こんにちは~~。
24時間テレビについてとか、シチズンとか、弱虫ペダルとか、、、、、!!
めっちゃたくさん書きたいことはあるのですが
絶賛8連勤中、真っ最中なんですわ。![]()
充実はしているのですが
ま、こんな時もあります。
またそのうちブログ書くねー。
さてさて!
24時間テレビの書きおこしを
ほんの一部分だけ、私もさせて頂きました。
少しでしたが、久々に書きおこしをしたので、めっちゃ集中してでできたし、楽しかったです。
以下、蒼さんのブログから自分用の意味も兼ねて、コピペです。
ありがとうございます。
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<書き起こしチーム>
蒼 https://ameblo.jp/ao--yuzu/entry-12511442008.html
ご協力ありがとうございました!
そして今、この書き起こしが翻訳チームの手によって英語に変わろうとしています!
また、完成したらご紹介しますね
アナ>毎年24時間テレビで素晴らしい滑りを見せてくださる羽生結弦選手ですが、今年は松任谷由 実さんと一夜限りのコラボレー ションです
被災地復興への思いを込めてアイスショーを行いました、ご覧ください
ナ> 2018年9月6日
アナ>こちらでは被害の全貌が分からないほど山がごっそりと崩れ土砂崩れが起きています
ナ>北海道胆振東部地震が発生、最大震度7という強い揺れが引き 起こした土砂崩れなどで、44人の方が亡くなった
レ>その被災地を羽生結弦、そして松任谷由実が訪問
山口>絶望しかなかったですから
楽団の人>震災の前に戻りたいな、、思っちゃって
ナレ>復興への願いを込めたアイスショーを開催
羽生 >気持ちとしての「春」 本当にいろんな意味のある「春」、というものが 届いたらいいな、っていう風に思 いながら滑らせていただきます
ナ>被災地北海道に、春よ、来い
ナ>6月下旬、羽生結弦は北海道厚真町へ向かった
羽生>なんか、改めて、すごい範囲なんだなと思いました
こうやって至る所にある
ナ>去年9月北海道を襲った震度7の衝撃
その爪痕は 今も色濃く残っていた
羽生 >生活のなんだろ、断片が見えているんで
そういうものが一瞬でなくなっちゃうんだよな
どうして も津波と…津波を連想してしまう
辛くなりますね
ナ>あの時の記憶が蘇った
ナ> 2011年の東日本大震災
当時16才だった羽生は、宮城県仙台市で被災し、家族と共に避難生活 を送った
その後、仙台を離れてスケートの練習をすることはできた
しかし…
羽生 >自分のスケートのために、自分だけが逃れてて本当にいいのかなっていう感じでした
ナ> 震災から3年後のソチオリンピックで金メダルを獲得
だが後ろめたさは消えなかった
羽生>復興に直接手助けになるわけで はないので、あの、すごい…すごい無力感と言うか、なんか 何 もできてないんだな、っていう感じもちょっとします
ナ>オリンピックの後、羽生は被災地を訪問
その時、同じ被災地出身の羽生の活躍が、人々に笑顔をもたらしていたことを知った
自分にもできることがある
以来、羽生は被災地への訪問を続けている
そして今年、羽生は震災のあった北海道厚真町へ
羽生>こんにちは。よろしくお願いします
山口>よろしくお願いします。ようこそ、厚真町へ
羽生 >羽生です
山口>初めまして よろしくお願いします
ナレ >山口善紀さん、親の代からおよそ40年間、町の名産ハスカップを栽培している
厚真町は 去年のハスカップの生産量日本一
羽生が訪ねた6月下旬、ちょうど実が熟し始めていた
山口> 食べてみます?ちょっと酸っぱ いですけど
羽生 >ありがとうございます
いただきます
山口>そこに花ふたつ咲いているんです
羽生> あ…おいしい
山口>おいしいです?
羽生>もう、おいしいです
山口>もう、おいしいです?あはは、嬉しいです
羽生>びっくりした
なんか、酸味って感じの酸っぱさじゃないんです
山口>あぁ
羽生>ファーって爽やかな感じ
山口>爽やかな感じ、あぁ、そうですそうです、爽やかな感じ
羽生>広がり方をするから食べやすいなっておもって
おいしい
ありがとうございます
ナ>一方で、畑の一角には土嚢が積み上げられていた
地震で裏山が崩れ、栽培していたハスカ ップは土砂に埋まった
元に戻るにはおよそ10年かかるという
山口 >これを見たときには、本当に絶望しかなかったですから
産地では4万本以上生産されて いたんですね、この木が
そのうちの11000本ぐらい被害 にあったんですよ
羽生>4分の1以上?
