いよいよ年の瀬ですね。

毎週水曜更新になってしまってるこの聖書ブログも、年内更新はあと2回。

 

そこで今回と次回は、いつもと趣向を変えて、

私がふだん使っている聖書のこと、聖書の選び方、読み進め方など、

私の聖書ブログの舞台裏をさらしてみようかと思います。

 

とくに聖書初心者さんに、参考にしてもらえると嬉しいです。

 

今回は「聖書の選び方、各聖書の特徴」をメインに。

次回は「聖書の読み進め方、どこから読めばいいか」等を書く予定です。→こちら

 

【今回のもくじ】

 

・ 私が使っている聖書はこれです

・ 聖書選びの注意点

・ 「小見出し」「引照」のメリット・デメリット

・ 聖書はどんどん汚してボロボロにしよう

・ 自分流の書き込みスタイルをつらぬこう

 

 

■ 私が使っている聖書はこれです↑

 

書名の正式名称が長いので、通称で書きます。

画像左から順に、

 

(1) 新共同訳 続編付き  (日本聖書協会)

(2) 口語訳          (日本聖書協会)

(3) 新改訳2017 引照・注付き (新日本聖書刊行会)

 

いずれも文庫本サイズです。

私がメインで使っているのは(1)新共同訳です。

このブログで引用している聖句も、基本的に新共同訳です。

 

新共同訳は、2018年12月に、翻訳改定バージョンが発売されましたが、

私は改定版はもっていません。

これから聖書を買う予定の方は、改訂版を買うといいかもしれません。

 

新共同訳の日本語表現ではピンと来ない箇所や、

このブログで引用するには意味がわかりづらい箇所は、

口語訳新改訳2017を参照することもあります。

 

口語訳聖書は、私が洗礼を受けたプロテスタント教会が使っていたので買いました。

定番聖書として、持っておいても損はない聖書だと思います。

 

新改訳2017は、教会でお世話になった某氏のおさがりを譲っていただきました。

老眼で聖書の字が小さすぎて読めないので、

一回り大きい聖書を買いなおしたとのことでした(^_^;)

 

たしかに文庫本サイズの聖書は文字がかなり小さいので、

小さい活字が読みづらい人は、大判聖書を買った方がいいです。

聖書サイズが大きくても小さくても、聖書の内容は同じです。

 

 

■ 聖書選びの注意点

 

翻訳内容としては、新共同訳/口語訳/新改訳2017、どれを選んでも大丈夫です。

 

ただし、いくつか注意点があります。

 

まず、聖書の書名。

日本語の書名が異なっているものがいくつかあるので、

聖書初心者さんは気をつけてください。

 

 ● (例1) 旧約聖書の『箴言』の次の書名

 

 口語訳  『伝道の書』

 新共同訳  『コヘレトの言葉』

 新改訳2017  『伝道者の書』

 

 ● (例2) 新約聖書の『ヨハネ福音書』の次の書名

 

 口語訳  『使徒行伝』

 新共同訳  『使徒言行録』

 新改訳2017  『使徒の働き』

 

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新共同訳聖書は、とくに旧約聖書の『詩編』で、

他の翻訳と節番号がずれている箇所が多いので気をつけてください。

 

口語訳は初版が1954年なので、

日本語がちょっと古くてわかりづらい箇所があります。
 

 ● (例1) エレミヤ書 1章11節  「あめんどう」

 

 口語訳  あめんどう

 新共同訳  アーモンド

 新改訳2017  アーモンド

 

 ● (例2) 詩編 62編1節  「もだして」

 

 口語訳  わが魂はもだしてただ神をまつ。

 新共同訳  わたしの魂は沈黙して、ただ神に向かう。

 新改訳2017  私の魂は黙って ただ神を待ち望む。

 

聖書を現代日本語で読みたいなら、新共同訳か、新改訳2017がお勧めです。

音読した時のリズムが良いのは口語訳です。

どの聖書を選ぶかは、あなたの好みとフィーリング次第ですね。

 

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 ● (選外1) リビングバイブル

 

キリスト教のグリーティングカード、ギフトグッズの中には、

『リビングバイブル』という日本語聖書の聖句を使っているものもあります。

 

リビングバイブルは、中学生ぐらいでも読みやすいように、

聖書原著をかなり優しく意訳してあります。

スピリチュアル本みたいに甘くてやさしい日本語が特徴の聖書です。

 

