うどんが好き。


もともと、麺の形したものが大好き。
そのなかでも、とりわけうどんは、よく食べる。
とにかく、おいしくて飽きない!


好きな食べ物は多くて選べないけど、飽きないのは、うどんと餃子ニコニコ



今日はそんなうどんを語ろうと思う。



まず、うどんのすごいとこ。


1ハズレが少ない。

サービスエリアやスキー場でも、そこそこおいしい。
冷凍うどんのもっちり感はあなどれない。
そこが、日本そばと劇的に違うとこ。

2安くておいしい。

3飽きない。

4バリエーションが豊富で体調、気候に合わせて選べる。

冷やしてよし、温めてよし、煮込んでよし、焼いてよし。
できるこだわ~ドキドキ




なかでも、うどんの味の安定感はすごい。
うどん、うらぎらない。




そんななかで、私が好きなうどんのベスト3をご紹介。




一位キラキラ稲庭うどん(秋田)


ずばり、私がうどん好きになったきっかけ。
乾麺の王様だね。
細めの平打ちで、とにかくのどごしがいい!
つるつるっ、としてて、サラリと飲み込めて、かつコシもある。
茹ですぎると、良さがなくなるので注意。


二位キラキラ吉田のうどん(山梨)


富士吉田のご当地うどん。
一度食べたら忘れられない、うどん界の異端児。

とにかくかたい。
噛まないと食べられない。
すすれない。
すいとんが麺の形したみたいな感じ?
うどんなのに、お腹にたまる(笑)

で、ゆがいたキャベツと肉が添えられてる。

何も知らずに食べると、茹でてないんじゃないかと衝撃をうける。


ただ、何回か食べるとやみつきになり、ふつうのうどんが物足りなく感じる。


つるつる感はゼロ!



三位キラキラ讃岐うどん(香川)


もう言うことないよね。
うどん界の優等生。
すべてのうどんの美味しさのスタンダードだと思ってる。
つるつる、もちもち。

まったく飽きません!





みなさまはどんなうどん、好きですか?



そして、吉田のうどんて、認知度どのくらいなのかな?
たぶん、あの味は現地近辺でしか食べられないと思うので、山梨にお越しの際は、ほうとうもいいけど、ぜひ吉田のうどんを食べてみて。
富士吉田には、吉田のうどんマップもあるんで。




んじゃドキドキ

自分のためのブログなり☆


自分自身を知るための。





誰かを責めたり、非難したり、考えを押し付けるためでなく、ね。
対、自分。







3月11日以降、考えること、感じることは山のようにあり、

いろんな情報はあふれるけれど、大きく自分が変わることはなく、


とくに内面的思考とか
価値観とかの変化は少ないかも。
より確信にかわるくらいで。

常日頃から、日常があたりまえに続いている毎日に感謝していたし。
当たり前が当たり前であることのすばらしさは、前々から感じていたし。


ああ、やっぱりその通りだな、と今でも思う。




あの日以降も、私が知る「わたし」に、大きなブレがなかったことに、少しの安堵があったりもしている。


ただ、そんな中で、

おー。わたしってこんなヤツだったんだ。


という発見もチラホラある。




とりわけ、


電気と原発。
それにまつわるエトセトラ。


関東に住み、電気を使っている身として、これについて考えない日はなく。



そんなわけで、
今の自分の気持ちを書いてみようと思う。


とりとめなくなるかも知れないけど。


何年後かの自分が読み返したとき、違いがあるか知りたいし。




原発といえば、騒がれている放射性物質の含まれた食べ物、飲水、環境への影響。


私の立場は静観。
買い占めもしない。
過度な防衛もしない。
文句言わない。
ふつうに暮らす。
節電はがんばる。
慌てない。
騒がない。
差別しない。
パニクらない。
食べる。
寝る。
遊ぶ。
……節電しながら、なるべくふつうに。




