名古屋往来の間は、

ゴミ屋敷お掃除バトルやってました😆

業者を呼びたかったのに、母のミッション・インポッシブル(業者を呼ばないで!)により、私が業者に、いや「行者」になってもうた🤣


糞行(ふんぎょう)という修行

朝9時起き。

 コーヒー飲んで、覚悟を決めた。

「今日はやる。」


ベランダに出ると、そこはもう別世界。

 鳩の気配と、積み重なった痕跡。

2リットルペットボトル2本分の糞。

…いや、なんの修行っすか?これ。

ホースが届くところは流し、 届かないところはバケツで何度も往復。

排水柱のところは重点的に。 ここが奴らの聖地。

何度も流す。 何度も流す。


だんだん思う。

これは掃除じゃない。 浄化や。

そして気づく。

糞を溜めて、 その上に枝を置いて、 巣を作る。

…基礎工事やないかい!


こっちは その基礎ごと破壊😈

ネットを張る!

テグスを張る!

キラキラを吊るす!

重りをつける!

 結束バンドで固定!

完全に

「ここはもうお前の場所ではない👹」

宣言‼️


気づけば私は

清掃員でもあり

現場監督でもあり

害鳥対策業者でもあり

結界師でもあった。

何役やっとんねん😂


でもな、

出来てしまうねん。


「キャッ無理ぃ〜グスン🥹」って可愛い子ぶりたいのに、気づいたらテグス張ってる自分。

笑うしかない。

でも、終わったベランダは 明らかに空気が違う。

軽い。

流れた。

整った✨


次は…最も触りたくなかった半間の押入れゴキ糞ゾーン。名付けて「魔の祠」🪳

業者呼ぼうと思ってたのに。

少しは甘えさせてくれよ。


押入れの上段に登り、

そのまま半間の空間にすっぽり収まる。


――マジ祠やん。

そう。

ゴキブリ糞の祠や。



もうコレ

滝行ならぬ、糞行や‼️

鼻を突く臭い。
四隅にびっしり残る黒い痕跡。

過去の住人の気配(主にゴキ)。


正直、最初は思った。
帰りたい。
見なかったことにしたい。
走って逃げたい。

なんなら叫びたい。


でも、

60歳過ぎてから私を引き取り育てた祖母に「孫が娘を捨てた姿」を見せては、可哀想ではないか。

娘(母)が孫(私)を養護施設に容れるところを、無理して引き取り育ててくれた。

老後の蓄えをなげうって、自分の娘の代わりに責任を果たした。


祖母へ恩が返せないなら、次に送る。

受けたものを、そのまま次に流すだけ。


霊や供養を語るなら、
まずやることあるやろ。

仏壇の前で手ぇ合わせるだけじゃなく、

カビまみれのまな板替えて

ゴキ糞まみれの押入れ拭くんが

むしろ先決やん?


それが

生きてする先祖供養


アルカリパックして
水拭きして
アルコールで仕上げる。

死骸も出てきた🪳


オエー案件や😱


でもな、
生きてるヤツはおらんかった。
戦いはもう終わってたんや。
私はただ、

戦場跡を片付けてただけだった。

掃除が終わって、扉を開ける。


……軽い。
空気が、軽い。

2年半かかった。


雑誌の山を何往復もして運び出して
業者も入れて
台所を戻して

やっとここまで来た。


そして、ついに

糞行、満了✨

達成感?

ちゃうな。

ただ一言。


ほっとした😊



そして…

糞行は終わったけど。


臭行がまだ残ってる🤣🤣🤣




私の週末旅の極意

丹後へ帰ったあと、
なんとも言えない静かな気持ちになっていた。
長いようで、あっという間だった十三日間。
街道を走り、
神社へ寄り、
水を汲み、
祖霊に手を合わせる。
そして時々、
守護霊ナビに導かれて
うっかり便乗お祓いまで受ける。

そんな旅だった。



今回の旅で一番大きかったのは、
名古屋の母宅のことだったのかもしれない。
掃除と片付けをやりきり、
すっかり元に戻った部屋を見て母がぽつりと言った。

「(弟に)こんな暮らしをさせてやりたかった。」


誰も好きでゴミ屋敷にしたわけじゃない。

誰も好きで苦しい人生を選んだわけでもない。


それぞれが、その時その時で

精一杯生きてきたのだと思う。


掃除を一通りやりきったあと、

一瞬だけ心が無色透明になった。


何にも引っかからない、
何にも執着しない、
すーっと軽い状態。
「ああ、こういうことか」

と思った。


でもな。

そんなん一瞬やて!