リビングバイブルは、書物としては読みやすいのですが、

原著を意訳しすぎているゆえ、深みと精確さには欠けます。

読書が苦手な人、キリスト教嫌いの人に、

やさしく聖書になじんでもらうには良いと思いますが、

メインの聖書とするには不向きです。

 

 ● (選外2) 文語訳聖書

 

いわゆる戦前の日本語で訳された聖書です。

漢語のリズム感の良さと、言葉遣いの格調高さに定評があります。

文語を抵抗なく読める人向けです。

ご高齢のクリスチャンは、若い頃から文語訳に親しんでいる人が多いようです。

 

現代でも、文語訳の聖句がしばしば引用されます。

音読した時のリズム感が良いので、

聖句暗唱しやすいというメリットもあるようです。

 

日本の古文や、漢文を読むのが好きな人には、

文語訳聖書の方が心に響きやすいかもしれません。

 

私は文語訳聖書は持ってないです。

無料でもらえるなら欲しいけど、わざわざ自分で購入しようとまでは思わないです。

 

 ● (選外3) 日本語以外の聖書

 

聖書の原文は、基本的にこれです。

 

 旧約聖書 → ヘブライ語

 新約聖書 → ギリシア語

 

どちらも日本語とは文法構造がぜんぜん違うので、

日本語ではどうしても上手く翻訳できない箇所がたくさん出てきます。

 

一つの単語に複数の意味がかかっている場合など、

日本語ではどれか一つの意味しか訳出できないこともある。

それは翻訳者のせいじゃないです、言語構造として仕方ないことです。

 (参考) 神は唯一か八百万か?翻訳コトバの勘違い/勘違いをベースにした自然崇拝の欠点。

 

で、日本語聖書でイメージがつかみづらい箇所は、

日本語以外の聖書で読むと、クリアにわかることがあります。

 

私がメインで参照するのは、英語版(NRSV)。

次点がアラビア語版(KEH)。

 

日本語ではまわりくどい文章が、英語やアラビア語だとすっきりしてることが多い。

日本語でも英語でもぼんやりする箇所が、アラビア語で解決することもある。

言葉は面白いですね。

 

聖書によく親しんでいる人、しっかり読み込みたい人は、

英語聖書を一冊もっておくと便利です。

 

趣味で語学学習をする人にも、外国語聖書はたいへん便利です。

語学テキストとして聖書を利用するのもアリです。

 
英語聖書の表紙が北欧デザインぽくてカワイイ!

アラビア語聖書の表紙が魔導書みたいでカッコイイ!

という中二的な理由で、私はそれぞれの聖書を買いました。

そんなもんです。

 

 ● 無料聖書アプリ 『YouVersion.com』 オーディオ聖書も無料

 

無料聖書アプリ『YouVersion.com』には、

新共同訳、口語訳、リビングバイブルが全文収録されてます。

全世界の言語で聖書が無料で読めてしまう、すごいアプリです。

 

私が持ってる英語版とアラビア語版も配信されててビックリです。

ネット接続すれば、新共同訳とリビングバイブルの朗読を聞くこともできます。

素人の棒読みではない、きれいな朗読なので、ストレスなく聞けます。

 

読書が苦手な人は、聴覚情報が優位な脳構造かもしれないので、

オーディオ聖書を活用するのがいいと思います。

 (参考) コトバを耳で聞くか、目で読むか … 口語と文語、表音文字と表意文字

 

聖書アプリは無料で大変便利です。

しかし聖書の内容をじっくり味わいたい人には、

やはり紙の聖書を1冊持ってほしいと思います。

 

 

■ 「小見出し」「引照」のメリット・デメリット

 

各聖書に、「小見出し付き」、「引照・注付き」というバージョンもあります。

それぞれにメリット・デメリットがあります。

 

 

 ● 小見出し

 

聖書原文には、小見出しはついていません。

翻訳者が読者の便宜のために、その箇所にオリジナルの小見出しをつけています。

 

【メリット】

 どこに何が書かれているか大まかにわかるので大変便利

 

【デメリット】

 聖書内容に先入観・固定観念をもちやすくなる

 小見出しのせいで話がブツ切れになってしまい、全体の流れを把握しづらくなる

 

聖書初心者や、読みやすさを優先するなら小見出し付きを。

内容を味わうことを優先するなら小見出し無しがいいでしょう。

小見出しの内容にとらわれすぎないように注意してください。

 

