長い略歴シリーズの続きです。こういうの嫌な方は華麗にスルーですよ(笑)
【田島由美子 49歳の略歴⑨】35歳で田舎に戻り、そして再婚、双子を産む。
●35~38歳 新しい生活が始まる。
実家(島村)の近くの埼玉県深谷市のアパート(当時2DKで55.000円)を借りて、長男(5歳)と田舎での再スタート。
仕事は深谷市の特別養護老人施設(特養)での介護職。重度の寝た切りの利用者さんが多かったけれど、脳性麻痺で身体は硬縮されていても知性はとても高い方がいらした。
居室でパソコンを使って、本や音楽のカセットをご自分で編集して貸して下さる。この方は、哲学的なお話も面白くて、大変勉強になりました。
この施設のスタッフがほとんど20代で(※まだ介護保険制度が始まったばかりの頃)皆さんの意識が高くて、仕事が楽しかった。私は「レク担当」という役目を頂き(※もちろん身体介護の他にですよ)
特養の利用者さんが出来る様なレクを考えました。
まずは、一日中スピーカーで音楽を流す事にしました。
当初は施設内がシーンとしていて「病室」という雰囲気だったので、「音楽を流しても良いですか?」とチーフ(年下の男の子)に聞くと「良いですよ」と!
どんな曲が良いだろう?まずは利用者さんが解る様な昔の曲。
童謡や唱歌、そしてクラシック、ヒーリングミュージック。
これは普通だと思います(笑) そこにプラスして私は働いている、若いスタッフのモチベーションが上がる様な曲も流しました。
当時はミスチル、ジャニーズ、スピッツ、浜崎あゆみ、安室奈美恵(笑) CDを借りて来てセットすると、なんだか楽しく介護出来る。
利用者さんが快適な事はもちろんなのですが、働く人が快適な事も大きな意味で大切です(*^^*)
施設長も若かったので「おっ!良いね!アムロちゃん」なんて、喜んでくれて何のおとがめもなく(笑)いい職場でした。
利用者さんが「氷川きよしが聴きたい」とか(笑)
音楽の持つエネルギーはすごいです。
変な話なのですが、例えばオムツ交換の時間やシーツ交換の時間に、
「ああ大変だなぁ~」と思う訳ですが、バッハやスピッツの曲なんかを聴きながら自分の意識を高い所まで持ち上げて仕事をすると、何十人という大変なオムツ交換も、不思議に別の気持ちで出来るのですよね。
瞬時に、高い所まで行けるのできつくない。
そういう意味でも、音楽、欠かせないと思います。
後に接骨院でもスタッフがマッサージしている時に、お客様のためもありますが、スタッフにモチベーションを持続してもらう為にも、音楽をかけてました。モーツァルトとか、ハワイアン、ボサノバ、何でもジャンルは問わず、気持ちが上がる様な曲を。
そのうち皆が、好きな音源を持って来て流してました。
話が反れましたが、仕事って、ちょっと発想を変えるだけで楽しく出来ますよね。
どうせやるなら、楽しくやりたい(*^^*)
辛そうにやりたくない(笑)
それから、介護職ではお年寄りの「死」を観る事がたくさんありました。特養だから重度の方が多かったのもそうなのですが、昨日まで元気に笑っていらした方が、突然夜中に急変して亡くなる。そういう事があります。
看護師、医師が同じ中にいたので、すぐに連絡しますが、心筋梗塞や脳出血等で「あれ?」と思う間に亡くなる事が。
朝、出勤すると「○○さんが亡くなったよ」。家族は一度も面会に来ないという方もたくさんいらしたので、静かな喪です。
「死」が普通に日常に存在する場所。
そして本当に不思議に思うのですが、だんだんと死に近付きながら、身体は衰えて行くのに、魂はその方そのままの姿を、色濃く現していて、それは例えば認知症になっても、その方の本当の魂の姿は変わりません。
これはお年寄りの介護を体験したから、解った事なのですが。一見ちぐはぐな様な事を話している様に思えても、奥まで観ていくと、その人の本当の姿に出逢います。
人間が外側の姿、身体だけで生きているのではなく、魂、エネルギーで生きているという事。それを学ぶ経験だったのかもしれません。
それと、身体の自由が利かなくなると、生まれた頃のご自分に戻り、エネルギーが自由に?敏感に反応する方が多くて、
「あなたは、もうすぐ何処かに行っちゃうだろうね」
「私はここにいるよ。大丈夫よ」
「いや、あなたはここにずっと居ないよ。私には解る」
とか(笑)預言される。
当時は「ボケたのかな?」なんて思っていたけれど、あれは本当に見えているんじゃないかな(笑)と今は思います。真面目に!
それで、その預言通りに(笑)36歳で再婚して、38歳で双子が生まれました(笑)
それからは、ずっと夫の接骨院を手伝いました。
接骨院の仕事では、人間の心の奥を観るという事、患者さんから出て来た言葉は本当の思いではない、という事を学びます。
続く。
