〜関ケ原の“拾い物”と、便乗お祓い。3月3日の祖霊祭祀へ〜
北近江リゾートで温泉に浸かり、漫画を読んでごろごろして迎えた翌朝。
空は少し雨模様だった。
前日は、街道に導かれるように小浜から高島、余呉湖へと進み、後から思えば自分の霊系と不思議に響き合う土地ばかりを巡っていた。
静かな余呉湖が、丹後と同じ羽衣伝説を持ち、天日槍や菅原道真公とも関わる地だったと知った時は、さすがに「守護霊ナビ、やりおる😘」と思った。
そして翌日。
今度は、いつも高速で素通りしてしまう場所
――関ケ原へ向かった。
関ケ原へ、ご先祖様と一緒にGO🚘️🎵
高校生の頃、私は山岡荘八の歴史小説を読みまくっていた😆
吉川英治も大好きで読みまくっていた📚
だから関ケ原という地名には、ただの地理以上の響きがある。
とはいえ、現実問題として戦場跡に行くとなると、ちょっと気になることが。
こういう土地は、何を拾うかわからない😅
そこで私は、徳川方の雑兵だったかもしれないご先祖様たちに心の中で声をかけた。
「行くのはいいけど、どんなオマケを拾うかしれない。ちゃんと守ってよねー!」
お願いの仕方が雑である😂
でも、これが私らしい。
道の駅に寄ると、土産物は戦国武将だらけ。
それだけでもうテンションが上がる😍
さらに関ケ原古戦場記念館へ入ると、兜、甲冑、書状、刀、掛け軸……もう目が爛々である。
中でも驚いたのが、徳川家康の兜(かぶと)。
あの兜は、大黒天の頭巾をかたどった「大黒頭巾形兜」だという。
えっ、そうなん?!
知らんかった!
家康という人物が、単なる武将としてだけでなく、信仰や象徴の世界ともつながって見えてくる。
こういうの、たまらんデス♥️

最上階の展望台に上がると、すぐそばに「徳川家康最後陣跡」が見えた。
それ行くぞ❗
ご先祖様たち、さぁ参りましょうぞ🥰
そう思って足を運び、神社では戦国時代の御霊のご冥福を祈った。
自分のルーツかもしれない人たちと、土地の記憶と、今の自分が一瞬重なるような、なんとも不思議な時間…。
犬山成田山で、まさかの“便乗お祓い”
関ケ原の次に向かったのは、犬山成田山。
正式には「大本山成田山名古屋別院大聖寺」。
千葉の成田山新勝寺の別院で、不動明王を本尊とする真言密教のお寺である。

車を停めると、正面の柵にカラスが一羽。
かなり近い。
私が車から降りても、逃げない。
あれまあ、とクッキーをあげると、すぐに食べた。
お弁当の残りのキッシュもあげると、今度はそれをくわえて飛び去っていった。
この旅、ほんまに動物がよう出る。
お参りを済ませると、見晴らしの良い境内から犬山城も見えた。

