長い間迷走し続けて来たわたし。
こんなに揺れている私が、
前に進んでいいんだろうか・・・
ずっとそう思っていました。
「覚悟が決まってから動く」
「迷いがなくなったら、本物だ」
そんな言葉をどこかで信じていて、
迷いのある自分は、
まだ動いてはいけない
動く資格がないと思っていました。
でも今は知っています。
迷いは、弱さじゃない。
迷いながらでも、進める。
そして、迷いながら進んだその先で
初めて、本当の自分に戻れる瞬間がある
ということを。
実は、自己一致という言葉を知ったのは
わりと最近のことなんです。
でも、自分がズレていることには、
ずっと前から気づいていた。
笑っているのにどこか空虚。
「いい選択をした」はずなのになぜか苦しい。
頑張っているのに満たされない。
周りから見れば、ちゃんとやっている人。
でも内側では、何かが静かに叫んでいた。
「これ、本当に私がしたかったことじゃない」
その声を私は長い間、
無視し続けていました。
うるさい、今は無理、後で考える。
そうやって蓋をするたびに、
内側の声は少しずつ小さくなっていきました。
自己一致を失うのは、一瞬じゃない
よく「あの出来事で変わった」
という話を聞きます。
でも私の場合、劇的な瞬間はなかった。
少しずつ、少しずつ、
自分の本音より他人の期待を
優先する選択を積み重ねてきた。
「波風を立てたくないから合わせる」
「怒られたくないから言わない」
「迷惑をかけたくないから我慢する」
一つひとつは小さな選択。
でもそれが積み重なって、
気づいた時には自分の輪郭がぼやけていた。
自己一致を失うのは、
侵食されるように静かに起きるのです。
だから気づきにくい。
だから怖い。
迷いこそが、戻るサインだった
転機は、大きな決断の前でした。
仕事のこと、関係のこと、
これからの生き方のこと。
頭では「こうすべき」という答えが出ている。
でも、どうしても体が動かない。
その時、自分に問いかけました。
「今、何を守ろうとしている?」
答えが出るまでは、
少し時間がかかりました。
…誰かの期待。
…失敗しない自分のイメージ。
…「ちゃんとしている人」という見られ方。
全部、自分の外側にあるものだった。
その瞬間、気づいたの。
私は、自分を守ろうとしていなかった。って
迷いは弱さじゃなかった。
迷いは
「今、あなたは自分の外側を生きていますよ」
という、内側からのサインだったのです。
自己一致を取り戻した瞬間は、劇的じゃなかった
覚醒の瞬間というのは、
もっとドラマチックなものだと思っていたけれど、
実際は静かなものだった。
ただ、
「これは私の望みじゃない」と静かに認めた。
誰かを責めるでもなく。
自分を責めるでもなく。
ただ、事実として受け取った。
「私はずっと、誰かの人生を生きていた」
そう気づいた瞬間、何かが緩んだ。
泣いたわけじゃない。
感動したわけでもない。
ただ、長い間ずれていたものが、
静かに戻ってきた感覚がありました。
それが私にとっての、
自己一致を取り戻した瞬間でした。
迷いながらでも進んでよかった♡
あの時、迷いが消えるまで待っていたら、
今もまだ止まっていたと思う。
迷いは消えなかった。
でも、進んだ。
迷いを抱えたまま、
それでも「命基準の答え」を選んだ。
そうしたら、迷いは少しずつ
形を変えていった。
恐れからくる迷いが、
問いからくる迷いに変わった。
「失敗したらどうしよう」じゃなく、
「どう生きたいのか」を迷うようになった。
それが、自分を取り戻した証拠だった
と今は思っています。
もし、あなたが今
何かを迷っているのなら、
その迷いを消そうとしなくていい。
ただ、一つだけ聞いてみてください。
「今の迷いは、
誰の人生を生きているから生まれている?」
あなたの命が「こっちだ」と言っているなら、
迷いながらでも、進んでいい。
自己一致は、
完璧な状態になってから戻るものじゃない。
自分に正直な一歩を踏み出した
その瞬間に始まるのだから。