私が沢村賞という賞があることを知ったのは、1991年。


広島カープの18番。



佐々岡投手が受賞した時のこと。



その頃の私は、カープが好きなだけで野球にうとくて、優勝したことがうれしくて、佐々岡投手のすごさもよくわかってなかったし、沢村賞という賞があることさえも、その時初めて知りました。



新人投手が17勝することも、すごいー!と思いながら、比べる相手もいなかったので、やっぱりすごさがわかっていませんでした。



私が、佐々岡投手のすごさや、沢村賞の偉大さに気付くのは、そのずっとあとのこと。





そしていつしか佐々岡投手は引退し、



月日は流れ、、、



広島カープには、新しい18番が誕生しました。




その名は、「前田健太」。




この時の私は、この投手が気になりながらも、「好きになっちゃダメだ」


と自分に言い聞かせていました。



心から応援した選手が、チームを離れることが悲しすぎて、
若い特定の選手に思い入れるのは、もうやめようと決めていたから。
いつか選手は去っていってしまうものだから・・・。
私は応援に生活をかけてもいないし、
私が選手の生活を支えてあげられるわけでもない。


だから。


私が応援するのは、広島カープ。
選手全員。
出て行く人が出て行っても、残ってくれた、カープを選んでくれた選手全員を応援するんだ。
特定のファンは達つぁんが最初で最後もみじ

そう心に決めていました。


でも、




この人、、、、



どんどん心に入ってきて、、、、



すごくひたむきで、まっすぐで、
結果が出る時も、出ない時も、
いつも一生懸命で、



「ああ、この選手を応援したい」
「傷つくとか、そんなことどうでもいい」
「先のことを憂えて、ためらうのはもうやめよう」
「この選手が大きくなっていくのを、ずっとずっと見ていたい」


そんな風に気持ちが変わっていって。



気がついたら、ユニを買い、
気がついたら、大声を出し、
気がついたら、鼻血をだしてにひひ


そうやって素直になったら、
素敵な出会いまで待っていましたアップ


ありがとう。まえけん。



まえけんは私の救世主でした。


いつの間にか勝てないカープ。
周りにはファン仲間もいない。

胸をときめかせること、
バカみたいに夢中になること、

長い間忘れていました。


カープがあればいいや、
というテンション。
すっかりやさぐれてしまって。(実際存続が一瞬危なかったしね!)



でもまた、20年前が戻ってきた音譜

ありがとう、まえけん音譜







が、



前田健太は遙か先の景色を私に見せてくれました。



投手三冠





そして今日、前田健太は沢村賞を受賞しました。




今ならそれが、どれだけ難しく、すごいことか、あの頃の私よりわかってると思う。




もしかしたら、自分の好きなチームから、これを一度にとれる選手はもう現れないかも知れない。


球界を見渡しても、なかなかあることじゃない。

歴史的瞬間に、私は立ち会えたんだね。


こんなすごい夢を、見せてくれてまえけん、ほんとにありがとう。


ほんの少し前まで、まさか、カープの選手から投手三冠が見れるとは予想だにしなかったし。
ましてや沢村賞まで。




佐々岡投手はすごい人で、大好きだし、
だから越えてるとか越えてないとか、そんなことは言いたくない。



ひとつ胸をはって、


いちファンとして言えるのは、



前田健太が、



前田健太として、新しい18番の道を、歩き始めたということ。


誰かの18番じゃない、



まえけんの18番を応援するよ。



まえけん、




カープに来てくれて、本当にありがとう。



先のことなんて、考えないよ。
まえけんの今に夢中です。

まえけんが今を一生懸命なら、私も今を応援するよ。



ファンになってよかった。


大好きです。