散策がてら回り道をして降りていくと、今度は猫。
カラスの次は猫🐱
もう今日はそういう日なのだろう😊
そのままお土産売り場の隣へ入ると、小さな祭壇のような場所があった。
手を合わせて、さあ帰ろう――
その瞬間。
お坊様が出ていらして、御祈祷を始められた。
なぬ?
何の行事?
誰の御祈祷?
よくわからない。
でも、もう始まっている!
中には60歳ぐらいのご夫婦と私の三人だけ。
え、これ、いていいやつ?
内心かなり焦りつつも、今さら立ち去る方が不自然である。
なので私も手を合わせ、そのまま参列した。
御祈祷が終わると、そのご夫婦は交通安全祈願の御札を授かっておられた。
……あれ?
もしかして私、便乗しちゃった?
けれど、もう、どーしよーもない😂
ご夫婦が出られるタイミングで、私もスーっと一緒に退場した。
そしてその瞬間、ハッとした👀‼️
「守護霊さん達よ! これが今日のオチ?
関ケ原で“拾い物”の心配をしたから、お祓いで払拭するオチなん?」あとでペンデュラムで確認すると、「はい」で回る😅
ちょーっと、はずかしーんですけどー‼️😂
でも考えてみれば、カラスと猫で絶妙に時間調整されていたのかもしれない😲
密教法具の太鼓と鐘、お祓い棒、不動明王のマントラまで入った本格仕様。
もし、うっかり戦国時代の未浄化霊が何かしら便乗していたとしても、これはもう成仏するしかないやろ、と思った。
関ケ原で
「ちゃんと守ってよねー!」
と言ったその返事が、まさか
「はいはい、じゃあ犬山で便乗お祓い入れときますね」
だったとは。
守護霊ナビ、仕事が細かい😆
後からわかる、余呉湖の深さ
この流れを振り返ると、往路は本当に不思議だった。
青葉山は修験道の山。
白髭神社では岩戸と磐座。
余呉湖は静かで地味に見えながら、実は天女の羽衣伝説があり、天日槍の伝承があり、菅原道真公の生誕地伝承まである。
しかも、丹後にも羽衣伝説がある。
私の母方は平家の落武者筋だし、こういう土地の伝承があとから自分の系譜や感覚とつながってくるのが面白い💡
旅の最中は「なんとなく寄った湖」でも、後から調べるとまるで点と点がつながるように意味を持ち始める。
静かな場所ほど、深い。
余呉湖はまさにそんな土地だった。
3月3日。祖霊とつながる日
そうして名古屋での日々が始まった。
母宅では毎日、清掃と整理整頓。
なかなかの重労働である。
だから時々、息抜きに出かける。
もちろん行き先は――神社である⛩️
そして3月3日。
この日は私にとって特別だった。
なぜなら、3月3日は一年のうちで最も先祖とつながる祖霊祭祀の日✨
雨の中、出かけようとする私を母は止めた。
でも私は言う。
「だって、3月3日だから!」
この一言である😊
菊理姫を求めて、日進市・白山宮へ
まず向かったのは、菊理姫を祀る神社を求めて、日進市の白山宮。
ここは古墳もあり、歴史ある古社。
さらに足王社があり、「サッカー神社」としても有名だ。
雨のお昼前。
境内には誰もいない。
貸し切り状態だった。
しかも、不思議なことに、着いた頃には雨も上がっていた。

祖霊祭祀の日に、ただゆったりと神社で過ごす。
思えば、これまでそんな日はあまりなかった。
「休みたいな」と思いながら、大抵は働いていた気がする。
でもこの日は違った。
急ぐでもなく、焦るでもなく、ただ静かに過ごす。
白山宮の空気は、そういう日にぴったりだった。
そして下っていくと、隣にお寺が見えた。

「龍谷寺」である。
山門の力強い仁王像。
観音堂。
そして龍谷観音は、まるで騎龍観音のようなお姿。

神社と寺が隣り合い、しかもそれぞれに静かな迫力がある。
こういう流れもまた、いいですね。
覚王山日泰寺で、またもや“ちょうど始まる”
次に向かったのは、名古屋市の覚王山日泰寺。
ここは、タイ国から贈られた釈尊の真骨を祀る、日本で唯一の「どの宗派にも属さない超宗派」の寺院。
しかも本堂には、1900年に旧シャム国王から贈られた金銅釈迦如来像が安置されている。

広い。
そして、空気が大きい。
線香を供え、父方母方の先祖へ祈りを終えた、その瞬間。
ドンドン……と太鼓の音が響いた。
あれ?
また?
中へ入ると、ちょうどお経が始まったばかり。
またしても守護霊ナビ発動か。
そう思いながら、その場で先祖のご冥福を祈った。
本当にこの旅、
「今ちょうど始まる」
が多い。
こちらが合わせに行っているのか、向こうが合わせてくれているのか。
たぶん両方なのだろう。
龍泉寺、そして“次の伏線”
続いて向かったのは、守山区の龍泉寺。
雨の中の龍泉寺は、しんと静かだった。
ここでも線香を供え、先祖の冥福を祈る。
すると右奥に、お城のような建物が見える。
なんだろうと思って近づくと、なんと円空仏や馬頭観音を所蔵する宝物殿だった。
うわ、見たい!
しかし残念ながら、開館は日曜と祝日のみ。
この日は見られなかった。
でも、ここで終わらないのが今回の旅である。
龍泉寺は名古屋城の北東、すなわち鬼門に位置し、徳川家康が尾張四観音のひとつと定めた寺院でもある。
そうか、また家康か。
関ケ原からこっち、じわじわ徳川ラインが続いている。
そして私はここで、日泰寺に傘を忘れてきたことに気づく。
あーっ!
でも、まあいい。
母宅からの帰りの日曜に取りに寄ろう。
そのついでに、龍泉寺の宝物殿も見ればいい。
この時はまだ知らなかった。
その「ついで」が、復路でとんでもない守護霊ナビを発動させることを。
(③へつづく)