続かへんねん😆


そもそもな。

もし鳩の糞とかゴキブリの糞とかで

人が解脱できるんやったら、
この世はとっくに
ゴミだらけで荒れ果ててないとおかしいやろ。

それでみんな解脱して救われるって、

そんな訳あるかー!!😂


やっぱり現実は
掃除して、
整えて、
また散らかって、
またやる。

その繰り返し。


でもその中で、
一瞬だけでも軽くなる時間がある。

それでよいのです♥️


今回の旅は、

パワーをもらう旅というより、

何よりもパワーをつける旅だった😅


そしてふと、思った。
今回の旅は
ただの往復ではなかったのかもしれない。
街道を走り、
土地の物語に触れながら旅をしているうちに、
ずっと心の奥にあった構想が
少しだけ現実味を帯びてきた。

夜葉キャラバン

車で各地を巡りながら、

神社や土地の物語を辿り、

人と出会い、

祈りや占いを届けていく旅。


今までは、
どこか夢のように思っていたけれど、

今回の旅で少しだけ思った。


「あれ?これ、出来るんじゃない?」


次の名古屋行きでは
母宅の襖替えとベッド設置。
脱臭器をかけて、

母宅ミッションもいよいよ最終段階💪


その帰りには
スノーピークのお布団を回収して、

晴れていたらソロキャンプ⛺


その前に、
丹後の間人あたりで
車中泊の練習を一泊。

……の予定だったけど、


とりあえずまずは

家の真ん前でやることにした😆


葉っぱ号を停めて、
キャンプ飯を作って、

ぐい呑みで一杯やる🍶


家の前で。


いやもう、どこに向かって行くねん😂

でもたぶん、

こういうことなのだと思う。


特別な場所じゃなくても、
旅はできる。
遠くへ行かなくても、

始めることはできる!


そして丹後へ帰った翌日。
娘が大阪でドラマのエキストラに参加して

一枚の台本を見せてくれた。


そのタイトルを見た瞬間、

私は思わず笑ってしまった😄

「週末旅の極意」

……いやいや。

まさに今回の旅やん🚘️



高速を使わず、
下道を走り、
神社に寄り、
川を眺め、
水を汲み、

祖霊に手を合わせる🙏


そして時々、

便乗お祓いまでついてくる😆


どうやらこれが

私の週末旅の極意らしい🎵


今回の旅は
終わりだったのか、
それとも始まりだったのか。
よくわからない。
でも一つだけ、

はっきり思ったことがある。

旅は続く!

そしてその先には、
きっと
夜葉キャラバン

が待っている✨




(終)

徳川ナビ発動!?養老の滝から亀岡へ

母宅の掃除と整理整頓がようやく終わった。
部屋はすっかり元通り。

劇的ビフォーアフターみたく感じたが、改造した訳ではない、元に戻しただけ。


帰る日の日曜日は快晴だった。
まず向かったのは守山区の龍泉寺。

前回来たときに見られなかった宝物殿が、今日は開館している😍


宝物殿の中は圧巻だった。
力強い馬頭観音。

そして弘法大師直筆の書。




思えば前回来たときは平日。
道もわかりにくく、上の駐車場は満車だった。

でも下の広い駐車場の存在を知っていたので、すんなり停められた。


「守護霊さん、ありがとうございます。次の機会には徳川家康ゆかりの場所にも行きましょうね😊」


そんなことを言いながら車に戻った。


徳川ナビ発動!?

