カッパドキア・ゼベルの谷への車窓

  ゼベル谷のきのこ岩が見えてきました。

  ゼルベの谷
ゼルベの谷に多く立つキノコ岩。その中には妖精が住んでいると言い伝えられていて、妖精の煙突と呼ばれている。火山の噴火により堆積した凝灰岩や溶岩層が長い歳月をかけて浸食されてきたと、科学的な説明が・・・そんなことを考えずに妖精たちが不思議な力で造り上げたと考える方がロマンチックかも・・・

 展望台からゼルベの谷をワイドで・・

  展望台から、ゼルベの谷と黄色花の群生・・

 展望台からのゼルベの谷

果てしなく広がる大地。この凄さはきっと写真では伝えることはできないでしょう。

 ゼルベの谷の、きのこ岩と青い空と白い雲 ロマンチックかつ遠い異国での旅情を誘うぅ・・・・

  ゼルベの谷にて・・・ハイハイして登り、大きな岩の上にて記念撮影

  ゼルベの谷へと・・・

 きのこ岩にも岩がくり抜かれています。

  くり抜かれた穴から、きのこ岩を

  きのこ岩の間を・・・

  立ち並ぶ土産店を抜けて・・・

  駐車場近くのきのこ岩

  デヴレントの谷【らくだ岩】

 らくだ岩 言われれば、らくだに見えるかも・・・

  らくだ岩周辺をワイドで・・・

浸食を受けてできた奇岩が連なる渓谷に動物などのユニークな形にたとえられる岩が想像を膨らませることから「イマジネーションの谷」とも呼ばれています。又かって迫害から逃れ逃げ込んだキリスト教徒の隠れ家跡もあるようです。時間に追われない旅なら奇岩の間をぶらぶらするのも良いかも・・・

  続いて、エセンテベの谷にある【三姉妹の岩】 こちらから見ると二姉妹

  方向が変わると三姉妹

  ズームで三姉妹の岩を・・

  ローズバレー(赤い谷)と呼ばれており、夕日を浴びると谷が真っ赤に染まるそうです。夕日を見てみたかったけど、まだまだ陽は沈みそうにありません。

  ローズバレー  夕日を浴びると奇岩が波打つように見えるのだそうです。見たかった!!

  ワイドで・・・

  観光後、洞窟ホテルへと・・・

  MDC ケーブ ホテル 16時到着

  ロビー前に、シーズー犬が 飼い犬のようです。

  ホテルロビー 洞窟ホテルは二つとして同じ部屋がありません。恨みっこなしでお部屋のキーを取ります。

 私達のお部屋玄関

  入るとすぐのお部屋

  左側のお部屋 

  右側に行くとジャグジーの付いた、お風呂とトイレ

えぇ寝室は・・・

  横の階段を降りるとベットルームが・・・

  最高のお部屋です。

  寝室からの階段、上はお風呂

ツァー一緒の人たちのお部屋まわりを・・・私たちのお部屋大当たりで~す。

  夕食まで時間があるのでホテル周囲をぶらぶらです。

  ホテルテラスからの眺めで~す。

  ホテル屋上からの眺め・・・

  ホテル庭に咲く白い花。

 夕食 ワインで乾杯

 ミンチ肉?? 下部の白いもの じゃがいも?? 何とも表現出来ない食べ物でした。

  ロビー7時15分集合 

ゼルベの谷にて「カッパドキア プロジェクトマッピング」観賞に出かけます。

 羽毛の上着の上にコートを着ていても寒いです。真冬の寒さです。

 奇岩に映像が映し出されます。物語があるようですが・・・

  イスラム教徒の圧迫から逃れるため岩を削った洞窟に逃れたようです。

  火が放たれ・・・

  肖像が浮かび上がります。

  最後にトルコの国旗が・・・傍で鑑賞していた多分トルコ人たちが歌いだしました。

後で添乗員さんに聞くと、トルコの国の成り立ちをプロジェクトマッピングで表していると・・・

  ホテル21時到着 6日目も無事終了 


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2018年4月19日、5日目です。

今日の行程はコンヤへ約430km(約6時間)の移動です。

8時30分出発 午前中は移動のみ 昼食後、アラアッディンモスク・メブラーナ博物館へ・・・

   朝食6時オープン 種類豊富に並ぶパン  野菜は目につかず

  パン コーヒー ヨーグルトと、おかゆを・・・

  出発まで時間があるので石灰棚を模したお風呂見学。

  勢いよく吹き出すお湯

  ホテル玄関

  ホテルの近場ぶらぶら 温泉の湧き出る土地ゆえの風景です。

 お湯がちょろちょろと流れています。

  スーパーのようなお店で、お水購入

  車窓・石灰棚の真っ白の台地を・・・今日の席は最前列

  ディナールの町並み 1995年に大きな地震があった地区です。

  車窓を楽しみながらと思いつつも、ついウトウトと・・・

雪を被った山、広大な農地にはさくらんぼの木々 花は盛りを過ぎています。

  昼食場所 昼食はトルコ風ピザ??

