答え”自然災害とどう向き合えばよいのか・・・。” | はっぴー。なブログ☆ありがとう羽生結弦さん

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台風が来たと思ったら

 

北海道も・・・・と

 

 

 

 

 

 

ここ数日、色々なことを心配したり

 

案じたり

 

祈ったりしながら

 

今、目の前にあることを大切にと、

 

身近な人たちと、

 

明るく笑って過ごした一日でした。

 

 

 

 

 

 

 

私は子供のころから

 

どうして戦争が起こるのかとか

 

 

 

私は当時、

 

発展途上国に父の仕事の都合で住んでいたので

 

日本と違って、

 

貧しい人々を、ごく普通に目にしていたせいも

 

あるかもしれませんが

 

 

 

 

 

 

 

 

生まれた国や

 

場所や

 

家が違うだけで

 

貧しい人がいることも

 

 

 

 

 

 

 

 

なぜなんだろうと

 

とても不思議でなりませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

自然災害もです。

 

「そこにいるだけ」で、

 

何もしていないのに出会ってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

日本で地震が起こっても

 

遠く離れた国に住んでいる

 

私のところは何も変わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

一方私が住んでいた国は、

 

暴動がしばしば起こる国でした。

 

 

 

 

ひとたび暴動が起ると学校はお休みでした。

 

ひとっこひとり、道に車も通らないのです。

 

 

 

 

 

 

 

住んでいるところが違うだけで

 

どうしてこんなに違うのだろうと。

 

 

 

 

 

 

 

その違いはどこにあるんだろうと。

 

 

 

 

 

世界の様々な仕組みが

 

とてもとても不思議でなりませんでした。

 

 

 

 

 

 

最近

 

自分自身も災害にあうことがありました。

 

(幸い私自身は無事なのでご心配なく)

 

 

 

 

 

何故日本が

 

こんなに災害が多いのだろうとか

 

 

 

 

 

どうしてこの地域だけがとか

 

どうして私の地域がとか思うこともありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして

 

ショピンさんの8月のブログに

 

ダライ・ラマの言葉が

 

書いてあったのを思い出します。

 

 

  

 

 

これを読んだとき

 

 

ああ・・・そうかと

 

何かほっとしたのです。

 

 

 

 

 

 

いつかこの言葉について書きたいから

 

いつになるかわからないけどリブログさせてねと

 

この時にショピンさんに言っていました。

 

 

 

 

いま

 

リブログさせてもらって

 

少し抜粋させてもらいます。

 

 

 

 

 


 

 

 

災害について書くということは

 

 とてもデリケートな問題です。

 

 

 

 

 

でも

 

このダライ・ラマの言葉は、私が子供のころから

 

 

 

ずっと抱いていた疑問に対して

 

ほっとするような、心に響いた言葉でした。

 

ショピンさん教えてくれてありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

 

以下一部抜粋

 

*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆

 

 

池上彰さん:

 

「仏教には“因果応報”という考え方があります。

 

東日本大震災は

 

日本への天罰ではないかという受け止め方をする人たちもいます。

 

(中略)

 

日本人が直面している

 

悲しい出来事は

 

“因果応報”と受け止めるべきなのでしょうか?」





これに対してダライ・ラマ法王は、

 

 

 

「私たちが

 

どのような幸せや

 

苦しみを味わうことになっても、

 

 

 

 

それらは

 

自身のよい行いと悪い行いから生じている」

 

としながらも、

 

 

 

 

 

 

結果として

 

ある状況を生む条件には、

 

 

 

 

 

この自然界を成り立たせている

 

「地・水・火・風・空」という

 

五つの構成要素の「変化」というものがある

 







「自然災害などの場合、

 

その場の状況が生じた

 

引き金になるのは

 

五つの構成要素の変化であり、

 

人間の行為には

 

直接的にかかわりはない」

 

 

 

 

「このような大惨事が起きてしまい、多くの困難や苦しみに直面したとき、大きな違いがもたらすのは何かというと、私たちのものの考え方にある」

 

 

「普段から物質的な発展だけを追い求め、外面的な幸せを得ることだけを考えていたとしたら、内面的なことをあまり考えずに過ごしていたとしたら、このような惨事が起きたとき、すべての望みを失ってしまう。

 

しかし、日頃からどのようなものの考え方をするべきかについて考え、

 

心を訓練していれば、逆境に立たされた場合でも、心の中では希望や勇気を失わずにいることができる。

 

“とても悲しいけれど、起きてしまったことは仕方のないことなのだ。まだ大丈夫だ”

 

と考えることもできるのです。」

 

 

 

 

 

 

*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある事象というのは

 

結果的にだけど

 

自然界の変化が大きく絡んでいるってことなんだなと・・・。

 

 

 

 

 

 

 

自分では防ぎようもないことがあった時

 

 

 

 

 

なぜだろう

 

どうしてだろう

 

どうして自分の身に起きたのだろうと

 

そう思うのは普通だと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも

 

やはり、動物でもある人間として生まれたからには

 

「地・水・火・風・空」という

 

五つの構成要素の「変化」

 

自然界の変化に、

 

しなやかに対応して生きていくしかなく

 

 

 

 

 

 

一方で

 

人間として生まれたからには

 

 

 

 

 

 

天災や、

 

防ぎようもない悲しいこと、

 

辛いことに出会っても

 

 

 

 

 

 

その気持ちは

 

人間として与えられた

 

とても大切な感情であり

 

 

 

 

 

その気持ちすら否定しないで、

 

味わう権利があるのではないのかなあと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それをきちんと味わいつつ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

笑える人から先に

 

笑って生きていくことや

 

 

 

 

世の中の一人として、できることをやっていこうとすることや

 

 

 

 

こうありたい、ああ、ありたいと

 

望むことにフォーカスして生きていくのが

 

人間の知恵の一つかなあとも思うのです。

 

 

 

 

こんなことを書いているけど

 

もちろん

 

おろおろしたり

 

あせったりもしますし

 

起きた事柄に対して

 

怒ったり泣いたりもします。

 

 

 

 

 

 

それでもいいと思っています。

 

 

 

 

 

怒りたい人は怒ればいいし

 

悲しみたい人は悲しめばいいし

 

ほんとうにそれでいいと思っています。

 

 

 

 

 

 

でもね

 

 

私自身への理想を言うならば

 

真っ先に笑っていたいし

 

幸せを感じることに目を向けて

 

ちょっとでも

 

笑っている時間が長い方がいいよね、とも思うのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうぞ皆さまが

 

心安らかに

 

過ごせますように。

 

 

 

 


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ありがとう

 

はっぴー。