私はずっと、
一生懸命に選んできました。
仕事も、人間関係も、生き方も。
「正しい選択をしよう」と、
いつも真剣に考えてきました。
なのに、なぜか
何度も同じ場所に戻ってくる。
また迷っている。
また立ち止まっている。
また「これでよかったのか」
と問い直している。
おかしいな、と思っていました。
あんなに考えて選んだのに、なぜ?
気づくまでに、長い時間がかかりました。
選び方が悪かったのではなかった
選ぶ基準が、ズレていたのです。
私が長い間使っていた基準は、
「これは、正解か。」
「これは、恥ずかしくないか。」
「これは、周りに認められるか。」
一見まともに見える。
でも、全部外側を向いた基準でした。
誰かの目線で正解かどうか。
世間的に恥ずかしくないかどうか。
他人に認められるかどうか。
自分がどう感じるかは、
その基準のどこにもなかったのです。
転機になったのは、
子どもの頃の交通事故の記憶でした
5日間の昏睡から目が覚めたとき、
「生きていること自体が奇跡だ」
と告げられました。
その感覚が、大人になってから
ようやく言葉になりました。
「もしここで終わっていたら、
私は何を後悔する?」
この問いで選ぶとき、
「周りにどう見られるか」は、
驚くほどどうでもよくなりました。
残るのは、もっとシンプルな問いだけでした。
「これは、自分の命に誠実な選択ですか?」
これが、私の言う
「命を基準にする」ということです。
命基準で選ぶとは、どういうことか
大袈裟に聞こえるかもしれません。
でも実際に使ってみると、
とても静かな感覚です。
焦りからではなく静けさから選ぶ。
義務からではなく誠実さから選ぶ。
その基準に変えてから、
迷いの質が変わりました。
「これで正解か」という迷いではなく、
「これが私か」という問いになりました。
間違った基準で選び続けると、
頑張っても報われない感覚が続く。
正しい選択のはずなのに納得できない。
人生が「自分のもの」という感じがしない。
それは、あなたの選択力が低いのではないです。
使っている基準が、自分のものではないからです。
あなたも試してみてください
次に何かを選ぶとき、
こう問いかけてみてください。
「これは、命に誠実な選択でしょうか。」
答えはすぐ出なくていいです。
ただ、その問いを持って選ぶだけでいいです。
それだけで、少しずつ
人生が「自分のもの」になっていきます。
今のあなたが使っている選ぶ基準は、
誰のものでしょうか。
外側の声に従った基準でしょうか。
それとも、自分の命に誠実な基準でしょうか。
選び直すのに、
遅すぎることはありません。
基準を変えるだけで、
同じ景色が違って見えてきます。
40代で気づいた私が、
それを証明しています。