山口>そうですね
ナレ>そんな中迎えた震災後初の収穫
作業場を訪ねると
羽生の訪問に笑顔が広がる
女性>本当に幸せです
山口 >ハスカップ作ってて良かったね
ははは
ナ>名産のハスカップは、実がやわらかく潰れやすいため、生での出荷は向かない
多くは、冷凍や加工品で流通している
こちらはハスカップのスムージー
羽生>めっちゃ美味しい
女性達 >美味しいです、ありがとう
羽生> 美味しくて普通の口調になってしまった
ナ>ハスカップは厚真町のシンボル
全国の人に知ってもらうことが力になる
山口 >僕の中では、元に戻すっていう気持ちよりも、何て言うのかな、目指したりとか、希望をもってやって行った方が復興に繋がっていくと思うので
羽生>食べることで応援できるなら
山口>たくさん食べてください
羽生>食べまーす
ナ>一方、松任谷由実も厚真町へと向かった
訪ねたのは町民吹奏楽団の練習場
河村 >ちょっと驚いていらっしゃる表情も見えますが
松任谷>こんにちは、ー中島みゆきでーす
ナ>羽生とユーミンが被災地の方を招き行うアイスショー
その冒頭を演奏してくれる厚真町民 吹奏楽団の皆さん
松任谷>まだ新しい爪痕が、少しでも快方に向かってもらえるお手伝いが出来たらこんなに幸せなことはありません
私も一生懸命歌います
河村>清塚さん改めてここまで練習を見守ってらしていかがですか?
清塚>もう先月もお伺いさせて頂いて、大丈夫かなっていう感じはあったんですけど
今日、先ほどちょっと聞いたらもうすごく形になって
河村>皆さん、お仕事は?
織田さん>事務をやってます
大石さん>私は中学校で擁護教諭しています
河村>そうなんですか
松任谷>生徒さんはご存知なんですか?
大石さん>いいえ、誰も知りません
太田さん >上司です
ナレ>仕事や学業と掛け持ちをしな がら、町を盛り上げる活動を続けてきた
だが、この楽団には指揮者がいない
去年までみんなをまとめてきた松下一彦さん
地震で土砂崩れにあい息子さんと共に帰らぬ人となった
これは震災一週間前の風景
帰り際に松島さんは言った
「来週も頑張ろう」
それが最後の言葉となった
山野>喪失感って言うかそういうのが大きいですね、はい
ナ>大黒柱でムード―メーカーだった松下さんを失い、楽団は活動休止
当時、解散も考えていた
しかし、震災からおよそ3か月後
地元の保育施設のクリスマス会
これは松下さんが毎年楽しみしていた催し物
披露した「USA」は震災前から、松下さんが子供たちを楽しませたいと提案し、みんなで練習していた曲
自分たちも地震で被害を受けたが、そんな時こそ頑張るのが町の楽団
松下さんならきっとそう言ったはず
松任谷>人が喜ぶ顔っていうのは、一番その人にとって喜びですよね
それが原動力になって再開されたのはとてもリアルに胸に迫ります
ナ>今回ともに披露するのは「春よ、来い」
下司さん>吹奏楽効くと、どうしても涙が出ちゃうんです
なんか松下さんのこととか、やっぱり思い出しますね
川本さん>本当に時々思うんだけども、震災の前に戻りたいなって…本当に思っちゃうんですよね
松任谷>この曲は24年前に作ったものなんですけど、どういう気持ちだったのかを思い出すと、もう会えない人に会いたいっていう気持ち、それを込めたことは確かなんですね
あの、どう…どうやっても、もう2度と会うことはできないけれど、この歌の中では会えたらいいな…
瞼閉じればそこに
愛をくれし君の
なつかしき声がする
松任谷>だから今回、この街で演奏してもらえて
クオリティーとかはどうでもいいの
でも、やっぱり月並みな言い方だけど音楽って心だと思うんですよね
ナ>去年9月震災に見舞われた厚真町は、すぐに雪に閉ざされ、復旧はあまり進まなかった
この時もまだ作業は始まったばかり
山野さん>厚真町の中にいると、まだやっぱり被災地なんだなって思うことがあるんです
それは町の外に出た時にですね、やっぱり時間の進み方がやっぱりまわりは速いなと思います
ナ>いつしか時代は令和となった
山野さん>厚真町はまだ去年の9月6日のとこからだいぶたったなと思うんですけども、それ以上にまわりの世の中の進みが早くてですね、私たちまだそこまでちょっと追いつくの少し時間がかかるんじゃないのかっていうふうに思います
ナ>まだ見ぬ、春…
松任谷>終わりのない旅にみんな立ち向かっているような…
ナ>一方、羽生は仮設住宅を訪ねた
羽生>こんにちは
母>こんにちは
羽生>初めまして、すいません急に
母>いいえ、とんでもないですよ!わざわざ
ナ>鈴木さん一家は、安平町で被災 家族4人狭い仮説での生活を余儀なくされている
羽生>失礼します。宜しくお願いします
ナ>自宅の再建が終わるのはまだ先
次女>あ、おかえり~!いるよ!(母の言葉と被ってる)
母>あ、ちょっと上の子が帰ってきました
羽生>こんにちは、お邪魔しています、すいません
こんにちは、初めまして
長女>助けて
次女>涙目になっています ただいま涙目中です
お母さん>うれしいよね?うれしいよね?