  中は円形で広いです。

  サラザ・パン・スープ(色は濃いですが、味は薄味。塩コショウを入れると美味しくなります。)

デザートはプリンのような感じですが、甘い

  これがトルコ風ピザ ピザの生地の上にミンチ肉。これも味が薄い

  コンヤの街に入って来ました。渋滞で~す。

  アラアッディンモスク 15時到着

コンヤの町を見下ろす、アラアッディンの丘に建つのがアラアッディンモスクです。

  水が流れる階段の横を上っていきます。

  アラアッディンの丘からコンヤの町を・・・

  1220年、この時代の統治者セルジューク朝スルタン、カイクバード一世によって古代のコンヤ城の跡地に建てられました。地味で質素な印象を受けますが、トルコ人が中央アジアからアナトリア地方に移り住んだ当初、中央アジアの文化の影響でドームのない四角形の簡素なモスクが多かったようです。後にセルジューク時代を経て、オスマン帝国時代になるとドームのある豪華なモスクが多く作られるようになったといわれています。

  モスク内部 派手さはないけれど落ち着いた雰囲気のあるモスクです。

ここでは靴を脱ぎ、スカーフを巻きました。

  中央は祭壇です。

 説教壇は黒檀でできています。セルジューク王朝の木工技術の素晴らしさを物語っています。

  アラアッディンモスク観光後アラアッディンの丘を反対側車道へ・・・

途中、滑らかな坂をスッテンコロリ・・何事もなく良かった!! 何かあれば大変

  バスが待つ車道へと・・・

落雷で折れた尖塔を持つ、インジェミナーレ神学校。

  5、6分で前方にメヴラーナ博物館が見えてきました。

  メヴラーナ博物館裏側

青緑色をしたタイルで飾られた霊廟の塔が目に飛び込んできます。

  メヴラーナ博物館正面  導師メブラーナ、ルーミの霊廟。

旋回舞踊で有名なメヴラーナ教団の総本山だったところ。教団の発展に関係した修行場、名僧たちの棺が置かれた霊廟、旋回舞踊で使った衣装、コーランなどが納められています。

博物館には靴の上から専用のビニール・カバーを装着して入館します。

 霊廟に入ると、棺がずらりと並んでいます。

 エキゾチックな雰囲気が漂っています。

  メヴラーナの棺です。とても大きな棺です。

  名僧たちの棺がズラリ 

  天井が高く繊細な装飾が施されています。

  シャンデリアも素敵

 預言者ムハンマドの顎鬚が入っているらしい

  敷地内の別棟には人形で修行僧の生活を表したものがあります。

今にも動き出しそう・・・

  人形で当時の修行僧の生活の様子が再現。

 こんな人形も 日本でいう、托鉢のようなものか??

  当時の衣装、小物なども沢山展示されていました。

  チューリップと博物館。絵になっています。

 白い円筒形の帽子、白いスカートみたいな服を着て、両手を挙げてくるくる廻る踊る、旋回人形の前で記念撮影です。

 ホテル ヒルトン・ガーデン・イン・コンヤ 17時到着 

  ホテルロビーに旋回舞踊のガラスの人形が販売されています。

  お部屋です。

  夕食バイキング

  デザートと、私の夕食 何時も同じような物ばかりです。

今日は殆どが移動、遠かったです。無事5日目終了です。

 

 


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2017年4月18日、4日目です。

朝食後パレッカムへ約185km(約3時間)移動です。途中革製品のお店にてショッピング

ショッピングはあまり興味はないです。行程に含まれているので仕方ないですが・・・

ショッピングの後は昼食。ドネルケバブ料理です。さてどんな料理でしょうか?楽しみです。

その後は2017年に新しく世界遺産に登録された【アフロディシアス遺跡】パムッカレ遺跡【ヒエラポリス遺跡】【石灰棚】観光後ホテルへと・・・ホテルはプール付です。

 朝食メニュー

  ホテル ル・ブル 外観 8時30分出発です。

  車窓・クジャダスの町並み

  車窓・トルコの列車を・・・

  革製品のお店 ファッションショー

  綺麗なお姉さんイケメンのお兄さんが次ぎ次へと 洋服には番号が付いています。

イケメンのお兄さんと腕を組んでファッションショーに参加です。

  昼食場所 お店は木立の中あるようです。

  サラザ スープ パン 何時ものパターン  お水の代わりにジュースを・・・濃厚です。

 昼食場所は木立の中。前菜は良く分からない物が出てきました。白いのはチーズのようです。

 ドネルケバブとは削った肉のようです。 果物はどこでも豊富

  お店前から、このトラクターーで「アフロディシアス遺跡」入口まで行くようです。

  トラクターにゆられ遺跡入口へと・・・

  入場料を払ってから最初に見るのは石棺が並んでいる風景。

彫刻のきれいさは身分を示しているそうです。

 博物館前の広場・・2017年にユネスコ世界遺産の仲間入りをしたアフロディシアス。トルコ西部の村ゲイレ近郊に位置する、小アジアの古代都市アフロディシアス。紀元前3世紀頃に建設された都市であり、その名はギリシア神話の女神アフロディテに由来する。近隣で大理石が採れたことから栄え、神殿や浴場、スタジアムが作られた。

