【 35 】
8月 10日(日) 02:12
「こんばんは」
「遅いじゃないか雄介、もう少しで俺が逝っちまうとこだったよ、かかか」
菊池が自分の横の席に招く。
男はジャケットを店員に預けると菊池のテンションに合わせることなく、静かに椅子を引いた。
男の前髪から水滴が落ち、グリーンの羅紗に小さな黒い斑点が広がる。
ディーラーに向かって輪ゴムでとめられた2つの札束が放り投げられた。
沢村雄介
新潟の事件から17年が経過・・・・・・・28歳になっていた。
「おふたりさん、こいつが来たからにゃあ、さっきまでのようにはいかないよ」
菊池がBETチップを更にもう2枚増やしながら、雄介の肩に手を置いた。
二重あごの男がテーブルに乗り出し、雄介の顔を食い入るように覗き込む。
「お~こいつ、どっかで見たことあるな・・・・・」
男の視線を意に介さず、雄介はジンリッキーを注文するとBETサークルにチップを置いた。
「せや、確かうちの若いもんに知恵つけてたところを金子の兄貴がえらい気に入ってリクルートしてた奴や・・・・・無下に断りおったらしいが・・・・・」
「誰がてめえらんとこみたいな、しけた組と関わるかよ、なあ雄介!? 今時ヤクザははやらねえんだよ」
菊池が二重あごに向かって悪態をつく。
また隣の部屋から女の叫び声。
今度の声色は勝ち負けの判別がつかない。
「・・・・・そろそろ配ってくれよ」
雄介が人差し指でテーブルを鳴らしながら、静かに促した。
BET締め切りの掛け声と共に、ディーラーがシューBOXからカードを4枚抜き出した。
PLYER側は菊池、BANKER側は赤縁メガネへと、カードが2枚ずつ配られる。
「さあ、こっからが本番でっせ」
「菊ちゃん、あんたほんまめでたいやっちゃのう! この流れは変わらへんでえ」
菊池と赤縁メガネが共にカードを絞り始めた・・・・・
自らの望む番号が出現するように、端から少しずつ少しずつ・・・・・
煙の充満した部屋に、2人の唸り声のみが轟く。
バカラ賭博特有の「間」・・・・・
賭場に巣食う流れものたち。
紛うことなき非合法の背徳。
欲望の呻き・・・・
雄介は何ら感情の映えぬ視線をテーブルに落としていた。
隣の部屋で店員がグラスをぶちまけたのか、謝罪の声が何度も聞こえてくる。
外では神戸一帯に降り注ぐ雨が、一層激しさを増していた・・・・・
・・・・・ナガレユクニチジョウ・・・・・