(1)福祉の歴史を振り返る
日本の福祉は戦後、焦土と化した国内において住むところのない人を保護するところから始まっている。それが保育園であり、老人ホームであるが、そういう仕事を受けることが出来たのは宗教関係が多かった。
更に制度としては措置制度という行政措置の制度であり、施設に支払われる費用もそれなりに厚遇されていた。
勿論、バブル期における民間企業とは比べ物にはならなかったし、その当時から「福祉の仕事は儲からない」「給料が安い」とか言われていたが、実際に働いている私にとっては特別世間から冷遇されているという実感はなかったように思う。
それが2000年の介護保険がスタートするにあたり民間企業が参入してきた。当時「〇挑円産業」として新しいビジネスとして期待されていた。
スタートダッシュに成功した企業はいくつかあった。
しかし当時ナンバーワンだったコムスンは2006年のコムスンショックで退場し、大手であるニチイ学館やジャパンケアサービスは大手保険会社の傘下に入った。
つまりは一時期名前が出ても、結局は長続きはしていないというのが特徴と言える。
(2)福祉は奉仕?
さて、福祉で儲けてはいけないか、という根本問題であるが、感情的に考えるとそうなのであろう。
やはり「福祉は奉仕」という概念が強いのだろう。
人の世話をするのにお金は必要ない。支払う必要もなければ貰う理由もないという事だろうか。
たまに「ケアマネはタダで何でもやってくれる人」という期待をされることがある。これも理由は近いように思う。
その上で福祉は清廉潔白さが求められる。それは「信用」とも読み替えることが出来るだろう。
勿論、合理的な理由はない。
不況で仕事がない時代ならともかく、様々な産業で人不足が言われている現在なら過酷な労働条件で給料が安い仕事なんて見限られるに決まっている。
本当にそんな人材が必要なら、生活に困らない環境の人間がボランティアで行う事でしか出来ないだろうと思う。
(3)道は二つ
福祉で儲ける、という事にアレルギーがあり、どうしようもなくなったら道は二つある。
一つは公で行う事。
もう一つは「福祉は奉仕」という概念を「福祉はビジネス」という概念に改めることだ。
おそらく両方とも難しい。
ではこれからどうなるかと予想すれば、みんな知らんぷりをしながら続いていくことになるだろうと思う。
儒教的に考えれば、やはり親子の絆というものは重要なものだと思う。日本をはじめ、経済重視、都市化により少子高齢化した社会で、介護が社会的な問題になったとしても、「人の世話」で儲けるのは馴染まないという事だ。
であれば大きな意識改革が必要なのだが、それは数世代後になるだろう。