(1)高校までは
先日、高校の同級生と会って色々話をした。
彼は記憶が良いのか、高校の時の先生の話をよくして、私も忘れていた先生も随分思い出した。
私としては、なぜあの高校を選んだのか、今となってはよく分からない。
高校の時の思い出というのはあまり良いものとは思えないのだ。
おそらく、それ以前の青春ドラマで、高校と言うのは青春を謳歌するといった楽しい所という印象が強かったからかもしれない。しかし、実際に行ってみると、私たちの頃は第二次ベビーブームという事もあり受験は戦争、体罰やいじめといった陰湿な事もあり、とても楽しい環境とは言えなかった。
更には大学受験に失敗したので、とても良い思い出になったとは言えなかった。
(2)予備校
そして1年浪人した。
頭が悪いなりに高校3年生の時は頑張ってつもりだったので疲れがたまっていたし、何よりも受験に失敗したという体験は自分自身大きなショックだったと思う。頑張った割に結果が出ず、ということは自分の力が通用しなかったという事。それは1年頑張ったところで通用するレベルになるか自信が無かったという事でもある。
そんな時、予備校で二人の先生に出会う。
一人は英語の先生。S先生という。
この先生はその当時でもかなりの高齢の先生だった。担当の先生が休むという事で1回だけ来た先生だった。
前にも書いたが、私は一番前にいたので当然指される。
私は英語が苦手だったが何とか答えることが出来た。
すると
「・・・君は英語が得意なのか?」とS先生に聞かれる。
「いや、苦手です」と答える。
「じゃあ、頭が良いんだね」とS先生。
自分自身、頭が良いなんて言われたのは人生初である。
それがきっかけで英語が好きになったということは無いが、一筋の光明が見えたのも事実である。
もう一人は現代文の先生。Y先生という。
この先生、とにかく頭がキレる。
現代文の問題を読んで「この作者はバカだから、何が言いたいのかよく分からん」というのが口癖。
その先生にも褒められた。
この文章の趣旨をまとめるという問題だったと思うが、上手く出来たのだろう、「上手い!」と絶賛してくれた。
(3)目的があったからこそ
今振り返れば様々な先生に出会ったと思う。
厳しい先生もいたし優しい先生もいた。
人間味あふれる人もいれば、機械的に授業だけの人もいた。
しかしこの二人の先生に共通して思うのは、先生に自分が認められたと思わせたことだと思う。
予備校というのは何とも複雑な場所だ。
高校生でも大学生でもない。専門学校生でもない。
何のために勉強しているのかと言えば、大学に入ることが目的だ。
それは高校の時に頑張っていれば出来た事。やらなかった自業自得の状態なのだ。
そんな中途半端な状態で、何となく不安で、来春に合格できるかも保証のない状態、逆に言えば自分自身の力でしか道は切り拓かれない。
そんなところからだからこそ、そしてその後に過ごした大学生活が素晴らしかったからこそ、思い出に残っているのだろうと思う。