【 34 】

 

 

 

1997年(平成9年) 8月 10日(日)  01:36

 

 

 

 

 

空が黒く濁っていた。  

ぽたぽたと雨が落ち始める。

 

 

地面から放出されていた熱気が薄らぎ、風が凪ぐ。  

彼方の山は静かに蠢いている。

 

 

 

 

--------------- 神戸 ------------------

  

 

 


『 シンヤ、アメガフリハジメルデショウ・・・・・ 』

 

 

予報が当たる。

 

 

神戸最大の繁華街 ~ 三宮・元町 ~ 界隈。 

数少ない通行人が速やかに軒下に退散していく。 

 

  

若干慌しくなるタクシーの往来。

タイヤがアスファルトと水を弾いていく。

 

 

北野地域へと歩を進める。

より一層の静寂。

 


海と山に囲まれた街---明らかに殺がれた活力。 

去らぬ残灰・・・・・

 

 

  

 

阪神淡路大震災

   

~1995年1月17日、悪魔の破壊の記憶~

 

 

 

あれから2年半の年月を経ても、、、

神戸の街は力を取り戻せないでいた・・・・・


 

 

 

 

 


 


  

 


ネオンが遠のく。 

繁華街と少し距離を置いた北野地域のとあるマンション。

山腹の閑静なエリアに位置し、神戸の街と海を俯瞰出来る。

 

 

各フロアでは成功を収めた人間がファミリーと安らかな眠りについているであろう、上層階のある一室・・・・・

暑熱薄らぎつつある街を尻目に、熱気と狂気が膨れ上がっていた。


 

「けえっ!」

 


男が怒声と共にテーブルにカードを叩きつけた。

蝶ネクタイの男が無表情にそれを回収する。

 

 

大小、3つの部屋に計4つのテーブル。

薄暗い間接照明のもと、十数人の男と女がバカラ賭博に興じていた。


 

低温に設定された空調機が稼動する中、紫煙が揺らめいている。

ゲームオープンしている3つのテーブルからは、乾いた歓声と怒気のこもった嘆きが定期的に発せられていた。

 

 

バカラ賭博はBANKERサイドかPLAYERサイドのどちらかにチップを賭け、2枚ないしは3枚のカードの合計が「9」に近い方が勝利となり、掛け金と同額のチップを得られる二者択一のゲームである。

 


「あんた、今日はツイテルねえ」 

 

  

菊池あきらは小部屋で2人の男と楕円のテーブルを囲んでいた。

窓際に座っていた二重あごの男が菊池の言葉にニヤリと笑い、1と8で足して9となったカードを緑のテーブル上に放り出した。

 

 

BANKERサイドにはられた菊池のチップがディーラーによって回収されていく。

それを見届けると菊池はキャメルの先っちょに火を点け、首をぐるりと一回転させた。

白髪まじりの頭部を手でいじる。

 

 

「THIS IS 辛抱どころや・・・・・」


 

窓には水滴がへばりついている。 

遮音ガラスなのか、雨の音は全く聞こえてこない。

入り口近くのカウンターではバーテンダーがせわしなくグラスに氷を放り込んでいる。 


 

突如、隣の大部屋から女の嬌声があがった。

けばけばしい化粧で塗り固めた女がその顔面を突き出し、恍惚の吐息を漏らす。

どうやらBIGBETを取ったようだ。

寂れたスナックの経営者といった風情の皮のたるんだ中年の女だった。

 

 

「ここも変わったね、カタギが増えた。 ま、いいことだがね」

 

 

菊池がカードを目で追いながら煙を吐き出した。

 

 

「そんなことはどうでもええから、はよ賭けえな菊ちゃん」

 

 

菊池の右に座る、細身の男がくぐもった声で催促した。

地味な顔に似合わない赤縁のメガネが目立つ。

 

 

「か~、てめえら今のうちだよ、調子に乗っていられるのも」

 

 

菊池がテーブルに拳をぶつける。

二重あごと赤縁メガネの前には、チップがピラミッドの如く積み上げられていた。

一方、菊池はこの時点で80万円に相当するチップを溶かしていた。

 

 

「お願い致します」

 

 

ディーラーがカードの入ったシューBOXに手を置き、BETを促す。

菊池は1000と表示された紫色のチップを3枚つまむと、力強くPLAYERサイドに叩き置いた。

およそ30万円のBETである。

 

 

「おっ! 菊ちゃん、勝負に出たやないか。 ほんなら当然ワシは逆張りやで」

 

 

赤縁メガネが同じく紫色のチップを5枚、細長い指でBANKERサイドに運んだ。

二重あごの男も同様にBANKERサイドへのBETを選択した。

   

  

「あんたら知らねえよ、こっからはPLAYERツラなんだぜ」

 

 

菊池が勢いよく立ち上がった。

大きな賭け金をはった時の彼の癖であった。

  

 

「ふっふ、お好きにどうぞ」

  


他の2人は余裕綽々の構えである。

菊池の首筋に冷たいものが流れた。

 

 

「お~いクミちゃん、ちょっと温度下げ過ぎだよこの部屋、冷房弱めとくれ。 それとローゼスのロックおかわりね」

 

 

菊池がテーブルを凝視したまま、声をあげた。

入り口近くにいた従業員の女が反応し、カウンターの方向へと向かった。

尻の下までスリットが切れ込んでいる。

 

 

「菊ちゃん、言っとくけどわしら全然寒くないで、あんさんの周りだけちゃうか、冷え込んどるのは」

 

 

赤縁メガネと二重あごがげらげらと笑い声をあげた。

 

 

「やかましいよ、、、ほらディーラー、早くカードを配ってちょうだいよ」

 

 

菊池が落ち着きなく、煙草をくわえる。

ディーラーが小さく頷き、左手をシューBOXへとのばした。

 

 

菊池の眉間が収縮する。

そしてまさにシューBOXからカードが抜き取られようとしたその時・・・・・

 

 

 

 

突如、黒のジャケットを着た長身の男が部屋に入ってきた。

 

 

 

  

 

 

 

「おお!雄介! やっと来てくれたか!!」

   

  

 

 

 

 

 

   

   

  

・・・・・ヤマトウミニカコマレタマチニテ・・・・・