幸せになりたい。
昔の私は、ずっとそう思っていた。


何かを手に入れたら。
何かがうまくいったら。
誰かに認めてもらえたら。

 


そうしたらやっと、

幸せになれると思っていた。


だから頑張った。
結果を出そうとした。
期待に応えようとした。
ちゃんとしていれば、

いつか幸せが来ると信じていた。


でも、どれだけ手に入れても、
どれだけうまくいっても、
「幸せになった」という感覚は来なかった。


そこには、すぐ次のものを

探している自分がいた。
もっと、もっと、と動き続けていた。


今思うと、あの頃の私は
幸せをどこか遠くにあるゴールだと思っていた。
頑張って辿り着くもの、

達成するもの、として捉えていた。


だから今の自分の感覚より、
次の目標の方が大事だった。
今ここにあるものを受け取る前に、
もう次を見ていた。


それは、自分を置き去りにしながら

走っている状態だったんだと思う。


でも今は、少し違う感覚がある。


幸せって、なるものじゃなくて、
気づくものなんだと思っている。


朝、コーヒーを飲んでいる時間。
誰かと他愛もない話をした後のじんわりした感じ。
今日やりたいことを今日やれた時の感覚。


それを「いいな」とちゃんと受け取れている時、
そこにもう、幸せがあった。
ただ、気づいていなかっただけで。


「幸せにならなきゃ」と思っている間は、
今ここにあるものが見えにくくなる。


足りないものを探す目になっているから。
あるものより、ないものの方が先に見える。


幸せは、どこかに

到達した先にあるんじゃなくて、
今の自分の感覚をちゃんと

受け取れている状態のことだと、

今は思っている。


それに気づいてから変わったのは、
大きな何かではなかった。


今日の自分が何を感じているかを、
少しだけ丁寧に扱うようになった。
疲れていたら疲れていると認める。
嬉しかったらちゃんと嬉しいと受け取る。
小さな「いいな」を流さないようにした。


自分を置き去りにしない、ということは、
何か大きなことをすることじゃない。


今日の自分の感覚を、
なかったことにしないこと。
それだけで、

毎日の景色が少しずつ変わっていく。