ナ>ここでの暮らしに耳を傾けアイスショーに招待した
羽生>滑るんで、あのーよかったら見てみて
次女>絶対に見る
羽生>良かったら楽しんでください
母>ぜひ、見させていただきます
羽生>一生懸命滑らせていただくんで
ナ>そしてショー当日
羽生が訪ねた方をはじめ、被災地の皆さんおよそ400人が足を運んだ
アナ>いよいよスペシャルアイスショー始まります
今回のショーでピアノを演奏していただきますピアニスト清塚信也さんです
清塚さんは去年アイスショーの曲を作り羽生選手と共に共演した経験があります
今日はどうぞよろしくお願いいたします
さぁ、そしてここで楽団の皆さんの演奏で歌いますアーティストの方をご紹介しましょう
松任谷由実さんです
今回のショーには厚真町民吹奏楽団の方々に参加していただきます
実は去年の震災でその楽団のまとめ役でもあった指揮者の松下一彦さんがその尊い命を落とされました
今日も松下さんが普段使っていた譜面台と指揮棒が変わらずにおかれています
それでは、スペシャルアイスショーです
「春よ、来い」
春よ来い
作詞、作曲 松任谷由実
淡き光立つ 俄雨(ニワカアメ)
いとし面影(オモカゲ)の沈丁花(ジンチョウゲ)
溢るる涙の蕾(ツボミ)から
ひとつ ひとつ香り始める
それは それは 空を越えて
やがて やがて 迎えに来る
アナ:ここで、羽生結弦選手へ思いをつなぎます
ピアニスト、清塚信也さんアレンジによる「春よ、来い」
「この曲で、被災地の皆さんの心に春を届けたい」
羽生選手は本番前に、そう語っていました
春よ 遠き春よ 瞼(マブタ)閉じればそこに
愛をくれし君の なつかしき声がする
ナ>1994年に誕生した「春よ来い」
その同じ年に、羽生結弦は生まれた
この曲が阪神大震災、東日本大震災、そして今回の北海道胆振東部地震と、時を越え、困難に直面した人々の心に寄り添い続けているように、自分のできる限りの力を尽くしていきたい
それが羽生の思い
春よ まだ見ぬ春 迷い立ち止まるとき
夢をくれし君の 眼差(マナザ)しが肩を抱く
ナ>被災地の人々の笑顔と涙
温かな拍手が会場を包んだ
松任谷>皆さんが、私たちのパフォーマンスを通して、新たな勇気をもってくれたら、もうこんなに音楽をやっていて幸せなことはありません
羽生>僕自身も心を込めて滑りました
皆さんにとっても何か、前を向いて歩いていけるような、そんな春が来るようにって、思って滑ることができました
ありがとうございます
ナ>春よ来い、待ちわびる人々の心の中に
ミウラ:浅田さんは羽生選手の思い、どうご覧になりましたか
浅田:はい、羽生選手の思い素晴らしいなと思いました
今回のこの演技も、本当に羽生選手の気持ちが伝わりました
素晴らしかったです
ミウラ:相場さんはいかがでしたか
相葉:もう、ほんっとにみんなが繋がっていましたね
見てる人もそうだし、素晴らしかったです
ミウラ:羽生結弦選手、そして松任谷由美さん、そしてピアノ清塚さん、本当にありがとうございました
羽生君に幸せが還元され
夢が叶いますように。
ありがとう
はっぴー。






















