こんにちは。ゆっきぃです。
「変わりたい」と思い始めたのは、40代半ばの頃でした。
セミナーや講座を渡り歩きながら、
“これだ!”と思える何かを探し続けていました。
でも、どれだけ学んでも、心のモヤモヤは晴れませんでした。
今振り返ると、あの頃の私はずっと“被害者ポジション”にいたのだと思います。
誰かに変えてほしかった私
ヒーリング、リーディング、ブロック解除…
次々と学んでは「これじゃない」と感じ、
変われない焦りと、誰かに救ってほしい気持ちでいっぱいでした。
「この講座を受ければ変われる」
「この先生なら私をわかってくれる」
そんなふうに、“他力”に期待していたのです。
でも、思うようにいかないことが続くと、
「私ばっかり…」「どうせ私が悪いんでしょ」と自分を責めたり、
「この人とは合わなかった」と相手を悪者にしたりしていました。
まさに“幼児的万能感”の典型。
心の奥には、「見捨てられる恐怖」と「正しさ」への強いこだわりがありました。
転機は「幼児的万能感」との出会い
「幼児的万能感」という言葉に出会ったとき、
「これは自分にも関係あることかもしれない」と思いました。
学びを深める中で、ある人に言われた言葉が心に深く刺さりました。
「最初からうまい人なんていない」
私は本気で、絵がうまい人は“生まれつきの才能”だと思っていたのです。
「うまくなるには練習が必要」なんて、考えたこともありませんでした。
その瞬間、私の中の完璧主義とプライドが静かに揺らぎ、
“失敗=見捨てられる”という思い込みに気づいたのです。
「正しさ」を手放したら、心が自由になった
少しずつ、「正しさ」に縛られていた自分が緩んでいくのを感じました。
以前は、間違うことが怖くてたまらなかったけれど、
今では、自分の感じたことをそのまま言葉にできるようになりました。
そもそも、そこに“正しい”も“正しくない”もないのだから。
被害者ポジションを降りるとは、
「自分が悪い」と責めることではなく、
「相手を悪者にしなくてもいい」自分になることだったのです。
「諦める」は、あきらめじゃない
最後に、私が大切にしている言葉を紹介します。
『雨が降ったら、傘をさす。』― 松下幸之助
どうにもならないことは、もう抗わない。
「変えようとする努力」よりも、
「起きていることを受け入れること」のほうが、
ずっと力強いと感じています。
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“幼児的万能感”を理解したことで、私は変わり始めました。
怖れや寂しさを受け止め、自分を責めずにいられるようになったのです。
「なんで私ばっかり…」と感じるときこそ、
その奥にある気持ちに、そっと光を灯してみてください。
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最後までお読みいただき、ありがとうございました。
次回は、この気づきを日常でどう実践しているのか、
私なりの“心を整える小さな習慣”について書こうと思います。