理由は複数。


まずは、仕事でさんざん浴びてるから、現時点で東京で報告されてる量ぐらいでは、別に…というのがひとつ。



あとはいろいろ。




誰も健康に害があるかも知れないものは、いやだよね。
ほんとはそういうものは、ほかにもたくさんあるんだけどね。


ただ、私がいやなものは、みんなもいや。
怖いものは、みんな怖い。
ほしいものは、みんなほしい。

そう考えたら、ふつうにしか暮らせない。

自分がたくさん買ったら、誰かが買えないって思ったら、やっぱりできない。
ふだんの限定品や先着何名様とはちがうのよ。


そこに優越感なんてうまれない。


私は一人暮らしの健康優良児?だから、客観的に順番はあとだな、と思う。


人のほしいもの奪ってまで、安心を手にいれたくない。



私は気ままに楽しく暮らしたいから、誰かを踏み付けて暮らしたんじゃ、その夢は叶わない。
だったらいらない。





そう思う人間だ、ってことがわかった。
これは悪くないことなんだろう。たぶん。
自己犠牲とは少しちがう。


生きていれば、知らない間に誰かを傷付けているだろう。
わかっていても、傷付けてしまうこともあるだろう。

だったらせめて、
気がつく範囲では、
できる範囲では、
人に優しく生きていたい。




宇多田ヒカルの歌が、頭をよぎった。

「誰かの願いが叶うころ あの子が泣いてるよ
みんなの願いは同時には叶わない」


誰も傷つけずに生きるなんてできない。
私は、世界を救えない。
私がよく知るわたしは、ほしいものがほしくて、子供のようにわがままだ。
だから、できる時は優しくありたい。
ほんと、ただそれだけ。




あとはね、


原発で作業している人の被曝量を考えたら、何も言えない。


あえて悪い言葉で言えば、彼らは特攻隊で、
私がさんざん電気を使い、便利に暮らし、
原発あぶないなと思いながらも、恩恵にあずかり続けたわたし(あえて一人称)のために、作業をしてくれている。



仕事だから、の域を彼らは越えている。
誰もしたくないことを、してくれているのよ。
わたしが使い続けた原発のために。



だけど、私は「逃げていいよ」、とも言えない。
自分がそこに行く勇気もない。



だから、遠くはなれた東京にいるのにジタバタしたくない。
ただ、待つだけ。


このままあそこがどうにもならなければ、さらに事態が進めば、今は局地の問題も、蓄積されてわたしの健康に大きな害をもたらす可能性はないわけじゃない。

国の対応は遅いかも知れない。
かつての公害病のように。



だけど騒がず、見守るだけ。



わかっていても、電気使ってたんだよ。
よりかかって生きてた。
ろはすな生活もしてない。
原発やだなぁとか思いながら、反対活動もしたことない。
きっとどこか他人事だったから。
近くに住んでいないから。
私ひとりが節電をキチキチやったって…って思ってた。




両刃の剣に頼り続けた、その結果を体で感じたい。


使うだけ使って、危ない思いはしたくない、ってのはなんか違うかなぁ、と。
(人を責めてるわけじゃなく、あくまでも自分の感覚)



もちろん、国から逃げろと言われたら逃げるけど、子供や健康不安のある人からでいい。


ほんとは助かりたいよ、もちろん。
生きてて毎日楽しいし。
ほんとに毎日しあわせだし。
ただ…………。



このへんは、もう少し追い詰められた自分をみないとわからないけどさ。

どうか変わりませんように。

ガッカリさせないでね、わたし。




で、
ジブリ大好きな私がふと思ったのは、


原発って腐海みたいだな、と。


廃炉にしても、とまらない放射線。
解体するまでに、長い年月近付けない。
そして、解体した物質はどこへ……?



莫大な土地が腐海に没していったのじゃ……。




やっぱり、なくせないかな、、これ。



また未曾有の災害が起きたら、
未来のこどもたちに、特攻隊やらせるの?
今の彼らに選択肢はない。






いい意味での、不便な世の中になればいい。
ジブリに出てくるみたいな。



電気と文明は、便利の追求ではなく、ほかにまわせばいい。
医療とか、そういうことに。
弱い人を守るために。


健康な人は楽しく不便に暮らそうよ。
できないのかな。




人の欲望は尽きることがなく、
モノが足りなければ不平を言い、
モノが溢れれば不満を口にする。




貧しければ、心が疲弊すると言い、
裕福になれば、大切なものが見えなくなると言う。






満足できる時代は永遠に訪れない。



時代を振り返れば、本当に豊かだった時なんてない。

いつも争い、戦争、疫病、迷信による犠牲、差別、そんなことを繰り返してきた。

親の世代には、公害病があり、アスベストを吸い、頭から農薬をかぶり、針を使いまわし、そうして今を手に入れたんだ。
さらに戦後には覚せい剤を国が推奨していた時期もある。
昔はよかったなんて、とんでもない。