ところがこのあと、妙なことが起きた。
日泰寺へ傘を取りに向かっていたのだが、

突然通行止め。


その日、名古屋では名古屋ウィメンズマラソンが開催されていたのだ🏃‍♀️


行けども行けども通行止め😵

仕方なく市内をぐるぐる回ることになった。

すると…

徳川園
バンテリンドームナゴヤ
名古屋城

建中寺

なぜか徳川家ゆかりの場所ばかりを通る。


「守護霊さん達!確かにさっき徳川の場所行こうって言ったけど、今じゃないし😅」


車の中で思わず叫んだ😆


もう傘はあきらめた。
「次に徳川園へ行くときに日泰寺寄るわ!」
そう言いながら北へ抜け、ようやく通行止めを脱出した。
でもおかげで

三車線道路や都会の路地への苦手意識は、少し和らいだ気がする。


川だらけの名古屋

名古屋市内を抜けていくと、
とにかく川が多い。
堀川
中川運河
庄内川
木曽川
揖斐川

川を渡り、また渡り、

水の道を辿るように車は進む。


通行止めの影響でルートがずれて、
気がつけば養老方面に来てしまっていた。
「もうこれは…養老の滝行くしかないやろ。」

一般道だからこそ出来る寄り道である。


養老の滝

ナビに従って進むと、これがまた細くて高い山道。

「怖い怖い怖い~😱」

高所恐怖症の私は一人で騒ぎながら進む。
到着すると駐車料金1000円。

でも、目の前に広がる景色を見て納得した。


養老の滝
落差約30メートル。
かなり近くまで寄れる。
滝の音、山の空気、水しぶき。

そしてここで、菊水の水を汲む。


今回の旅は、なぜか水に縁がある。
鵜の瀬、余呉湖、そして養老。

水の流れに導かれているような気がした。


高所恐怖症ジェットコースターIC

時間が押していたので、
養老ICから少しだけ高速に乗ることにした。

ところがこのIC、とんでもない構造だった。

高架がめちゃくちゃ高い!

しかも本線合流までのランプウェイが長い!

完全にジェットコースター。


「怖い怖い怖い~😱」


叫びながら走る🚘️

するとふと、
妙な既視感を感じた。
「あれ…この光景、見たことある」
これは、私が時々感じる先見の感覚。
苦手なことほど、

霊的に先に見てしまうことがある。

(先見した時も全く同じこと叫んどったわ。)


そして思い出すと、不思議とスッと落ち着く。
本線に合流してしまえば、

何度も走ったことのある道だ。


琵琶湖大橋の夕暮れ

彦根で降りて、琵琶湖を南回り。
夕陽が沈みかけた湖面が
木々のシルエット越しに輝いている。
なんとも言えない静かな景色。
こういう時間、
心がほどける。
そして人生のことを考えて

ちょっと泣きたくなる。


初めて渡る琵琶湖大橋

でも私は高所恐怖症。
橋でもやっぱり

「怖い~!」と言いながら走っていた😆


亀岡で一泊

そのまま丹後へ帰るのではなく、
亀岡で一泊。
サンロイヤル亀岡駅前
ここは大浴場と岩盤浴があり、
深夜でも入れる。

真隣には、サンガスタジアム⚽️


白山宮のサッカー絵馬(八咫烏)といい、

何かメッセージがあるのだろうか?

岩盤浴に入りながら思い出した💡


3年ほど前、母宅を片付ける決断をした日。

8階の部屋を見上げると
巨大なカラスが止まっていた。
そして立卦したら出たのが

兌為沢(だいたく)

「何が兌為沢じゃあ!今からゴミ屋敷じゃわ!」

とツッコミを入れたのを思い出す。


でも今思うと、
あのカラスは普通じゃない大きさだった。
もしかしたら

霊的なカラスだったのかもしれない😳


兌為沢の意味は
誠をもって喜び合う

悔いがなくなる


今回の旅は

少しはそういう旅だったのかもしれない。



大本本部(丹波亀山城跡)

朝、亀岡駅を眺めながら朝食をとり、
向かったのは、大本本部(丹波亀山城跡)
ナビを「大本本部」にすると

裏口から入ってしまった。


でもそのおかげで

一面の梅林を見ることが出来た。


広い境内。
そして何より印象的だったのが

躍動感のある松が、とても美しかった。
苔むした石垣を見上げ、風と光の中を歩く。
とても居心地が良く、つい長居してしまった。

植物園もあって、もう一度来たい場所です✨


出雲大神宮

次に向かったのは、出雲大神宮。
鳥居をくぐった瞬間、ドンドンと太鼓の音。

参拝すると、鈴の音。

……またか。
どうやら今回の旅は

便乗お祓いツアーだったらしい😆


真名井の水を汲み、旅は終わりへ向かう。



そしてまた大本本部

福知山方面へ向かい、炭を買うために綾部へ。
途中、みずほの里で木酢液をゲット👍

さらに走ると…
なんと
大本本部梅松苑の真ん前

を通過。


「うそやん‼️」


思わず立ち寄る。
庭園の池には
世界の大陸に見立てた島。

とても美しい場所だった。




丹後へ

あやべグンゼスクエアでは炭は売っておらず、
代わりに花を買った。


そして

綾部

大江

与謝野


与謝野の道の駅で、ちゃっかり炭をゲット👍

そしてついに京丹後へ帰還✨


この旅が終わりなのか、
それとも始まりなのか。

よくわからない。


ただ一つ確かなのは、何かが洗われて、

削ぎ落とされたような気がすること。


そして私はまた

丹後の海と山の町へ帰ってきた😊




(終章へつづく)



