今日、30歳になる教え子から、メールをもらいました。
「先生!私、離婚したよーー。旦那から、逃げるようにでてきた。
子どもの為に離婚した。自分が幸せじゃなきゃ!子どもも幸せじゃないよね。
子どもの為の離婚」
すごいな・・・!「子どもの為の離婚!」なんて、人生の修羅場をくぐった人にしか言えないよな。
だから、私も返信しました。
「私もただいま、離婚調停中!(笑)」
すると、返信が
「なんだ、すごい先生だと思っていたのに、いっしょじゃーーん!うける。
先生が離婚したら、一緒に離婚お祝いしようね」
だから返信しました
「世の中にすごい人なんていないよ。みんな、一緒!
『子どもの為に離婚』って言えるあなたがすごいよ。」
私に人生を教えてくれるのは、不思議なことに
いつも教え子や、子供達なんですよね。
私のメンターはどこにいる?って、アンテナ張っているけど、
でてこない。今まで、時折連絡くれる子どもたちが、
色々なことを教えてくれる。
この子達を前にすると、いつも偉そうにしちゃうんだけど、
自分が死ぬときに、
「ありがとう!」って、言いたいのは、この子供達なんだよな・・・と、
今日、ふと、気が付きました。
苦労の多い人生だったな・・・と、今振り返っています。
でも、そんな人生を与えてくれた神様にありがとうと思えます。
そんな、苦労がなければ、私は考えることがなかったから。
くずみたいな、人の心を考えもしない私が、
「世の中に正しいことなんてない」と思えるようになったのは、
財産です。
みんな、それぞれの人生の中で必死にいきているんです。
「どれが正しいの?どうしたらいいの?」そんな日々なんですよね。
一緒。みんな、一緒。
そういえば、
先日訪れた、京都の伏見稲荷大社で手相を見てもらった時に
「相手を恨んではいけない」という言葉をもらいました。
相手を恨んだり、ねたんだりすることで、一時的には、自分の気持ちがすっきりするのですが、
でも、しばらくすると、やっぱり、苦しい現実が沸き起こるのです。
恨まないようにする。
ある人のブログの中で、
「神様なら、こんな時、どうするかな?」と、考えてみるという言葉を最近みつけました。
究極ですよね。
でも、この言葉を心のどこかにおいておくことは、
感情的な私にとっては、必要なことなんです。
先ほど、夫に子どもの外泊について、電話をしました
夫 「うーーん。どうしようかな、その日は予定があるんだな・・・どうしようかな・・・」
子どもと、私は事前に外泊について確認済みです。
イライラするんです。
声を聞くのも、イライラするんです。
(ぶっ殺したい感情を鎮める・・・私は神様だから)
まだまだだな・・・・私は、まだまだです。
あーーー。早く
ぶっ殺したい感情を鎮める
方法を探さなければ、
神様にはなれないな・・・
(そもそも、人間でいい。神になろうとは、していない)
今は、私の心を乱す人からは、離れる。
それが、一番の解決方法のようです。