走り続けて成長し、止まり方を忘れてしまった。



なんか、もののけ姫みたい。




いや、欲望でふくれあがったカオナシか?
手に入れたら、ただ、次がほしくなるだけ。
電気が足りることは永久にない。




私は大きいコミュニティに属さないし、健康だし、電気の供給が減っても不便にはなっても暮らしていける。
東京は元々の基礎設定が良すぎるわけだし。


だから言えるのかも知れないけど、
難しいのはわかってるけど、
やっぱり脱原発をしたい。

だって、あれを止めににいく勇気はわたしにはないから。





何年か先の未来、

ふたたび牙をむく原発を、止めに行く特攻隊は、あたなたの子供か孫かもしれない。
大切な友達の子供か孫かもしれない。



それはまずいでしょ。





「古き良き日本」



って、よく言うじゃない?
ほんとの意味での、それ、やりたい。



ただ昔とちがって、衛生的で豊かな医療と福祉という武器を持って。




もちろん、
ムダや娯楽の全てを排除して、粛々と生きることが素晴らしいとも思わない。
私はムダこそが、人間を豊かにしてくれると思っているから。
そこはうまく守りながら、上手に科学を使っていけたなら。。。





少し、できてる部分もあるんだよ。


川もずいぶんきれいになったし、
テレビだって、ほかの家電だって、昔より電力を使わない。



そういう科学とベクトルをもっともっと。




バカかもしれないけど、
私が節電してるのは、停電にならないようにということじゃなくて、
原発がなくなっても、暮らせるように体を慣らしたいな、と思ってだったりする。

冷房がない時のイメトレもしてる。


たとえ、多少不便があっても、文句言わないように、って。
なれてしまえば大丈夫。




今まで原発は日本を支えてくれた。
そこはたぶんあってる。



だけど、
私たちが手に入れた科学技術のベクトルを、次の時代へ向かわせたい。


必要な便利さ豊かさは残し、そしてバック トゥ 昭和。




みんなは私を笑うかしら。


きれいごとだと言われるかしら。



だけど、だったら、その手で福島原発止めに行ける?

あるいは大事な人に福島原発を止めに行かせられる?



行ったあと、行かせたあとも原発が必要だと言える?



私にはできない。
日本のために、犠牲になれない。






原発作る科学力があればできるよ、きっと。
自然と科学が溶け合った世界。





人が汚した川や沼だって、また魚がよべるように、ってがんばれたじゃない。




こういうこと、
科学のベクトルを変えていくこと、
小さいときに、戦争や公害病の勉強したり、手塚治虫読んだりして、
ずっと考えてたんだけど、

少し話すと、いつも、
「そんなのムリだ」
「きれいごとだ」
「じゃあ政治家になれば」「自分だって口だけじゃん」
って言われてた。



ほんとは何も失わず、傷つく前に、そんな時代が来てほしかったんだけど、、



たしかに私はひとまかせなんだけど、、





今なら誰か、何人かは、笑わずに聞いてくれるかな。




あなたはなんて言うのかな。
わたしらしいと言うのかな。




こんなことを思っても、私はいまの仕事が好きで、
夢もあって、
やっぱり政治家にはならないし、
街頭で演説したりもしない。
その方法が有効かもわからないし。





私にできることは、
ちゃんと自分自身で歩くこと。




明日の日本がどうであっても、ちゃんと工夫して楽しく生きられる強さを持つこと。




誰かがもし、
日本を良くしようと立ち上がったなら、舞い込む不都合や不便に、文句言わず協力すること。
自分の利益ばかり考えないこと。




政治がいまいちでも、自分自身の工夫で、生活をよくする柔軟さと強さを持つこと。




個人のしあわせを、政治や人のせいにしないこと。




大きなことをするわけじゃなくても、そう考え、イメージすることが、ほんの少しの行動を変えると信じてる。




自分の考えが正しいわけじゃない。



すぐ先の未来で、どの答えを望む人が多かったかわかるだろう。




もし、その答えが私の望んだものと違っても、そのなかで自分ができることをしていくことに変わりはない。
私の夢見る理想郷のカタチは変わらないけど、みんなが選んだ意見の中で生きていこう。




