先日、友人と10年ぶりに再会しました。

 

 

彼女は、短大を出て就職した職場で、

同期として働いた仲間です。

 

 

共に同じ職場で働きながら、

他の仲間とともに飲みに行ったり、

テニスやスキーの旅行にも

何度も行きました。

 

 

 

 

わたしが職場でイジメに遭っていたときに、

慰めてくれた一人でもあります。

 

 

そんな彼女が最近、

わたしと同姓同名の『ごとうゆみこさん』と

知り合ったそうです。

 

 

 

それで、わたしのことも思い出し

連絡をくれてのランチとなったのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女と会えてよかったなと思ったのは、

過去の思い出話ができだけでなく、

今していることや興味のあること、

そして未来の話もできたことです。

 

 

 

 

 

 

ところで、わたしは『生きる』ということは

前に進むことだと思っています。

 

 

 

『生きる』ということは、

年を重ねていくことであり、

決して過去(若かりし頃)に

戻ることはできません。

 

 

 

そういう意味でも、

生きることは前に進むこと、

つまり本来ポジティブなものだと

思っているのです。

 

 

 

そんなわたしは、

友人と会っても

過去の話ばかりではつまらない。

 

 

 

今を生き生きと過ごしていて、

なおかつ未来についての希望を語れる

彼女との時間は、とても楽しかったのです。

 

 

 

 

彼女もまた、

わたしと人生について語れたのが、

とても楽しかったと言ってくれました。

 

 

 

OL時代のわたしは、

いかにもキャリアウーマンっぽくて、

 

 

 

人生についてなんて話さなかったもんね

 

 

と。

 

 

 

その頃のわたしは、家に生活費を入れつつ

結婚資金も貯めなくてはならず、

その上短大時代に借りた奨学金も

返済しなければなりませんでした。

 

 

結構、必死でした。

 

 

 

そんな中で、みんなと飲んだり、

旅行に行ったりするのは、

とても楽しい時間でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃お年頃だった

わたしたちの話の中心は、

もちろん恋のことです。

 

 

 

 

彼氏と上手くいっているとかいないとか、

最近のデートではどこへ行ったとか。

 

 

 

人生について語れるほど、

長くは生きていませんでしたしね。

 

 

 

そして、まだ若くて未熟だったわたしは、

いいカッコしいでもあったのでしょう。

 

 

 

 

60年の人生で色々な経験を経て、

今のわたしは、

 

 

 

自分らしくしていて大丈夫

 

 

 

ではなく、

 

 

 

自分らしくいていた方がいい

 

 

 

 

ことを知りました。

 

 

 

また、そうしていられる環境を

手にも入れました。

 

 

 

 

肩の力を抜いて、

自分をさらけ出して生きれる喜び、

そしてその方が、人に気持ちよく

受け入れられる喜び。

 

 

 

 

そんなことに、

改めた氣づかせてくれた

 

友に感謝

 

 

 

 

そして、彼女にわたしのことを

思い出させてくれた、もうひとりの

『ごとうゆみこ』さんにも感謝。