〜関ケ原の“拾い物”と、便乗お祓い。3月3日の祖霊祭祀へ〜


北近江リゾートで温泉に浸かり、漫画を読んでごろごろして迎えた翌朝。

空は少し雨模様だった。


前日は、街道に導かれるように小浜から高島、余呉湖へと進み、後から思えば自分の霊系と不思議に響き合う土地ばかりを巡っていた。


静かな余呉湖が、丹後と同じ羽衣伝説を持ち、天日槍や菅原道真公とも関わる地だったと知った時は、さすがに「守護霊ナビ、やりおる😘」と思った。


そして翌日。

今度は、いつも高速で素通りしてしまう場所

――関ケ原へ向かった。


関ケ原へ、ご先祖様と一緒にGO🚘️🎵

高校生の頃、私は山岡荘八の歴史小説を読みまくっていた😆 

吉川英治も大好きで読みまくっていた📚


だから関ケ原という地名には、ただの地理以上の響きがある。

とはいえ、現実問題として戦場跡に行くとなると、ちょっと気になることが。


こういう土地は、何を拾うかわからない😅


そこで私は、徳川方の雑兵だったかもしれないご先祖様たちに心の中で声をかけた。
「行くのはいいけど、どんなオマケを拾うかしれない。ちゃんと守ってよねー!」

お願いの仕方が雑である😂

でも、これが私らしい。


道の駅に寄ると、土産物は戦国武将だらけ。

それだけでもうテンションが上がる😍



さらに関ケ原古戦場記念館へ入ると、兜、甲冑、書状、刀、掛け軸……もう目が爛々である。


中でも驚いたのが、徳川家康の兜(かぶと)

あの兜は、大黒天の頭巾をかたどった「大黒頭巾形兜」だという。
えっ、そうなん?!
知らんかった!
家康という人物が、単なる武将としてだけでなく、信仰や象徴の世界ともつながって見えてくる。

こういうの、たまらんデス♥️



最上階の展望台に上がると、すぐそばに「徳川家康最後陣跡」が見えた。

それ行くぞ❗

ご先祖様たち、さぁ参りましょうぞ🥰

そう思って足を運び、神社では戦国時代の御霊のご冥福を祈った。


自分のルーツかもしれない人たちと、土地の記憶と、今の自分が一瞬重なるような、なんとも不思議な時間…。


犬山成田山で、まさかの“便乗お祓い”

関ケ原の次に向かったのは、犬山成田山。
正式には「大本山成田山名古屋別院大聖寺」。

千葉の成田山新勝寺の別院で、不動明王を本尊とする真言密教のお寺である。


車を停めると、正面の柵にカラスが一羽。


かなり近い。
私が車から降りても、逃げない。
あれまあ、とクッキーをあげると、すぐに食べた。

お弁当の残りのキッシュもあげると、今度はそれをくわえて飛び去っていった。

この旅、ほんまに動物がよう出る。

お参りを済ませると、見晴らしの良い境内から犬山城も見えた。


散策がてら回り道をして降りていくと、今度は猫。

カラスの次は猫🐱

もう今日はそういう日なのだろう😊


そのままお土産売り場の隣へ入ると、小さな祭壇のような場所があった。

手を合わせて、さあ帰ろう――


その瞬間。

お坊様が出ていらして、御祈祷を始められた。


なぬ?
何の行事?
誰の御祈祷?

よくわからない。

でも、もう始まっている!


中には60歳ぐらいのご夫婦と私の三人だけ。
え、これ、いていいやつ?
内心かなり焦りつつも、今さら立ち去る方が不自然である。
なので私も手を合わせ、そのまま参列した。

御祈祷が終わると、そのご夫婦は交通安全祈願の御札を授かっておられた。


……あれ?
もしかして私、便乗しちゃった?