  3階の構造の建物であったらしい。1階部分の柱部分

2階3階には彫刻が・・・

テトラピロン(多分はっきりわかりません)
寺院へ向かう巡礼者を迎える、円柱が並ぶ門

  壁面です。この遺跡はパーツになっている物が多い
この顔のようにきれいに残っているものが多いようです。

 ティベリウスの関門がある(右側)。印象なのは回廊です。左右均等に美しい柱が均等に並んでいる。

ここはアゴラ(手前は集会場跡)

  音楽堂は紀元前1世紀に造られ1万人もの観客が収容できたという。

長い間地中に埋もれていたため、ほぼ完ぺきな状態で残っています。

  アフロディシアス遺跡 広いです。

  コロネードリマレストラ(体育場)跡

  アフロディシアス遺跡

  柱根元装飾彫刻が・・・

  ビザンチン帝国時代の住宅跡

 ビザンチン帝国時代の住宅跡

 ここはハドリアヌスの大浴場広場

  ハドリアヌスの大浴場(古代風呂)今でいうサウナ風呂

  古代風呂跡

  前方にアフロディシアス神殿の円柱が見えています。

  遺跡の先は古代劇場・・

  古代劇場に出る・・・紀元前1世紀に造られれ1万人もの観客が収容できたという。

  劇場椅子の下はライオンの足の彫刻になっています。

  目をつぶると古代の情景が浮かんでくるようです。

 ステージの後ろの壁面は高さが5mもあったとか。

 アフロディシアス神殿跡は緑の草原に埋もれて・・・

  アフロディシアス神殿跡 右側の石積みはキリスト教徒からの攻撃を防ぐ為のもの

 あっちこっちに柱の根元が・・・皆彫刻が施されています。

  真っ赤なポピーと無造作に転がる遺跡

 アフロディシアス神殿・・ローマ皇帝アウグストゥスの時代に完成し、ハドリアヌス帝の時代(117~138年)には、神殿の境内が付け加えられました。イオニア式で、13m×8mの円柱が二重列柱堂に見えるような構造になっています。こ神殿は5世紀に教会として使われていました。1662年に高さ3mもの巨大なアフロディーテ像が神殿跡から発掘されました。アフロディーテが当時信仰の対象となっていたことを示しています。

  草原を競技場へと・・・暑いです。 

  1世紀から2世紀にかけて造られた長さ262m、幅59m、収容人数3万人というローマ式巨大競技場。

ローマ時代には血なまぐさい闘技が行われていたようです。

  楕円形のスタジアムには動物を囲っておく石の柵が残っており、猛獣を闘わせる闘技場としても利用していたことがわかります。これだけの規模でほぼ完璧な状態で残っている競技場の観客席に座ってみると、当時の競技の様子が目に浮かんできそう。

 競技場全体を・・・

  アフロディーテ神殿・・当時の神殿は色彩豊かに色づいていたようであるが、現在は大理石が剥き出しになり、柱も14本残っているのみである。しかし色が褪せても青空のもとで白く輝く神殿はなんとも神々しく美しい。

   アフロディーテ神殿を横から・・

  アフロディシアス博物館

2017年アフロディシアスは世界文化遺産として登録 ... その多くは、この博物館に展示されています。

  博物館前・・・石棺の彫刻

  博物館内へと・・・

  素晴らしい彫刻やレリーズの数々を見ることが出来ました。

  緑の草原に彫刻が施された多くの石棺が置かれています。すごい数です。

バムッカレ石灰棚へと向かいま。。

  デニズリ郊外を過ぎるとバスの窓から一部分だけ雪が積もったような場所が見えるのが、

パムッカレ石灰棚

 ヒエラポリス遺跡入口。入場ゲートをくぐるとまずはヒエラポリス遺跡です。

  ヒエラポリスは紀元前2世紀に建設された古代都市。良質な温泉【パムッカレ】の丘の上に、温泉保養地として多くの人々が集まり、都市が形成されました。ヒエラポリスは、聖なる都市という意味があるそうです。2度の大きな地震で今は廃墟となっていますが、古代ローマ時代の後1世紀から2世紀にかけて建造された円形劇場、共同墓地、公衆浴場などの立派な遺跡が残っています。

 入場ゲートをくぐってヒエラポリス遺跡の丘陵地をゆっくり歩いていきます。

ヒエラポリスの円柱が復原されています。

  ポピーの花の先に円形劇場が見えています。

巨大な客席を持つ円形劇場。この客席を埋め尽くした古代ローマ人たちはいったいどんな暮らしただったのでしょう? 優雅でのんびりしていたのかも?・・などと広大な場所を見ていると思わずにいられません。

