「自分に遠慮しない生き方」
この言葉がとても好きで、
何かに遠慮したり
誰かに遠慮したり
そして自分自身に遠慮していたり..
気づかないところで遠慮しているんですよね。
そもそも「遠慮」って、本当はどういう意味なのか?
デジタル大辞典によると、
1. 人に対して言葉や行動を慎しみ控えること
2. 辞退すること。ある場所から引き下がること
3. 遠い将来のことを思慮に入れて、考えをめぐらすこと。
4. 江戸時代、武士や僧に対して科した刑罰の一つ。軽い謹慎刑。
こんなふうに出てきます。
現在は「1の人に対して言葉や行動を慎しみ控えること」として使われています。
しかし、"この人に対して"というところで、慎しみ控えるというのが日本人にとって"美徳"と捉えられている気がします。
それはそれでとても良いと思うのだけど、その"慎しみ控える"をしないと"図々しい""配慮しない"と捉えられる。
それが自己主張できない要因になってるんじゃないかな。
言いたいことがあるけど、遠慮して言えない。
その結果、モヤモヤが溜まり本来の自分を押さえ込んでしまう。
これは、親に対してもあると思うんですよね。
"遠慮"という言葉が、日本の女性の象徴のような"一歩下がって控えめな女性"みたいな感覚で言葉が捉えられている気がするのは私だけかな。
それは図々しいとも違うし、配慮しないとも違う。
そして、自分自身にまで控えめで一歩下がっていては、本当の自分の気持ちを遠ざけていると思うんですよね。
遠 : 距離をとる
慮 : 思い巡らす 配慮する
"自分に遠慮しない"というのは、自分自身を後回しにしないで、自分の本当の気持ちを正直に認めて出して行く。そんな生き方をしていく。そういう自分でありたい。
そんなふうに思うのです。
自分に遠慮しないで60代後半の人生は楽しみたいですね
先日、誕生日を迎えて62歳になったのです😆
息子夫婦がケーキを持って来てくれてお祝いしてくれました
改めて、自分に遠慮しない生き方をしていきたいです