けれど、もう、どーしよーもない😂

ご夫婦が出られるタイミングで、私もスーっと一緒に退場した。


そしてその瞬間、ハッとした👀‼️


「守護霊さん達よ! これが今日のオチ?
関ケ原で“拾い物”の心配をしたから、お祓いで払拭するオチなん?」

あとでペンデュラムで確認すると、「はい」で回る😅

ちょーっと、はずかしーんですけどー‼️😂


でも考えてみれば、カラスと猫で絶妙に時間調整されていたのかもしれない😲

密教法具の太鼓と鐘、お祓い棒、不動明王のマントラまで入った本格仕様。

もし、うっかり戦国時代の未浄化霊が何かしら便乗していたとしても、これはもう成仏するしかないやろ、と思った。


関ケ原で
「ちゃんと守ってよねー!」
と言ったその返事が、まさか
「はいはい、じゃあ犬山で便乗お祓い入れときますね」

だったとは。


守護霊ナビ、仕事が細かい😆


後からわかる、余呉湖の深さ

この流れを振り返ると、往路は本当に不思議だった。
青葉山は修験道の山。
白髭神社では岩戸と磐座。
余呉湖は静かで地味に見えながら、実は天女の羽衣伝説があり、天日槍の伝承があり、菅原道真公の生誕地伝承まである。

しかも、丹後にも羽衣伝説がある。


私の母方は平家の落武者筋だし、こういう土地の伝承があとから自分の系譜や感覚とつながってくるのが面白い💡


旅の最中は「なんとなく寄った湖」でも、後から調べるとまるで点と点がつながるように意味を持ち始める。
静かな場所ほど、深い。

余呉湖はまさにそんな土地だった。



3月3日。祖霊とつながる日

そうして名古屋での日々が始まった。
母宅では毎日、清掃と整理整頓。
なかなかの重労働である。

だから時々、息抜きに出かける。


もちろん行き先は――神社である⛩️


そして3月3日。
この日は私にとって特別だった。

なぜなら、3月3日は一年のうちで最も先祖とつながる祖霊祭祀の日✨

雨の中、出かけようとする私を母は止めた。

でも私は言う。
「だって、3月3日だから!」

この一言である😊


菊理姫を求めて、日進市・白山宮へ

まず向かったのは、菊理姫を祀る神社を求めて、日進市の白山宮。
ここは古墳もあり、歴史ある古社。
さらに足王社があり、「サッカー神社」としても有名だ。
雨のお昼前。
境内には誰もいない。
貸し切り状態だった。

しかも、不思議なことに、着いた頃には雨も上がっていた。


祖霊祭祀の日に、ただゆったりと神社で過ごす。
思えば、これまでそんな日はあまりなかった。
「休みたいな」と思いながら、大抵は働いていた気がする。
でもこの日は違った。
急ぐでもなく、焦るでもなく、ただ静かに過ごす。
白山宮の空気は、そういう日にぴったりだった。

そして下っていくと、隣にお寺が見えた。


「龍谷寺」である。
山門の力強い仁王像。
観音堂。

そして龍谷観音は、まるで騎龍観音のようなお姿。


神社と寺が隣り合い、しかもそれぞれに静かな迫力がある。

こういう流れもまた、いいですね。


覚王山日泰寺で、またもや“ちょうど始まる”

次に向かったのは、名古屋市の覚王山日泰寺。
ここは、タイ国から贈られた釈尊の真骨を祀る、日本で唯一の「どの宗派にも属さない超宗派」の寺院。

しかも本堂には、1900年に旧シャム国王から贈られた金銅釈迦如来像が安置されている。


広い。
そして、空気が大きい。
線香を供え、父方母方の先祖へ祈りを終えた、その瞬間。
ドンドン……と太鼓の音が響いた。
あれ?
また?
中へ入ると、ちょうどお経が始まったばかり。
またしても守護霊ナビ発動か。

そう思いながら、その場で先祖のご冥福を祈った。


本当にこの旅、
「今ちょうど始まる」
が多い。
こちらが合わせに行っているのか、向こうが合わせてくれているのか。

たぶん両方なのだろう。


龍泉寺、そして“次の伏線”

続いて向かったのは、守山区の龍泉寺。
雨の中の龍泉寺は、しんと静かだった。

ここでも線香を供え、先祖の冥福を祈る。


すると右奥に、お城のような建物が見える。

なんだろうと思って近づくと、なんと円空仏や馬頭観音を所蔵する宝物殿だった。
うわ、見たい!
しかし残念ながら、開館は日曜と祝日のみ。
この日は見られなかった。
でも、ここで終わらないのが今回の旅である。
龍泉寺は名古屋城の北東、すなわち鬼門に位置し、徳川家康が尾張四観音のひとつと定めた寺院でもある。
そうか、また家康か。