ちなみに私の手元の聖書は、口語訳/新改訳2017は、小見出し無。

新共同訳は小見出し付きです。

 

 ● 引照(いんしょう)・注

 

聖書本文の欄外に「引照・注」の欄を設けている聖書もあります。

 

「引照」 → 関連する箇所、類似個所の章節番号を挙げています。

「注」 → 聖書原文の単語の意味や、度量衡の現代換算値などが書かれています。

 

引照・注付きの聖書は、ちょっと価格が高くなります。

高いといっても、十分に良心的な価格ですが。

 

聖書全編に、「章」と、さらに細かい「節」の番号がふられています。

原文には章節番号はないのですが、後世の人が便利のために付したそうです。

たとえば「●●書 10章3節」というだけで、

世界のどの言語の聖書でも同じ聖句を指せます。

 

引照は、書名の略称と章節番号で示されています。

一見すると便利な機能に思えるのですが、

私は、引照はほとんど使ってません。

 

なんつーか、私のフィーリングと合わない箇所が挙がってたり、

ぜひ挙げてほしい箇所が挙がってなかったりで、引照基準が謎なんです。

聖書初心者にはかえって混乱のもとになるかもです。

 

ただ、新約聖書の最初の四書=福音書の相互間で、

類似エピソードをすぐに見つけられるのは便利です。

私が持っている「新共同訳・続編付き」は、四福音書の相互引照がついています。

私にはこれで十分です。

 

私のブログ記事を読んでくれている人にも、

「小見出し」と「引照」は、あくまで参考程度にしといてほしい。

やっぱり自分で聖書を読んでみて、

心に自然にわいてきた感想を大事にしてほしいと思います。

あなたの感想が、小見出しと違ってもいいんです。

 

私が聖書を読むのは、「神様を知るため」「神様の御心を聞くため」です。

聖書研究するのが目的ではありません。

神様とより親密になるための聖書研究ですよ。

聖書研究はあくまで「手段」ですよ。

 

聖書コレクター、聖書ソムリエ、聖書学者になっても、神様とは親しくなれないですよ。

聖書を丸暗記しても、神の御言葉として消化できたことにはならない。

「小見出し」「引照・注」は、御言葉を消化するための補助として使いましょう。


 

■ 聖書はどんどん汚してボロボロにしよう!

 

聖書は神の御言葉だから、丁寧に扱う。

それは大切なことです。

 

しかし、聖書を神棚に祀り上げて放置するのはNGです。

聖書は高い所に安置して拝むものじゃないです。

スマホのように、毎日手にする生活必需品です。

 

聖書を神様の御言葉と思うなら、なおさら毎日手にするべきです。

それで聖書がボロボロになったら、また新しい聖書を買えばいいのですから。

 

聖書にはどんどん線引き、書き込み、付箋などして、

自分が読みやすいようにカスタマイズしましょう。

 

↓これは私の新共同訳聖書です。

 

フリーハンドでがーっと線を引きます、定規なんか使わない。

重要な単語は〇で囲って目を引くようにします。

気になる節番号は赤丸で囲みます。

 

ぱっと見で、私に必要な要素が目に飛びこんでくるようにしています。

私は実用主義者なんで、「分かりやすい」ってことが最優先なんです。

 

きれいに線引きするとか、そういうことには全然関心がありません。

最初はきれいだった書名インデックスも今はボロボロで、

いくつかちぎれてしまいましたが、そのまま放置です(笑)

 

なお、ここで写メしてる旧約聖書『エゼキエル書』13章は、

占い・スピリチュアル依存の人にぜひ読んでほしい箇所です。

きっと目が覚めることでしょう。

 

次に、私の口語訳聖書もさらしてみます。

新約聖書のパウロ書簡の一つ、『コリント人への第一の手紙』のページです。

 

第一コリント11章前半。

ここを読むたびにムカついて、このページを破り捨てたくなります。

 

こんな箇所をも「神の御言葉」「聖書全編が神の御言葉」と主張する人は、

ちゃんと聖書を通読したうえで、本気で心底そう信じてるのでしょうか。

 

で、この個所を破り捨ててしまうと、この聖書を資料として使えなくなってしまいますから、

ムカつく箇所にはバッテンをつけて、

「WRONG、間違い!」とアラビア語で殴り書きしてやりました。

 
「聖書」にそんな殴り書きをしていいの?

