正しい選択をしてるのに、
なぜか景色が変わらない。

評価も、役割も、予定も、
外側から見たら問題ない。

 

 

なのに朝、目が覚めた瞬間、
「あ、また同じ一日か」って
胸の奥で小さくつぶやく。

でも、何かが違う気がする。

 


なんてことありませんか。

 

 

説明できる選択。
誰にも責められない選択。
周りが安心する選択。

 

 

そればかり重ねてたら、
ある日ふと気づくんだよね。

地図は合ってるのに、
ナビをセットしてなかったって。

 

 

正しさは、道順には強い。
でも、あなたがどこへ行きたいか
までは、教えてくれない。

 

 

これ、セッションでも
よくあるパターンの一つなんです。

ちゃんとしてる。
間違えないように選んでる。
なのに、胸のどこかがいつも寂しく感じる。

 

 

それは、
感覚を後回しにして、
正しさだけを前に出した結果です。

 

 

正しさに疲れた人ほど、
次も「正しい方」を取りがち。

安全だから。
説明できるから。
感覚より、正しさの方が声が大きいから。

 

 

でもね、何度も言ってるけど
命には今しかないんです。

説明できる人生と、
本音で生きる人生は、別物。

 

 

景色が変わるのは、
正しさを増やしたときじゃない。

「私は、どっちがいい?」に
正直に答え始めたとき。

 

 

だから、
次に何かを選ぶとき、
正しさの会議の前に、
自分の感覚を聞いてみて。

 

 

小さな選択でいい。
お昼に何を食べるか、でもいい。

その一回が、
正しさだけの運転をやめる、
最初の一歩になるから。