「自分の感覚を取り戻す」
という言葉を聞いた時、
あなたはどんなイメージを持ちますか?
何か特別なことをする、とか。
大きな決断をする、とか。
劇的に何かが変わる、とか。
そういうイメージを持つ人も
いるかもしれない。
でも私が思う「感覚を取り戻す」は、
もっと地味で、もっと静かなことです。
たとえば、
何かを食べた時、
美味しいと感じましたか?
誰かと話した時、
楽しいとか、疲れたとか、
何かを感じましたか?
何かを決める場面で、
自分がどうしたいか、
少しでも考えましたか?
こういうことを聞くと、
「そんな当たり前のこと」と
思うかもしれない。
でも実は、
感覚が遠くなっている人ほど、
この「当たり前」が
できなくなっていることが多いんです。
感覚が遠くなるというのは、
急に起きることじゃなくて。
毎日の小さな積み重ねの中で、
じわじわと起きていくことで。
たとえば、
「これどう思う?」と聞かれて、
「別に何でもいいよ」と答え続けること。
何かを感じても、
「これくらいのことで」と
流し続けること。
自分よりも、 誰かの都合や空気を
優先し続けること。
その一つひとつは、
本当に小さいこと。
でもそれが毎日積み重なると、
ある時から、 自分が何を感じているのか、
本当によくわからなくなってくる。
好きなものを聞かれても、
すぐ出てこない。
どうしたいかを聞かれても、
答えに詰まる。
何かを選ぶ場面で、
正解を探してしまう。
これが、 感覚が遠くなった状態です。
じゃあ、どうやって取り戻すのか。
大きなことをしなくていい。
ただ、日常の中で、
「自分はどう感じたか」を
確認する習慣を、
少しずつ作っていくこと。
それだけで、
感覚は少しずつ戻ってくる。
たとえば、 今日食べたものが
美味しかったなら、
「美味しかった」とちゃんと受け取る。
誰かと話して疲れたなら、
「疲れたな」をなかったことにしない。
何かを選ぶ時に、 正解を探す前に、
「私はどっちがいいか」を 一秒だけ考えてみる。
これって、
自分のことを大切にする、
という行為なんです。
大げさに聞こえるかもしれないけれど、
自分の感覚を受け取るということは、
自分の存在をちゃんと認める、
ということでもあるのです。
でも、
感覚が遠くなった人は、
長い時間をかけて
自分を後回しにし続けてきたはず。
だから、すぐに戻ろうとしたり、
焦ったりしなくていい。
ただ、今日一日の中で、
自分が何かを感じた瞬間を、
一つだけ拾い上げてみてほしい。
「自分の感覚を取り戻す」とは、
自分の内側に、 もう一度ちゃんと
居場所を作ることだから。
誰かのための場所ではなく、
自分のための場所を。
外側の正解ではなく、
自分の感覚を基準にした場所を。
それは、
わがままでも自己中でもない。
自分の感覚を持って生きるということが、
本音で選ぶ人生の 一番の土台になる。
あなたは最近、 自
分の感覚を受け取れていますか?
今日一つだけでいいので、
自分がどう感じたかを、
そのまま受け取ってみてください。
そこから、 少しずつ始まっていくから。