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Don't Worry Be Happy!!

神戸に住み、働く女子の日々のつれづれ

仕事が忙しいのと、何か自分の思うところがうまくまとまらない日々が続き、随分更新をサボっておりました。

そうこうしているうちに、季節は巡り、夏真っ盛り!

梅雨時期から続く湿気と高温に辟易しながらも、ようやく迎えた夏休み。

お墓参りに行ったり、お買い物に行ったり、部屋の掃除に着手してみたり。

あとは、丁寧にトリートメントしてみたり、マッサージに行ってみたり、自分メンテナンス。


今日は、IKEAに行ってみた。

「衣食住」の「住」にほとんど興味がなくて、

(わたしの順位的には、衣=食>>>住くらいの勢い)

これまで一番ないがしろにしていた部分なのだけど、

何故か、今日はほとんど衝動的に、IKEA。しかも大物買い(笑)。

机と椅子を買ってみた。


いや、前からずっと欲しかったのだけど、

何だか踏ん切りがつかなくて、部屋のあちこちを採寸するのも、

それに見合う机と椅子を探すのも、

そして買いに行くのもどうも面倒くさくて、あきらめていたんだけどね。

たまたま家に入っていたIKEAのカタログと、わたしのやる気と、タイミングが合ったのでしょう。

スカッとお買い上げ。


届くのは月曜日。

楽しみ。


何か、机と椅子があれば、ちょっと生活のリズムを変えられる気がして、

楽しみです。







Don’t Worry Be Happy!!-さくら2009青空


Don’t Worry Be Happy!!-さくら2009


青空に、満開の桜。

ようやく春がやってきました。


3月の年度末を越え、少しだけ毎日の仕事の合間に

こんな風に青い空や桜を見上げる余裕ができてきました。


真っ白いシャツとか、おろしたてのスーツとか、新しい気持ちとか、

そんなのが似合う季節です。


重たい荷物をぜん~ぶおろして、ふんわりどっかへ行っちゃいたい気分に

なったりします。

(ただの逃亡癖!? 苦笑)


もっと、もっとと思う気持ちと、

リセットしたい気持ちと。

社会人8年目の春は、何もかもを新しくする訳にもいかないけれど、

いろんな気持ちの混ざった複雑な春でもあります。


でも、できるだけ毎日をたのしく。

できるだけ毎日を笑っていられるように。


春の日差しの中で、

それだけを一番に願う今日この頃です。




空中分解しかけている仕事。

それでもクライアントもこちらも

もはや前に進むしかないので、

かろうじて前に進めている仕事。


そんなクライアントの担当者から、1通のメールが来た。


そのメールに書かれていたこと。

それは、わたしにとっては,

ある意味褒め言葉なのかもしれない。

だけど、ちょっと考えてしまうメールだった。


空中分解しかけている中で、

わたしがしたことといえば、

クライアントにも、制作会社のデザイナーやライターや、

その他様々な形で力を貸してもらう人たちに、

ただひたすら

「すみません」

「よろしくお願いします」

「ごめんなさい」

「ありがとうございます」

を言い続けただけだ。


わたし自身がモノを書ける訳でも、

デザインを起こせるわけでもなんでもなく、

だからこそ「わたしの役割はそこにしかない」

と思ってやってきた訳だけど、

でも、ここまで形になってきたのは、

そんなたくさんの人たちのおかげなのだ。


だからこそ、

わたしひとりがそんな言葉をもらうことに気が引けてしまう。

そして、わたしだけがそんな言葉をもらうようにしか

ディレクションできなかったわたしは、

まだ、きちんと役割を果たせているわけではないような気もする。


―役割。

その言葉の意味を考える。

今のわたしの仕事場で、今のわたしの立場で、

その役割は正しい在り方なのだろうか、と考える。


少し前まで、わたしは制作会社にいて、

今とはちょっと役割も立場も違っていた気がする。

だから、今の会社の今の立場で

この役割の果たし方が正しいのかどうか、

まだ判断する基準をわたし自身が持っていない。


仕事をする、ということは、

それぞれがそれぞれの役割を果たすことだと思う。

だけどしばしば、

その人の「役割」認識は自他の間でズレていき、

不協和音を生むことも往々にしてあると思う。


だからこそ、そこをきちんと考えたいと思う。

まだ、明確な答えは出ないけれど、

そこはぶれないように、

時にしなやかに、時に厳しく、時に柔らかく、

役割を果たせる人間で在りたいと思う。


毎日何かにとりつかれたように、

ある意味でちょっと意地になって仕事をし、

いっつもどこかで緊張していて

緩むことがない毎日がもうずっと続いていた。


休みの日に友達とのんびりお茶を飲んでいても、

まどろみの中で眠っていても、

お酒を飲んで楽しく笑っていても、

1週間の8割以上を占める緊張状態からは

解放されたことがなかった。


だけど環境との順応というのは恐ろしいもので、

そんな状態が普通になってしまうと、

もはや文字通りそれが「普通」で、

緩むことを忘れてた。

どうやって緩んでいいのかも、忘れてた。

緩む方法が、見つからなかったし、分からなかった。


そんなことに、ふと気付いた先週の日曜日。

緩めなかった理由も、

その日に緩めてしまった理由も

同時に分かってしまった。

だけど、分かってしまって途方に暮れる今週のわたし。


久しぶりに緩むことのできた日曜日、

その後の今週は、何となくいつもより落ち着いていて、

そのことに気付いてまた途方に暮れる今日のわたし。


とりあえず、途方に暮れる1週間。

見ず知らずの憧れの人に、メールを出してみた。

その人の書いた本を読んで、すっかり好きになってしまい、

(だからといって、その人の本職は作家ではない)

その人のブログにメールアドレスが書いてあったので、

思い立って、行動に起こしてみた。


返事がくることは、正直あまり期待していなかった。

それが!!!


何と返事が返ってきたのだ。

ビックリした。

わたしがたずねたことに対する答えが端的に書いてあった。

本当にビックリした。

わたしにとっては、神様みたいな存在の人なので、

本当に感動した。

インターネット万歳、メール万歳、と思った。


前にも、学生の頃から好きだったライターさんが

mixiにコミュニティを立ち上げていることが分かり、

「はじめまして」のコメントを書き込んだら

ご本人がanswerを書き込んでくださって感動したことがある。


何か、本当に、インターネットの果たす役割は大きい。

こうやって、憧れの人に直接アクセスできる確率がぐんと上がったり、

自分が発信したことに対するレスポンスが簡単にもらえたりするのだ。

たとえばこれが、手紙だったら、

こんなに気軽にやりとりをすることはできない気がする。


でもこういう時代だからこそ、

「自分から発信する」ってことはやっぱり大事だな、と

改めて思ったりしたのでした。