  円形劇場をズームで・・・

  ヒエラポリス遺跡の先は広場になっています。

  大きな鶏のオブジェが広場に・・

  この先がパムッカレの石灰棚のようです。

 パンフレットに紹介されている、【パムッカレ】の風景がドドーンと、目に飛び込んできました。

  地面から湧き出た石灰成分を含む摂氏35度の温泉水が100メートルの高さから山肌を流れ、無数のプールを作っています。温泉水がプールから溢れ出て、クリーム色の鍾乳石が形成され、世界に二つとない息をのむような景観が作り上げられました。綿や雪にも似たこの光輝く幻想的な城(「綿の城」とも呼ばれる)を作り上げたのは、まさにこの温泉水なのです。この不思議な土地には、心臓病、循環器疾患、高血圧、神経性の障害、リウマチ、目や皮膚の病気、神経や肉体の疲労、消化器疾患、栄養障害に効果のある温泉が豊富に湧き出ているとか。

  池の先にパムッカレの街が・・・

  一度に100人が入れそうな大きなプールが連なっています。絶景ポイントはこちら側・・・

  左側の石灰棚は靴を脱いで入ることができます。

  左側から・・・絶景ポイント方面を・・・

  ズームで・・・世界的にも珍しい大規模な石灰棚のパムッカレは石灰を含んだお湯が下の平地に

流れ落ちる途中で温度が下がって崖全体が結晶して真っ白な石灰棚ができました。

  左側から・・・

  左側・・勢いよく流れる温泉水に足湯をする人たち。

  滑らないように下流方面へと下りていきます。 

  今では遺跡の保護のために、入れるところが限られているようです。時間が気になりもどります。

 

  【パムッカレ・テルマル】(温泉プール)へと・・

 パムッカレの入り口には『パムッカレ・テルマル』があります。温泉プールのような、天然の炭酸泉の

温泉施設。大理石の柱など、ヒエラポリスの遺跡が足元にそのまま沈んでいます。

  お湯の温度は36℃ほどとぬるめですが、広さもあって遺跡を触りながら温泉なんて
ここでしかできない体験です!。

  パム テルマル ホテル到着 ロビー 17時50分

  私たちのお部屋は7棟 1階

  お部屋前は吹き抜けになっています。

  お部屋です。

  夕食はバイキング

  果物はそのまま

  夕食

  ピールで乾杯

  夕食後プール・温泉見学です。温水プール 誰も入っていません。

  室内プールの壁に垂れ下がる石灰のつらら

  室内プール

  パムッカレを模した温泉があります。3段に分かれている温泉は、上の方が温かくて、下に行くほど

人肌の温度になっているようです。

  私は見るだけ。

  4日目終了

2017年世界遺産となったアフロディシア。みんなでトラクターにゆられ入口へ、やんちゃなドライバーさん可愛かった。又パムッカレでは足湯も・・・温泉ホテルで宿泊!盛り沢山歩き盛り沢山の観光でした。

 

 

  

 

 


テーマ:

2018年4月17日、3日目です。8時出発

宿泊地アイワルクからベルガマへと約65km(約1時間)世界遺産、古代の医療施設アスクレピオン・ アクアポリス、観光後昼食。食後エフェソスへ約180km(約2時間30分) エーゲ海最大の遺跡が残る、エフェソス遺跡・聖母マリアの家・アルテミス神殿へと・・観光後クシャダスのホテルへ。

  朝食はバイキング6時早いです。 パン・果物・スープを頂きます。

  8時出発 食後ホテル周辺ウロウロ プールも完備されていますが水は入っていません

  プールの側に子猫ちゃん

  約1時間(9時)で古代医療施設アクスレピオン到着 

ペルガモンが栄えた紀元前4世紀からの施設で、ギリシャの医神アスクレピオスの神託を授かる場所でした。隣に陸軍基地があるので、写真撮影には気をつけるようにと注意を受けます。

  遺跡の入り口に位置する「聖なる道」。現在は150m程の距離ですが昔は850m程あったそうです。

道の脇に当時建っていた柱の名残が残っています。緩やかな上り坂となっています。

   「聖なる道」を登りきると目の前に広場が現れます。

 わんちゃんが先導してくれました。

  説明板に復元想像図

 ここはプロピロンと呼ばれており、当時は病院の受付の様な場所だったそうです。

入り口付近には彫刻された柱の根元があります。彫刻はこの地方に伝わる故事で、診察を断られた病人が蛇の毒で服毒自殺を図った所、逆に完治したという話を元に作られているという逸話があります。

  広場から少し奥に行くと、列柱が建ち並んでいます。

  聖なる泉。今でも水が湧き出ています。

  さらに奥には小劇場が広がっています。小劇場では演劇などの患者を楽しませる催し物が行われていました。専用劇場があるなんてすてきです。

 地下道へと進みます。こちらは治療に使われたトンネルです。天井に開いている穴から「大丈夫、治ります」と神のささやきが聞こえてきたそうです。実際は医者の声だったらしいですが「神のお告げだ!」と患者の喜んでいる顔が浮かんできそう!

