私は過去に新しくやりたいなと思った事に対して、やりたいの衝動だけで突っ走って、過去に途中で飽きが来てやめてしまった事が何度かあります。

このような過去が、また次も飽きてしまうんじゃ?とか、また問題が起きた時に自分が逃げるんじゃ?というネガティブな思考になっていました。こんな事をグルグルぐるぐるいつまでも考えていても何も優先順位の解答となるしっくりした答えはもちろん出ませんでした。


そして、そのようなループにハマると他の考え方が出来なくなり、どうしたら優先順位が決まるのか?と言う事よりも、どうやったら逃げない自分になれるのか?と違うことを考え始め、優先順位が逃げない視点になり、天秤にかけた時に先に出来そうな事を優先して1番にあげていました。


これをする事で起こり得る事は何だろうか?

満たされない自分にモヤモヤしているのにいつまで経っても満たされず、また飽きてしまったり、何かが違う・・・とまた以前のループへ逆戻り。


優先順位を決めるのに、

そもそも何のためにやるのか?

自分は何を得たいのか?

自分はどんなふうになりたいのか?

自分の大切にしたいところはどこなのか?


意識して自分の満たされることに視点を置いて考えてみる事の大切さ。


今までの過去で自分は何に充実していると感じて生きてきたのか?を考えてみることによって自分の今足りない、満たしたいところにも行きつきました。


私は看護師の道を歩んできてその時の自分はとても充実していました。

その理由は、私という人が、患者さんの為に自分の知識でケアが出来、目の前の患者さんが以前の状態よりも良い状態になっている実感を得て、人の役に立てていると感じていたから。そして、自分が役に立っている事を患者さん、家族から直接感謝を受けながらやりがいを得られて、かつ収入も得られていた。精神的にも、金銭的にも充実感を得ていた。

そのような仕事をして充実感を得ていたところから、家族の事を第一に優先したいという理由で看護職から離れることを決めたのですが、その以前満たされていたことは一時は家族の為に役に立っている自分で満たされていた。ですが、いつの時か「なんか違う!!求めている充実感じゃない」という状態になりました。それが今になって人生に足りないとモヤモヤとなっていました。


人の役に立つという事を考えた時、全ての職業は必要とされているから成り立っているわけで役に立つという事も考えたら色々な手段や方法があります。その中でも私は自分自身の人柄、知識が対相手の助けとなって役に立てる事で仕事において自分の求める充実感を得られるのだなと認識したのでした。