【 38 】

 

 

 

8月 10日(日)  11:08

 

 

 

  

 

女の声で目が覚めた。

 

 

11:08 - 電子時計の表示。

 

 

「雄介、またこんなところで寝てんの、ほんとに風邪ひくよ」

 

 

「・・・・・ああ」

 

 

女がネックレスをぶら下げながら、顔を覗き込んでくる。

朝方、ベッドで放射状に広がっていた髪がすっかりカールされている。

  

   

「朝食っていうか、もう昼食やけど作っといたから食べてね。今日は日曜日やし、夜は一緒にご飯でも食べられる?」

 

 

女の関西弁がずかずかと寝起きの耳に侵入する。

外からは微かに雨音も漏れ聞こえてくる。

 

 

「・・・・・夜は別の仕事が入っている。 まだ雨降ってるのか?」

 

 

「降ってるみたい。 ていうか私が勝手に雄介のところに居ついてるんやから文句は言えへんけど、たまには一緒に過ごす時間も作ってよね! 仕事し過ぎで体壊すよほんま!」

  

 

女は肩からさげている膨れ上がったカバン同様に、ふくれっつらでまくし立てた。

 

 

 

「・・・・・・・・・ゆかり、早く仕事に行きな、遅れるぞ」

 

 

雄介が夜間、勤務しているクラブ 『カシミア』 の女。

 

2ヶ月前から部屋に居ついていた。

 

昼はアパレル、夜はクラブで働く、活発で世話好きな女だった。

 

 

「雄介、今夜何の仕事か知らんけどもし早く終わったら連絡ちょうだいよ・・・・・」

 

 

「・・・・・・・・了解」

  

 

声を発すると同時に体内で不快な澱みが生じる。

日々の浅い眠りが体を蝕んでいるのか・・・・・

 

 

雄介はソファーの上で体を反転させた。  

ゆかりはつけっぱなしになっていたテレビを消すと、ドタドタと音をたてて出て行った。 

 

 

部屋が静けさを取り戻す。

空には濁った雲が灰色の薄い帯を何層にも積み重ねていた。

 

  

 

 

―――――― ピピピピピ ピピピピピ ピピピピピ ピピピピピ ―――――

 

 

 

 

電子音。

 

 

 

 

尻で圧迫していた携帯電話を取り出す。 

  

 

 

ディスプレー表示

 

――― コウシュウデンワ ―――

 

 

 


  

数秒、間をおく。

   

 

 

 

 

【通話ボタン】

 

  


「ヨシダさん、デショカ??」 

  

 

早口で片言の日本語が飛び込んでくる。

 

  

ヨシダ・・・・・ルート別に使い分けている偽名。 


 

「・・・・・なんだ?」

 

 

「シゴト、オネガいシマす」

 

 

「パクチイから聞いたのか?」

   

 

「そ、デス。パクチイさんにこのナンバーワタサレマシタ・・・・・」

  

  

「・・・・・分かった、少しそのまま待て」 

 


沼に浸かったままの脳味噌からゆっくりと数字を抽出する。

雄介は受話器の向こうにいる男に更にもうひとつの番号を伝え、夜になったら電話をするよう指示した。

  

  

  

金を稼ぐ手段・・・・・

 

多様さから危険度まで今やX軸とY軸の座標のあちこちに点在している。 

   

  

 

危険水域には踏み込まない。

 

張り巡らせた予防線。 

 

非常時に備えた逃げ道。

 

手が後ろに回らないように・・・・・

  

 


 

 


 

決して足を止めないように・・・・・ 

  

 

  

  

 

  

  

 

  

  

・・・・・コロモガハガレユクカイユウギョ・・・・・