犬の忠義 | 頑固爺”如風”コースケのブルース

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感じたこと、思いのままに書いてます

犬の遠吠え。

口先だけで、行動が伴わない形容だ。

これは、皆、よく耳にするだろう。

そこにも。

ほら、あそこにも。

そして東京永田町にも。

内容はともかく、有言実行の大国のトップは偉い。

キャンキャン叫ぶだけの、誰かさんとは大違いである。

遠吠えばかりの人は、逃げ回るのも巧いのだか下手なのか?

何時まで経っても堂々巡りの口先の苦しい弁解ばかり。

「ご飯論法」も見苦しいだけ。

これには、遠吠えの犬も可哀想だ。

イヌを多く飼っているかもしれないが、その忠義は永遠では無い。

立場無き者には、このイヌは忠義を示さなくなる。

その薄っぺらい忠義を、如何に思っているのか?

遠吠えでは、尊敬も信頼も得られない。

行動し、真を示してこそ、イヌ達は本当の忠義を示すのではないだろうか。

渋谷のハチ公君も、泣いているだろう。