先日、2年間勤め上げた地区自治会の役職から、
やっと解放されました。
それは体育部長という役職で、
地区の役職の中でも、責任の重い方でした。
次の体育部長さんに引き継ぎも済ませました。
肩の荷が下りました。やれやれです。
私の地区では、通常2年交代で、
1地区あたり約10個存在する「班」で持ち回りするのですが、
たまたま2年前に私の家が建っている班に
体育部長の役が回ってきて、
しかも家の並びの順番で、
たまたま私の家が次の役をやる順番だったのです。
2年前、それを知った時は、
目の前が真っ暗になったものでした。
なぜって、私は近所付き合いが極端に苦手でしたから。
特に9月の地区対抗「体育祭」の選手選びが大変です。
地方の片田舎ですから、本物の運動会をやるのです。
小学校や中学校で誰もがやった、
あの運動会とまったく同じ内容で、です。
大縄跳びや二人三脚、ムカデ競技やバトンリレー
自転車の車輪を棒で押して転がす競技もあります。
東京では信じられない光景です。
約2km四方にある300軒弱の家に住む人の中から
1チーム分、延べ100人近くの選手を決めなければなりません。
(約300軒で1チーム、それが15チームくらいあって競技する)
10個ある班から1人づつ、体育委員さんが居てくれるのですが、
彼らも家の順番で当たった人たちなのですが、
協力的な人も居れば、非協力な人も居ます。
7月から選手を募るのですが、
自分から進んで選手になってくれる人なんて殆ど居ません。
だから、頼み込んで選手を決めるしかありません。
近所付き合いを避けていた私にとって、
7月から9月までの2ヶ月間は、無我夢中でした。
結構な回数、会社も早退しました。
仕事が終わった夕方に、
体育委員さんを集めて対策会議を開かなければなりません。
本番近くになると、近くの中学校のグラウンドを借りて、
夜に競技の練習もやらなければなりません。
それが地区で代々伝わっている伝統ですので。
私は新幹線通勤でしたから、
新宿の会社を昼過ぎに早退する必要がありました。
そして9月の上旬の日曜日、
何とか、かんとか本番の1日が終わって...
その夜は地区の神社の公会堂で、
選手で出てくれた人や、体育委員さんたちと打ち上げして、
全員の前で、体育部長としてのお礼の一言も言って...
体育部長の任期は2年間ですから、2回繰り返した事になります。
でも悪いことばかりではありませんでした。
やっただけの見返りはあったのです。
詳細は明日のブログで。