毎日やってる。
好きでやってる。
なのに「得意です」が、出てこない。
聞かれると、
「好きなんですけど」
で止まって、
「得意ってほどじゃないです」
が、すぐつく。
自信がないから。
まだ上手くないから。
人に見せるほどじゃないから。
こんな言葉が、
好きのあとについてない?
好き嫌いと、
得意不得意。
これ、別の話なんだよね。
好きというのは、やりたいかどうか。
触っていたいか。
やらずにはいられないか。
で、嫌いは、その反対側。
やりたくない。
近づきたくない。
無理して続けると、心が嫌だと言う。
みたいな感じで、
得意というのは、上手いかどうか。
できるかどうか。
人と並べたときのポジションで、
不得意は、その反対。
嫌いでも、
繰り返してたら得意になることもあるし、
好きでも、
上手いとは言えないものもある。
ようするに「好き」と「得意」は
全く違うってこと。
なのにあなたは、
好きなのに得意って言えない自分を、
自信がないことの証拠にしてない?
嫌いなことを、
向いてるから、で続けてることない?
好きなことを、
まだ下手だから、で名乗らないことない?
どっちも、
好き嫌いと得意不得意を、
同じ物差しで測っちゃってるんだよね。
自信って、
得意になったあとに届く賞状じゃないよ。
好きで手が動いてる自分を、
自分でちゃんと見れてるかどうかなんだ。
自信がない、の中身を見てみると、
下手だから、じゃなくて、
「得意って言える自分」を、
先に探してることが多いんだよね。
得意と言えるポジションに行けるまで、
好きは仮置きしてるみたいな・・・
でも、そのままだと、
毎日やってるのに、
自分のものにならないんだよ。
「上手いね」
って言われても、
「いえいえ」
「まだまだです」
「趣味でやってるだけです」
って、反射的に打ち消してない?
好きでやってる時間は、
一日でいちばん、
自分が輝いている時間なのに。
外に出すときだけ、
小さくする。
毎朝、自分でコーヒーを淹れてる人に
「コーヒー、得意なの?」
って聞いたら、
「得意ってほどじゃないです」
って笑う。
毎日淹れてるのに。
好きで淹れてるのに。
バリスタの免状と、
好きで淹れてるのは、
別の話なんですよ。
好きは、
いま動いてる手の中にある。
得意かどうかは、
あとから人がつけるラベル。
私は、やりたいって思ったものを、
得意かどうかで止めない。
上手くなってから出そうと思ったら、
好きなのに、出せないまま一日が終わるから。
好きで続いてるものに、
不得意のラベルを貼るのは、
好きを小さくすることにつながる。
毎日やってるのに得意って言えないなら。
「得意です」は、言わなくていいんです。
ただ、
「私は、これが好きなんです」
「これ、好きでやってる」
でいいんです。