先日、叔母の突然の訃報・・・
報をうけたのが仕事中だったので、仕事を終え、娘、息子と叔母が安らかに横たわる家に行く。
玄関を通り抜け、部屋に通されたと同時に、子どもの頃から可愛がってもらった、そして離婚してもなお我が子供たちの身を常に案じてくれたことが走馬灯のようによぎり、その場で慟哭した。
子供たちは、父親の突然の見たこともない姿に驚きと戸惑いを感じていたようだった。
自分の父親は、決して人前で取り乱すこと・・・ましてや、涙を見せることなど決してなかった。
今、病院のベットに横たわっている毎日だが、悲しい顔など決して見せない。
(昨年末まで持つかどうか・・と言われていたが、お陰様でまだ元気です)
父親からは、その生きざまから男は人前で涙など見せるものではない、と教わったつもりだ。
でも、自分には無理でした。
男の強さのかけらもなく、子供たちに「醜態」を見せてしまった。
深い深い、どうしようもない悲しみと、男が人前で涙を・・・しかも慟哭という姿で見せてしまった不甲斐なさ・・・・
様々な思いが交差して、今、辛いです。
泣いても泣いても 、とめどなく溢れてくる涙。
慟哭するほど打ち砕かれた自分。
解決してくれるのは時間のみなのか?
・・・おばちゃん、今まで本当にありがとう。
今頃、おじちゃんと久しぶりの再開を満喫しているのですか?
どうか、天国で安らかに過ごしてね。
そして、今までのように見守ってください。
・・・でも、辛すぎるよ。