ぜんぜんOKですよ。

 

だってムカつくし、間違ってるし。

私は「聖書全編が誤りなき神の御言葉」とかいう説は信じてませんから。

そういう説を支持することこそが、神への冒涜だと思ってますから。

 (参考) 聖書には人間的エラーも含まれている … 権威を鵜呑みにしてはならない

 

何度か言いましたが、使徒パウロは人間です。

使徒パウロの言葉は「神の御言葉」じゃないです。

パウロの功績は人間として尊敬するし、

パウロ書簡には参考になる言葉、すばらしい言葉もたくさんありますが、

それでも「神の御言葉」ではないです。

 

パウロの弁護はできますよ。

2000年前のコリントという街の文化風土事情においては、

女はどうのこうのというパウロの人間的忠告が理にかなっていたし、

黎明期のキリスト教会を正しく導くためにも有効な内容だったのだろうと。

 

だからパウロがそういうローカルな忠告を手紙に記すこと自体は構わない。

でも、それは「神の御言葉」ではない。

たぶんパウロ自身も、自分の手紙全編を「神の御言葉」として扱ってほしいとは

望んでなかったと思う。

 

私の聖書ブログを読んでくれている人には、

キリスト業界の主張を妄信しないでほしいです。

神様の前で、自分で聖書を読みながら、熟考されたし。

 

話を戻します。

 

聖書をどんな風にボロボロにしていくかについては、

他者の聖書を見せてもらうと、いろんな個性があっておもしろいです。

 

定規で几帳面に線引きする、

フリーハンドでぐちゃーっと線引きする、

縦書き文章の左側に線を引く、

ブックマーク代わりにページの端を折る……

 

当人はそれが普通だと思ってるんですが、

無くて七癖、個性がもろに出ますね。

 

とにかく、聖書はきれいに保管していてはダメです。

どんどん自分好みにカスタマイズして、ボロボロにしましょう。

 

 

■ 自分流の書き込みスタイルをつらぬこう

 

私に新改訳2017聖書を譲ってくれた某氏は、

『内村鑑三 聖書注解全集 全巻』と、『ヒルティ著作集 全巻』等、

私の感性にツボるキリスト教関連の中古本もたくさん譲ってくださいました。

本当にありがとうございます。

 

参考までに、某氏からいただいたうちの一冊、

『内村鑑三 聖書注解全集 第八巻 マタイ伝』をご覧ください……

 

 

全巻、全ページ、こんな感じです……ただただ驚愕Σ(・Д・;)

フリーハンドの線は一本もありません。
なんかもう芸術の域に達してますね。

 

某氏いわく、

一巡目 鉛筆で線引き

二巡目 青鉛筆

三巡目 赤鉛筆

四巡目 イエロー蛍光ペン

五巡目 オレンジ蛍光ペン

……だったかな。

 

心ひかれた箇所に線引きすると、こうなるのだそうで。

線引きの色で、何回読んだかがわかるから便利だと。

線引きしすぎて読みづらくなったら、再び新品を買うのだと。

私にはまったく無い発想で、唖然としてしまいました。

 

某氏は数学の先生だったので、定規というアイテムがお好きなのかも。

読書の線引きルールも、数学的合理性がベースにあるのでしょうか……

これが理系の感性なんですねえ……私とは対極ですねえ。

 

ここで一つ、フリーハンド派の言い訳をさせてください。

 

私の場合、定規で線引きをすると、

「定規できれいに線を引く」という作業に集中してしまって、

線引きした文章内容がちっとも記憶に残らないのです。

(ノートをきれいに取る学生の成績がイマイチなのは、これが原因でしょう。)

 

整然とした活字が並んでいる紙面に、雑な手書きの線や印がある方が、

「整然/雑然」のギャップが脳を刺激して、私の記憶に残りやすくなります。

「フリーハンドの雑な線引き」には実用的メリットがあるのですよ!(笑)

 

聖書でも、その他の書物でも、正しい書き込みの作法なんてありませんから。

整然としたものが好きな人は、定規を使いましょう。

フリーハンド派の人は、フリーハンドで心のままにペンを走らせましょう。

自分スタイルで聖書に書き込みをしてくださいね。

 

 

次回に続く。↓

 

 

 

※ 記事中の聖句引用元/日本聖書協会『新共同訳聖書』または『口語訳聖書』
 

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以下追記 2022年12月24日

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