あるがままに。






みんなは、どんな明日を選ぶんだろう。


どんな未来を望むんだろう。





私はマイノリティなのか、そうじゃないのか。




自分が正しいわけでもなく、
過半数の意見が正しいわけでもない。






だけど、世の中は多数決だ。



それがどんな結果でも、

それがどんな明日でも、



自分らしく、息を吸える毎日に感謝して生きていたい。





できれば、未来の子供たちが、笑っている明日がいい。






わたしは、葉っぱ一枚あればいい♪
よけいなものは脱ぎ捨てて、くだらなくてムダなことを心から愛し、みんなでバカになれちゃえばいいのにな。





そんなことを考えて、夜が更ける毎日。
広島旅行ブログも途中なんだけど、、、
ずいぶんブログもさぼってたんだけど、、、


今日、どうしても書きたいことができたので、久しぶりにブログを書きますクローバー


すごく、うれしい手紙をもらったから。


年末のブログに、ななちゃんという女の子のことを書きました。


私にはとても大切で、とても特別な女の子。


もしよかったら、12月31日のブログを読んでくれたらうれしいなチューリップピンク



最近、東京は被害が少ないにも関わらず、カイシメーズが発生するなど、ちょっと殺伐。


わたしは人のものとってまで、いい思いしたくないけどねブタ


節電や交通機関の混乱など、少しの不便はあるけど、個人レベルでは気にならないし。
大きい企業とか職種によって、本当に大変な人はほかにたくさんいるはずだし。


ただ、会いたい人に会えなかったりするのが、ちょっとさみしかったり。
モノはなくてもいいから、人に会いたい馬
なんて、ちょこっとへこんだりもしてたんですYO。


そんなわたしの支えになったのが、たくさんのメールやDMやリプの数々。


地震以来、ほんとにいろんな方が連絡をくれた。
ほんとにほんとに、うれしかったもみじ

素敵な友達や仲間がいて、やっぱり私はしあわせなんだなーと、余震にチキりながらもあったかい気持ちですごしてました。


ただ、やっぱり時々、人恋しくなったりするときもあるわけで。



そんななか、今日、素敵な手紙が届きましたラブレター



差出人はななちゃん。




実はななちゃんは、地震のあった翌日の朝にもメールをくれた。


中1のななちゃんは、学校で部活の最中に地震に遭い、帰るに帰れず学校に缶詰になっていたらしく、帰宅できたのは、夜中だったみたい。



つまり、起きてすぐに私にメールをくれたんだよね。


「さーちゃん、だいじょうぶ?」って。



ななちゃんは地震が苦手で怖かったろうに、私を気遣ってくれた。



自分が中1の時に、そんなことできたかな、と思って。
また、ななちゃんに思いやりを教わった。



そんな、ななちゃんが今日また手紙をくれた。


それだけでもうれしいんだけどね。

保育園時代から手紙をもらってるから、まず文章や字の成長っぷりに涙ぐんでみたりクローバー





手紙には、地震の日のこととか、いろんなことが書いてあって、


・・・外に避難したはいいけど、1時間くらい中に入れず毛布にくるまってたけど、毛布も先輩優先で寒かったとかw

・・・どうやって帰ったか、とか

・・・食器がたくさん割れちゃって怖かった、とか

・・・ななちゃんちの猫が怖がって揺れるたびにホフク前進することとか

・・・あくちゃんとピピちゃんは大丈夫だった?とか
うちの猫の心配までしてくれて、ほんとに優しい子チューリップ赤



その最後にね、



「なな、さーちゃんが一番心配で一番にメールしたんだよぉドキドキ (中略)さーちゃんも余震がまだ続くけど、無事でいてね」




だって!!!!!!!!!!!




泣くでしょ?泣くでしょ??



今まで不安だったこととか、一気にとんだ。



ななちゃん、ほんとにありがとう虹




すぐにお礼のメールをしたら、



ななちゃん、すごく節電頑張ってるんだって。
ほかにもできる節約を、ななちゃんの思いつきで紙にかいて貼ってるんだって。
暖房も使わず、、、


「これからも節電頑張りますニコニコ



って!!!!!!!!!!!




大好きなななちゃんが、まっすぐ育ってほんとにうれしい。



また、うーーーんと年下のななちゃんにしあわせをもらった。




私とななちゃんは、1年に何回も会えないし、もちろん血のつながりなんてないんだけど、



きっと私、ななちゃんに何かあったら、自分を犠牲にしても守ってしまうと思う。



でも私に何かあったら、きっとななちゃんが悲しんでしまうから、ななちゃんを守って必ず自分も守ってみせる。



これからも、たくさん一緒に時間を刻んでいこう。



ね、ななちゃん。