  トンネルの先は・・半地下状態のためか施設の状態がわかる程度に保存されています。

円形状の建物で昔は総大理石張りだったといわれています。

 治療棟であるテレスポロス神殿です。ギリシャ神話の神であるテレスポロスを祭っています。

この神様は治療の神様で、死者をも生き返らせる力を持っています。

 神殿の中は個室に分かれていて、そこでマッサージや薬草を使った治療などを行っていました。

この治療院では「聖なる道」により重病人はふるいにかけられますので、治癒率はとても

高かったそうです。

  高台の下は半地下施設。

  高台から小劇場の遺跡と大理石の回廊跡を望む

  古代医療施設アクスレピオン駐車場からアクロポリスを望む。

 

 アスクレピオンからバスで20分程度の山頂にあるアクロポリス遺跡へと向かいます。

  ロープウェイ乗り場へと上っていきます。

 ロープウェイ内からも石積みが見えてきます。山全体が遺跡のようです。

 遺跡入口

  入口斜面に発掘された壷・石垣が残っています。

  修理復元された城壁が目の前に現れます。

ペルガマのアクロポリス遺跡は標高335メートルの丘の上にあり、一群の建造物で構成されています。

山頂に宮殿、トラヤヌス神殿(ローマ時代のもの)、アテナ神殿、劇場、ゼウスの大祭壇、などの遺跡があります。出土品の大半はドイツベルリンのペルガモン博物館の内部に復原・展示されているそうです。

 アテナ神殿跡 紀元前4世紀頃のもの。今は礎が残っているだけです。

  アテナ神殿の礎

  水道の跡

  発掘された石が緑の草原に無造作に転がっています。

 ポピーの赤と大理石の白が映えて綺麗

  トラヤヌス神殿、ローマ皇帝ハドリアヌスが先帝のトラヤヌスに捧げた全て大理石の神殿

正面は6柱、側面は9柱のコリント様式。

約2千年前はベルガマ王国には15万人もの人たちが住んでいたそうです。

  トラヤヌス神殿

 井戸の跡

  遺跡反対側はダム湖。

  城壁の隙間に黄色い小花がぎっしりと

  遺跡とお花畑

  順路に沿って遺跡の周りを一周します。

 ベルガマの町を・・・

  丘の急斜面を利用してつくられた大劇場。1万人を収容したというギリシア世界最大の急斜面の

野外劇場は景色も最高です。

劇場全体は38mもの高さがあります。紀元前3世紀頃建造、ローマ時代に改装されたそうです。

  トラヤヌス神殿

  石積みとベルガモの町を・・・

  ここからの眺めはすばらしく、ベルガマの町が一望できます。

右側大木の辺りが、空の神様【ゼウスの祭壇】の石積みが見えています。

  最後にトラヤヌス神殿を振り返る。

  きれいなアーチ。

 ワイドで、トラヤヌス神殿とアテナ神殿跡を・・

貯水庫、武器庫などがあったようですが、ちょっと区別が付かなかったです。

  ロープウェイ乗り場前のお店で、ザクロ100%のジュースで喉を潤しました。美味しかった

  昼食場所 昼食はキョフテ料理 どんな料理??

  前菜はバイキング

 ご飯、パスタも揃っています。

  これだけチョイス

 これがキョフテ料理 日本のコロッケのようです。中身はミンチ肉みたいです。

昼食後約180km約2時間30分の移動です。一路エフェソスへと・・・

 まずは 「アルテミス神殿」 に案内されました。

紀元前16世紀以降、ギリシアから移住してきた人々によってエフェンスの街がおこされた。その中心となったのがアルテミス神殿。現在分かっている範囲で最も古い神殿の基礎は紀元前7世紀頃のものとされているが、実際にはそれよりも古い時代から何らかの神殿が存在していたと考えられている。

世界七不思議のひとつに数えられるほどの価値として認められてもいました。しかし、名だたる歴史家たちを唸らせた神殿もたった一人の若者の「功名心」から灰燼と化してしまった。それは紀元前356年7月21日のことだ。一人の羊飼いが「有名になりたい」「後世に名をのこしたい」あまりに、火を放ったのです。まるで金閣寺炎上ののギリシア版。

高さ19m、直径1.2mの円柱を127本持った壮大な神殿は、6世紀に石材が運び出され、今では湿地に1本の円柱がぽつんと立っているだけ、その柱の上にはコウノトリが巣を作っています。

  後方の丘の上に見えるのは向って左がイーサ・ベイ・ジュミィ、右が聖ヨハネ教会。聖ヨハネ教会には聖母マリアとともにエフェソスを訪れ、この地で亡くなった聖ヨハネが埋葬されているという。神殿とモスクと教会が一つの風景の中に共存する場所。

 アルテミス神殿遺跡に、アヒルの親子がよちよちと・・・

  20分程で、聖母マリアの家です。 鍵形の穴??

