親が恐れる事、理想と現実 | ケアマネ時々卓球、時々その他

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仕事は介護、プライベートでは卓球を中心に、その他もろもろ思いつくままに書いてみます。テキトーな独り言です。

 

(1)経験した事の無い寂しさに

私がかつて担当していた利用者から久しぶりに電話があった。彼は在宅にいた頃は奥さんや子供に暴言を吐きまくり、奥さん、子供からも見放されるような人でもあった。結果として有料老人ホームに入ったのだが、今は目的も生きる気力も無いとの事だった。

 

この方で印象深い話がある。

この方の息子は月給+歩合のような仕事をしており、息子の子供が大学進学を控えているので仕事に集中しなければならない。しかしこの方は、孫の大学進学を諦めさせてでも自分の面倒を見させたいという気持ちがあった。

 

これは我儘であるが、素直な気持ちなのだろうと思う。勿論、そんな事は通じるわけも無い。一度、息子が通院同行して入れた時がったが「これからは仕事が忙しいので、俺に頼らずに介護サービスを使ってくれ」と言われた事をきっかけに、老人ホームに入ったのが去年の10月の事だった。

 

電話で話した感じは相変わらずで毒を吐きまくるのだが、おそらくその吐いた毒を受け止めてくれる人もいないのだろう。今ままで経験した事の無い寂しさに苛まれているようだった。

 

(2)死ぬ前に譲ると誰も面倒見てくれなくなる。

もう亡くなったが、私の親もハッキリ言って毒親だった。私には姉がいるが、彼女も毒以外何物でもない。

 

私の親にはそのような自覚は無かっただろう。それでも将来の心配はあったようで、相続の話をする時に「死ぬ前に譲ると誰も面倒見てくれなくなる」とよく言っていたのを覚えている。

 

だから頼るべくは自分の子供しかいない。しかも自分の言うことを無条件に聞く、従順な奴隷でなければならないと思っていたようだ。その為には自分の財産を譲るという事を刷り込む事。自分の子供は自立した人間でなくても良い。自分を世話する為だけの人間になれば良い。私はそのために育てられたと言っても過言では無いと思っている。もし私が放棄すれば、大嫌いな姉が財産を相続する事になる。それは絶対に許せない。

 

結果として介護は行わなかったが、虎の子のおかげで親にすれば最高の死に方だったろうと思う。もし介護状態になっても介護サービスは使わず、私のストレスなどはどうでも良いという事になっただろう。

 

(3)虎の子の財産

我が家の場合はこのように成功したが、記事のように財産をチラつかせることによって大失敗するケースは多いだろうと思う。親にすれば面白くないが、散在して子供に残さないとか、何処かに寄付するという、子供への当てつけのような事も出来ない。結局は子供に譲るしかない状況は、まさに詰んでいる。

 

やはり人徳は財に勝るという事か。

 

うちの親のそうだったが、財産をちらつかせることによって気持ちを繋ぎとめようとする考えは理解できる。その虎の子は子供の人生を犠牲にしても、自分は最高の人生を生きられるからだ。

 

私は50歳代半ばにしても独り身、おそらくこれからもご縁は無い。そうすると自分の子供を育てるという事も無い。人間としてそれは道を外れたとまでは言わないけど、残念なことだと思っている。それでもおそらく私も毒を持っている。その毒で子供が私のように、将来死んだ後も親を恨み、きょうだいを憎みという事であれば、私はこのまま一人で良いと思う。

 

種の保存という生物としての本能はあるのだろうが、毒を残してはいけないという理性が働いている。おそらく私もその毒を持っている。そして死ぬときは誰にも看取られず、一人で死ぬ事になるのだろう。