【 37 】
8月 10日(日) 06:02
6・・・5・・・4・・・3・・・2・・・1
古びたエレベーターの下降。
鈍い音がエントランスに響き、ドアが開く。
パジャマ姿の男。
前髪が鼻に掛かる程長く、病的に痩せている。
年は40~50の間だろうか・・・・・
すれ違いざま、男は雄介が手にしている傘を目にすると外が雨であることにはじめて気付いたのか・・・・・ごく小さな溜息を漏らした。
12まである番号の9を押す。
軋んだ音を撒き散らしながら、エレベーターがゆっくりと上昇する。
閉じられた空間には、湿った空気と男の体臭が残っていた・・・・・
共同通路から北を眺めると、山に朝霧が立ち込めている。
依然、耳に響く太く低い音。
ひたいに滲んだ汗をぬぐい、傘のしずくを振り落とす。
ドアのぶを回すと鍵が掛かっていない。
玄関でハイヒールがこちらを向いて出迎える。
汗と雨を含んだシャツを洗濯機に放り込んだ。
洗面所には下着とシャツが綺麗に折りたたまれていた。
・・・・・高温のシャワーが頭痛を緩和させる。
タンブラーに水を満たし、半分を飲む。
テレビをつけるとアナウンサーが微笑みかけてきた。
残り半分の水を飲み干し、爪をカットする。
新聞を開き、その上にくずを落とした。
湿気た空間に乾いた音が響く。
テレビのスポーツコーナーでは、一昨日に開幕した高校野球ニュースが始まった。
・・・・・ベッドに下着姿の女。
深い呼吸が体を上下に収縮させている。
水色のショーツが女の尻を三角形に切り取る。
栗色の長い髪の毛が放射状に半円を描く。
雄介は下方にずれた薄い掛け布団を女に被せ、空調機器の設定を弱めた。
素足のままでベランダに出る。
更に細くなった雨が景色を乳色に染めている。
ここから神戸港は見えない。
ひときわ大きなアナウンサーの声がベランダにまで漏れ聞こえてきた。
ホームラン、もしくは逆転試合・・・・・
テレビのボリュームを絞ると、雄介はソファーに横たわった。
水をもう一杯喉に流し込み、目を閉じる。
胃に水が到達すると同時に、腹が脈打つ。
閉じた瞼の中では眼球の動きにあわせ、暗闇で赤い糸が飛び回っていた。
高校野球のニュースと空調の稼動音と女のいびきが鼓膜の裏で混ざり合う・・・・・
眠りと覚醒の狭間を漂流。
繰り返し浮遊する影像。
遠くで鳴き出した蝉の鳴き声。
雨は止んだのだろうか。
夏が半ばを迎えていた・・・・・
・・・・・シアイハエンチョウノスエゲキテキナマクギレトナリマシタ・・・・・