「聖母マリアの家」と呼ばれる家は5世紀ごろ信者たちの信仰対象・巡礼地となっていたがその後1891年に小さな礼拝堂が「奇跡的に発見」されたドイツの修道者が啓示受けて、それをもとに見つけ出されたといわれています。

  下の駐車場から小聖堂に至る崖沿いの緩やかな坂道には、聖母マリアが、すべての人々を迎え入れるかのように立ってこの家の伝承を記した各国語の案内板が並んでいる。

(トルコに来て日本語初めて見た!!)

   日本語のそれには 「この地エフェソスは、イエス・キリストの母・聖母マリアが最後にお住まいになった場所と伝えられている。福音書・ヨハネ伝によれば、十字架に架けられたイエスは、傍らにいた弟子・ヨハネに母・マリアを託したため、ヨハネは母マリアとともに暮らした」。

ローマ法王も参詣したというから、かなり本当のことらしい。

  内部は撮影禁止 住居横に内部の写真が置かれています。

  聖母マリアの家 左入口 右出口

  聖水の泉。 願い事の叶う泉とされ、この泉で手を洗い、紙に書き込んだ願い事を壁に貼り付けてくることでご利益があるといわれています。日本の絵馬とかおみくじにそっくりです。

  キリスト誕生の場面が人形で再現

 

20分でエフェソス遺跡到着

  ヴァリウスの浴場

エフェソス内には複数の風呂や泉などが残されている。ヴァリウスの浴場は、エフェソスを訪れる人々、外地から戻ってきた人々が必ず立ち寄って旅の垢を落とす場所だったらしい。

  エフェソス内遺跡へと進んで行きます。遺跡入口から入ってすぐのところは、かっての行政地域。集会や選挙などの政治的活動を行っていたステートアゴラ(行政広場)、金融取引所としても機能していた聖堂、そして音楽堂でもあり議事堂としても使用されていたオデオンが密集しています。

  前方、オデオン(音楽堂)

エフェスの遺跡には2つの階段状の劇場があります。規模の小さいほう、エフェスの南側の入り口の近くにあり、オデオン(音楽堂)といわれている。当時は屋根があったそうです。

  オデオン(音楽堂)へと・・・

  小規模な 「音楽堂」 です。

エフェソスでは、このオデオンからセルシウス図書館まで「クレテス通り」という道が通っています。

 「プリタネイオンの柱」です。「プリタネイオン」は「紀元前3世紀頃」に建設され、ローマ帝国の

 「アウグストゥス帝の時代」 に完成しました。

 ドミティアヌス神殿は、かってはエフェソスの街でも最大級の神殿だったと言われています。現在は数本の柱が残るだけですが、かっては巨大な円柱が連なる壮麗な神殿だったということです

  ニケのレリーフ「ニケ」は「勝利の女神」です。

 メミウスの記念碑・・メミウスの記念碑といって、エフェソスがローマ帝国に反旗を翻したときに虐殺されたローマ市民を悼むための記念碑とのこと。紀元前88年、ローマ帝国の重税に苦しめられていたエフェソスの市民が暴動を起こし、ローマ人を虐殺します。その後、ローマ軍によって、結局、暴動は鎮圧されるのですが、暴動の際、犠牲になったローマ市民の霊をなぐさめるために、この碑がたてられたとのだそうです。

  クレテス通りはメイン通りとなっていました。

  クレテス通りにあるヘラクレスの門

  トラヤヌスの泉・・泉と言っても、現在は泉らしきものは見当たりません。
しかし、元々はここに泉があり、その泉を三面から取り囲むように高さ12mの2階建ての建物があったのだそうです。

 クレテス通りに上流階級の民家跡、見学には別料金が必要。

  高級住宅地前は美しいモザイクの道が。当時のままだそうです。

  ハドリアヌス神殿はローマ皇帝ハドリアヌス帝に捧げられた神殿です。
コリント様式の神殿で2世紀に建てられ、4世紀に一度修復されたものを、近時、再び修復したものだそうです。

  正面アーチの上のティケ女神や後ろの両手を広げたメドゥーサをアップで撮ってみました。

 公衆トイレ跡

エフェソスの公衆トイレは、オープンエア式。大理石で作られた便座がベンチのようにズラリと並び、催した面々はそこで腰を落ち着けておしゃべりをしながら用を足したそうです。

便器の下は水洗下水、手前の足元には手を洗うための上水も引かれていました。

  クレテス通りを進むとエフェソスの華と言うべきセルシウス図書館に出ます。

クレテス通りには、アルシノエ4世の墓所もあります。「アルシノエ4世」は「クレオパトラ(7世)」の「妹」 です。彼女は「捕虜」となってエフェソスに連れてこられました。ただ、完全にアルシノエ4世と確定した訳ではありません」とガイドさんが・・・

   図書館から左方向マーブル通りを進むと大劇場に出ます。

セルシウス図書館

元々、ここはローマ帝国のアジア州執政官であったセルシウスの墓所でした。彼の息子が父の業績を記念するために墓所の上に図書館を建造したのです。蔵書数は1万2千だったそうです。
建造時期は2世紀。本来は木と石が組み合わされた建物だったということですが、木造部分が焼失しており、現在残っているのは正面入口部分だけ。それでも大変立派で美しい建物です。

