集中してると、一日が終わる。
それ、楽しいからだよ。

 

 

「今日、何もできなかった」
って残る日と、
「え、もう夜?」
ってなる日。

 

 

同じ24時間なのに、
長さが全然違うんだよね。

やらなきゃで埋めた日は、
時計を何回も見る。

 


あと何時間、が頭にある。
長い。重い。
終わっても、感覚が残らない。

 

 

でも、

好きなことに没入した日は、
気づくんだよね。

いつの間にか、、
窓の外が暗くなってることに。

 


手は動いてるのに、時計は見てない。

私は、昔から後回しにはしない。
やりたいって思ったら、いまやる。
だから、時計を忘れて一日が終わる日がある。
それが、私の集中。

 

 

一日が短い日は、
サボった日じゃない。
入ってた日。

 

 

逆に、やることだらけで長く感じた日は、
動いてるように見えて、
自分は後回しになってることが多い。

 

 

集中力って、
歯を食いしばって机にかじりつくこと。
みたいに思ってない?

 

 

違うんだよね。

好きなものに、自分が入ってること。
やってる自分が好きで、手が止まらないこと。

 


我慢じゃない。没頭。

 

 

たとえばさ。
話が面白くて、終電の時間を忘れる。
改札の前で「あ」ってなる、あれ。

 

 

時計は動いてた。
命の時間も、減ってた。
なのに、惜しくない。

 

 

惜しくないのは、
その時間を、好きな方に使ったから。

 

 

やらなきゃの集中は、
時間を消費してる。
好きの集中は、
時間を生きてる。

 

 

命には、今しかない。
最期は穏やかに眠りたい、って願うなら、
一日の使い方も、そこにつながる。

 

 

「求めるものを心に念じて、集中すれば手に入る」
って、唱える話に聞こえるかもしれないけど。
私は、そうは見てなくて。

 

 

念じるんじゃなくて、
そっちに、自分を置く。
手を動かす。
頭の中の「いつか」を、いまに持ってくる。

 

 

思ってるだけじゃ、
現実は1ミリも動かない。
集中して、一日が終わるくらい入ったとき、
現実はそっちに寄っていく。

 

 

毎日やらなきゃばかりだと、
一日が長くてしんどいよね。
わかるよ。

 

 

でも、長さが問題なんじゃない。
何に集中してるか、なんだよね。

 

 

やらなきゃに集中してる限り、
一日は長くて、人生は進まない。

 


好きに集中してるとき、
一日は短くて、ちゃんと自分の人生になってる。

一日があっという間に終わった日を、
勿体ないと思わなくていい。
それは、生きてた一日。
命の時間を、好きな方に使った日だから。

 

 

やらなきゃで長く感じる日ばかり続いてるなら。
集中の先が、好きじゃないんだよね。