関ケ原からこっち、じわじわ徳川ラインが続いている。


そして私はここで、日泰寺に傘を忘れてきたことに気づく。
あーっ!
でも、まあいい。
母宅からの帰りの日曜に取りに寄ろう。

そのついでに、龍泉寺の宝物殿も見ればいい。


この時はまだ知らなかった。

その「ついで」が、復路でとんでもない守護霊ナビを発動させることを。



(③へつづく)


高速道路では見えないものがある。

下道には、神社と街道と祖霊の物語がある。

〜街道に導かれて、鵜の瀬・白髭神社・余呉湖へ〜


二月の終わり。

丹後から名古屋へ向かうことになった私は、今回も愛車・コスパ最強ハイブリッド アルト「葉っぱ号」に乗り込んだ🚘️


けれど今回は、いつもと少し違う。
高速道路は使わず、一般道で寄り道しながら行く旅である。
浮いた高速代は、長浜の北近江リゾートへ。
温泉に入り、ゆったりラウンジで休める。
しかも夜間利用のプライベートルームを予約すれば、カプセルホテルのように泊まれるという、なんともありがたいシステム。
せっかくの一般道旅。
ただ移動するだけではもったいない。
そこで出発前、私は守護霊の皆さまにオーダーした。

「私たちの霊系にご縁があって、できたら“街道”を通りたいので、お願いしまーす🎵」


晴天🌞

小春日和🌸

旅立ちには申し分ない日だった。


まずは小浜・鵜の瀬へ

最初の目的地は、小浜の「鵜の瀬」。
これまで名古屋へ車で行く時は、たいてい高速道路。
だから途中の土地に立ち寄ることも、土地の空気を味わうことも、ほとんどなかった。
けれど一般道は違う。
地形のうねりや川の流れ、村のたたずまいまで身体に入ってくる。

下道は、やっぱりロマンだらけだ🎵


道中、高浜の「青海神社」に立ち寄った。
裏手へ回ると、青葉山を遥拝する場所があり、そのすぐ向こうには海。
山と海が一度に感じられる、清々しい場所だった。
お参りを終えて帰ろうとした時のこと。

神社横の小川の茂みから、ガサガサッと音がする。


何かいる!

じっと見ると、なんとイタチが出てきた。
しかも、しばらくこちらを見ている。
こちらも見つめる。
イタチも見つめる。

え、ちょっと待って?

イタチって、もっと夜行性で、すばしっこくて、一瞬で消える生き物じゃなかったっけ?

まさかの見つめ合いに、思わず笑ってしまった😆


今回の旅は、この時点ですでに「ただの移動」ではなくなっていた。
守護霊ナビへ、まさかの“街道指定”
鵜の瀬へ向かってルートを定めると、ナビが示したのは、私にとって見慣れない山側の道だった。
あれ?
いつもこのあたりは海側を走っていたはず。
不思議に思いながら進んでみると、その道は「若狭西街道」。
おお……。

ほんまに街道やん😃

出発前にお願いした
「できたら街道を通りたい」
というオーダーに、ちゃんと沿ったルートになっている。
偶然といえば偶然。
でも、こういう“妙に噛み合う感じ”がある時、私は「守護霊ナビ、来たな」と思う。
しばらく走ると、遠敷川(おにゅうがわ)が見えてきた。
風はやわらかく、川のせせらぎも心地いい。
小春日和の空気と水音に包まれながら橋を渡り、鵜の瀬へ向かう。

水を汲み、さらに奥の白石神社へ。


ところが周囲には、しっかりと「熊注意」の張り紙。

いやいやいや。

こんな陽気の日、もし冬眠明けの熊がいたらどうするの🐻

私は終始、心のどこかで怯えつつのお参りとなった。
でも、その怖さを差し引いてもなお、行ってよかったと思える場所だった。
圧巻の木々。
しっとりとした苔。
派手さはないのに、静かに深く沁みてくる空気。
川沿いを歩いて鵜の瀬へ出ると、目の前には翡翠色の水辺。

ほんとうに美しい。


その景色を眺めながら、持参したお弁当を食べた。

贅沢である。
ただし、熊が出やしないかと周囲を警戒しながら。落ち着いてるのか、落ち着いてないのか、ようわからん昼食であった。

動物たちは、歓迎のサイン?