 図書館のすぐ隣にある門は、奴隷の身分から解放されたマゼウスとミトリダテスが3世紀に建てたものだそうです。

 マゼウスとミトリダテスの門から中を・・・

 図書館を見上げる。細かい細工が施されています。

  図書館の1階部分には4人の女性像が飾られています。これはコピーでオリジナルはウィーンにあるそうですが、十分美しい。女性達は、それぞれ、知恵・運命・学問・美徳を象徴しているとか。

  図書館の門裏側に回って見ました。今は何もありません。

 図書館前に今でいう遊郭の跡が・・図書館と娼婦の館が地下道でつながれているという噂。

 遊郭内部

  図書館から娼婦の館を経て大劇場に通じる道をマーブル通りと言い、ここに娼婦の館の広告と言われるものが残っています。この足型は、これより小さな人は立ち入り禁止という年齢制限の意味だとか、この道の左手(左足)に娼婦の館があるという意味だとも言われています。

  兵士の彫刻とネコちゃん 日本では絶対見かけない光景です。

 マーブル通りに彫刻が施された柱根元

 大劇場・・エーゲ海沿岸では最大規模の劇場だそうです。現在では海岸線は何十キロも離れてしまっているので、ちょっと信じがたいことですが、かっては、この大劇場のすぐそばに港がありました。

海上貿易で栄えたエフェソスですが、次第に水路が狭くなり、船の航行が困難となって衰退していきます。現在では海は遠く、港町だったころを想像するのも困難となっています。

  大劇場・・収容人数は2万5000人。舞台から客席の最上段までは60m。

丘を背にしたすり鉢状の構造は音響効果に優れ、今でもオペラやコンサートなどが開催されれいるそうです。

  大劇場の前の道は全て大理石でできています。

 「ガイドさんが大劇場が一番きれいに見える処ですよ」と・・・

 

 エフェソス遺跡観光終了 集合場所でザクロのアイスを・・・クシャダスのホテルへと・・・

  40分ちょっとで、ホテル ル・ブル到着(18時)  お部屋です。ちょっと狭いです

  ホテルの窓からエーゲ海を・・・

  ホテル夕食はバイキング

  果物・デザートは盛り沢山あります。

   夕食後ぶらーっと散歩 20時を過ぎているのにまだ明るいです。

3日目終了 よく歩きました・・・もりだくさんな一日でした!

 

 


テーマ:

2018年4月15日~26日、トルコグランド周遊12間ツアーに参加しました。

季節は同じ春です。

関西国際空港7時30分集合。加古川5時20分発高速リムジンバスで、いざ出発です!!。

関西国際空港9時30発

   ソウル仁川国際空港11時25分到着。 

  乗り継ぎソウル発13時40分 時間があるので空港内うろうろです。

 国際線各都市への乗り継ぎ空港として、よく利用されている空港です。

 又、毎年行われる世界の空港ランキングで常に上位にランクしている空港です。さすが綺麗!!

ソウルからイスタンプール所要時間12時間 

名古屋から参加の人たちと合流、総勢23名で飛んでイスタンプールへレッツゴー

  15時1分 機内食です。昼食? 夕食?

  2回目の機内食 日本時間23時52分 間違いなく夕食

  眼下に雪を被った山々 日本時間0時01分

  日本時間1時52分イスタンプール アタテュルク空港が眼下に・・

  イスタンプール アタテュルク空港到着

時差は丁度6時間で、15日20時です。 空はまだ明るいです。

  イスタンプール アタテュルク空港

  空港から20分程で今晩のホテル到着

  お部屋です。 

 

2日目、6時朝食バイキング

  ヨーグルトか?

  野菜類

  チーズの種類が半端じゃない(@_@)

  ハム類

 パン

  ??

  ジャム類

  ロビー8時集合

16日(月)ヨーロッパ大陸(ゲリボル港)からアジア大陸(ラプセキ)へフェリーで渡りトロイ遺跡へと・・・

  ホテル ホリディ イン エアポート外観

  車窓・イスタンプールの町並み

  イスタンプールから1時間も走ると町並みが消え、見渡し限りの平野が・・

  2時間走行で、トイレ休憩

 一面の黄色は油抽出用の菜の花だそうです。 

  一面に広がる菜の花

  3時間40分程でゲリボル港到着 

  フェリーから、ゲリボル港 街並みを・・

  ダーダネルス海峡をフェリーで渡ります。

  車窓・町並みを

  エーゲ海沿いに建つホテルで昼食タイム

  サラザ

  南京のデザート

  スープ

  魚料理 鯛のようです。味がないので塩を振って頂きました。 お米も長い

 パン

 目の前はエーゲ海

  時間があったので海岸まで下りて行きます。

  真っ直ぐに海に続く橋。先まで行ってみました

  橋の先からホテル方面を・・

  昼食場所から30分程でトロイ遺跡到着。 イヤホーンガイドを付けて見学始まりで~す。

  ワイド・・・

トルコ西部、エーゲ海を数キロ先に見渡す丘に広がるトロイ遺跡は、ドイツの実業家ハインリッヒ・シュリーマンが1870年から3年を費やして掘り当てた遺跡。古代ギリシアの詩人ホメロスの英雄叙事詩『イリアス』によれば、トロイは王妃ヘレネをめぐり、ギリシアと10年におよぶ戦争(トロイ戦争)となり、「トロイの木馬」の計略により、一夜にして陥落した伝説の都。

 城壁の側を順路に沿って進んで行きます。

トロイが一番繁栄していた頃、第6市の城壁と門

 トロイの歴史は、紀元前3000年にさかのぼる。ここで初期の青銅器文明の時代に集落がおこり、やがてエーゲ海交易の中心地となっていた。エーゲ海と黒海を結ぶダーダネス海峡のエーゲ海側の出口に面し、文明の海上交差点といった位置にある。初期の集落から古代ローマ時代までの3000年の間に9度起こり9度滅んだといわれています。遺跡は最初の第1市から古代ローマの第9市までが見つかっています。

 いくつかの城壁の跡の間を通り抜けて階段を上がると見晴らしのよい丘の上に出ます。

 発掘され、無造作に転がる白い大理石が美しい。

  シュリーマンが最初に遺跡を見つけた場所で、多くの財宝がここで発掘されたといわれています。

しかし、どう見ても金銀宝石が発掘されるような場所には見えません。財宝は現在サンクトペテルブルクにある美術館に展示されているとか。

  9層の遺跡がわかるように発掘されている場所。

第六市は大地震によって崩壊したとみられ、その後、第七市が建設されました。
紀元前1180年頃までの第七市もまた、その発掘品から「イリアス」のトロイではないかと言われています

 城の中心地の宮殿に続く石造りの坂道。

  宮殿想像図

   城の中心地の宮殿付近をワイドで・・

  今は城壁が残るのみのトロイ遺跡 ロマンを感じながら巡って行きます。

  ローマ時代には、さまざまな儀式も行われ、生贄の儀式もよく行われたようで、写真の井戸のようなものは生贄の血をためていたといわれる井戸。

 ローマ時代の小劇場・オデオンの跡。規模は小さいが、当時は木製の屋根がついていて、

音楽や劇や集会などが行われていたという。

  第六世代の城壁 後方のテント下は修復中

  第六世代の城壁 宮殿想像図

  遺跡周辺は花盛り

  葵に似た可愛い花が一面に・・・

  遺跡の入り口には1975年に複製された大きな木馬が立っており、木馬はがっしりとした作りで、

上の階まで登ることができていましたが、今は入ることが出来ません。

  10年続いたトロイ戦争を終結させることになった巨大な木製の馬。この木馬の中に兵士が隠れていたとされています。 

 トロイ木馬前でイケメン戦士と記念撮影 木馬の頭が欠けているのが惜しい!!

  トロイ遺跡から約150km(2時間30分)アイワルクへ・・・

  途中トイレ休憩

  休憩場所に我が家の“しろニャン”そっくりの猫が

  今晩宿泊地 ホテル グランド テミゼル 18時到着

  ホテル グランド テミゼル 外観

  ロビー

  広いロビーです。

  夕食までホテル内ウロウロ

  お部屋です。

  ホテル窓からエーゲ海と町並みを・・・

  トルコ風呂を見学 全て大理石のようです。

  温水プール

  夕食はバイキング 野菜類

  メイン料理

  豆??

  分かる物だけをチョイス

 デザート ケーキは甘すぎる。 

足マッサージを受け2日目終了。


テーマ:

2018年4月28日、朝来市和田山町白井1008 真夏のような日照りの中、大町藤公園にお寺のメンバーで行ってきました。 大町藤公園は平成11年5月に完成し、大町池を入れると32,500㎡の公園です。

藤棚4m 総延長500m 白、ピンク、紫の藤の花が咲き乱れていました。

4月26日開園5月中旬過ぎまで開園してるようです。

  藤公園入口すぐ 藤のシャワーが降り注いでいます。入園料500円  駐車料金は無料です。

 藤棚の下は花の香りが漂っています。  最高の見頃です。

 幽玄な空間を創りだし訪れる人の目を楽しませてくれています。♪

 薄紫の藤

  薄紫の藤棚から白花藤を・・

  中央広場にはツリー形の白花藤が3本

  白花藤は3部から5部咲き

  噴水広場の周りも藤棚が囲む

  噴水の周りには沢山の人が

  ピンクの藤

 大町池の高台で泳ぐこいのばり 

  高台から藤公園を見下ろす

  八重黒龍藤 初めて見ました。

  八重黒龍藤

  ピンク色の藤

 何処を見ても溜息が出るほどの美しさでした。

  遊歩道に咲くヒラトツツジ

  緑萌える山々に囲まれて咲き誇る藤の花が心を癒してくれました。

澄んだ空気の中、田舎の風景、心身ともにリフレッシュ! 15日から26日までのトルコ旅行の疲れも吹き飛びました。♪

 

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