今回の旅は、とにかく神社へ行くたびに「動物」が現れた。
青海神社ではイタチ。
白髭神社では猿。
犬山成田山ではカラスと猫。
振り返ってみると、本当に“動物日和”だった。
神社で生き物に遭遇すると、神様の歓迎の合図とも言われる。
もちろん全部を都合よく解釈するつもりはないけれど、それでもあまりに続くと、「ああ、今日はそういう日なんだな」と思いたくなる。
鵜の瀬では、さすがに熊は出なかった。

それだけは本当に良かった。


白髭神社で、湖と岩戸と猿に出会う

小浜から、若狭鯖街道の熊川宿を通り、今津、高島へ。ずっと行きたかった白髭神社へ向かった。

琵琶湖の中に立つ湖中鳥居。
写真では何度も見ていたけれど、やっとこの目で見られた。
やっぱり、肉眼で見ると違う。

水の広がりも、空との境目も、鳥居の立つ位置も、ぜんぶ身体に入ってくる。


さらに上の社へ向かうと――
いた。
お猿さんが。

いや、ひとりじゃない(笑)

お猿さん“達”が、たくさんいる🐵


ちょっと怖い。

でも、せっかくなので奥の岩戸社へ。


そっと覗いてみると、中はどうやら磐座のよう。
さらに社の裏手へ回ると、やはりそこにも磐座。

これがまた、すごく良かった✨

人工物の社と、もともとそこに在る岩とが、ちゃんと一続きになっている感じ。

私はこういう場所に、ものすごく惹かれる♥️


湖と岩。
水と磐座。

白髭神社は、有名な湖中鳥居だけで終わらない、奥の深い場所だった。


なんとなく寄った余呉湖が、後から効いてくる

高島から琵琶湖を北上し、時計回りに進む。
そして、なんとなく余呉湖へ寄ることにした。
本当に“なんとなく”である。
強く決めていたわけでもない。

ただ、行ってみようかなと思った。



余呉湖は静かだった。
湖畔をのんびり散策する。
派手な観光地のような賑わいはない。
でも、その静けさがいい。
声高に何かを主張するのではなく、ただそこに在る。
そんな湖だった。
宿泊先の北近江リゾートへ向かう途中、ふと神社が目に入った。
寄ろうかな……と思いつつ、いったん通り過ぎた。
するとその瞬間、カンカンカン、と踏切が降りた。
あ、これはもう「寄れ」ってことやな。

そう思って右折し、お参りしたのが

乎彌(おみ)神社

苔むした、渋い神社だった。
この時点では、余呉湖も、乎彌神社も、
「静かでいい場所やなあ」

くらいの感覚だった。


けれど、後から調べて驚いた。
余呉湖には、丹後と同じく天女の羽衣伝説がある。
さらに天日槍(あめのひぼこ)の伝承があり、菅原道真公が生まれ育った地とも伝わる。
えっ。
そんなに“うちの霊系”寄りの土地やったん?
しかも丹後とも響き合う羽衣伝説まである。
これはもう、後からじわじわ来るやつである。
旅の最中は静かで地味に見えた余呉湖が、実は深い物語を抱えた場所だったと知って、私はしみじみ思った。

守護霊ナビ、恐るべし!


北近江リゾートで、身体をほどく夜

その夜は長浜の北近江リゾートに宿泊。
温泉施設だけれど、夜間利用のプライベートルームを予約しておけば、カプセルホテルのような感覚で泊まれる。
ただし一度入館すると翌日まで外出はできないので、そこは注意である。
とはいえ、私はこういう
「入ってしまえば、もう今日は終わり」
みたいな感じが好きだ。
ゆったり温泉に浸かり、館内レストランで夕食をとる。
その後はラウンジで無料ドリンクを飲みながら、漫画を読んでごろごろ。
街道を辿り、川を見て、山を見て、湖を見て、神社を巡ってきた身体が、ようやくほどけていく。

こうして往路一日目は終わった。


けれど、この旅はここからさらに面白くなる。
翌日は、関ケ原。
戦国の気配が色濃く残る土地で、私はご先祖様に
「行くのはいいけど、どんなオマケを拾うかしれない。ちゃんと守ってよねー!」
と、たいへん雑なお願いをすることになる。

そしてその後、まさかの“便乗お祓いオチ”が待っていたのである。



(②へ続く)