続きです。何度も言いますが、興味のない方は華麗にスルーでお願いします(笑)
【田島由美子 49歳の略歴⑤】18~35歳までの東京時代
●18~20歳 東洋大学短期大学(日本文学科)時代
時はバブル突入期。ブランドファッションの全盛期。
当時の流行りは2極化していて、J&R、ピンクハウス、ミルク、ペイトンプレイス、ニコル、BEGI、ブルックスブラザーズ、ラルフローレン、フィッチェ、コムデギャルソン、なんていうアメリカ?イタリア?日本?ブランドを着ている人と
アート系の、ハリウッドランチマーケット、エイプ、文化屋雑貨店、古着のシカゴ、代々木のフリマ、の服をオシャレに着ている人に、綺麗に分かれていました。
私は、何しろ貧乏学生だったのと、田舎育ちでセンスが全くなかったので(笑) どちら側にも行けず、無難な服を着ていました。ニットのワンピ、ブラウスにロングスカート。ジーンズにシャツ。至って普通。
まぁ実際「垢抜けない」とも言います(笑)
東京の物価にまず驚きました。田舎では、タダの野菜や果物が(田舎で野菜は、畑に生えているもの。近所の農家から貰うものという認識)普通に、ネギ→300円、苺→600円、キャベツ→350円て( ̄▽ ̄;) 買えません。。。
このままでは飢え死にすると思い、すぐにアルバイトを探しました。白山キャンパスの近くの喫茶店(当時はカフェではなく喫茶店です(笑))
時給は確か当時(30年前)780円でしたが、野菜の高さにショックを受けた私は、つべこべ文句など言っている場合ではありません。しかも賄いご飯付き!
アルバイト先のオーナー夫妻は画家さんで、昼間の大学生の他に、夜になるとアートスクール系やデザイン系のお客様や、外国人の方が常連さんでした。
その他に、東京のオシャレな私立高校の生徒がお茶しに来ます。その大人っぽさにビビる私。
「アイミティー」「ラッシー」「ブラッディマリー」「カルアミルク」(喫茶店ですがお酒も出します)
島村にはそんな単語はなかったので、オーダーを受けても、一体なんの事だか解りません(笑)
ランチもチキンカレーや数種類のパスタや、ピラフを500円代で出していて学生向けに大盛りだったので、いつも混んでいました。本当に、賄いご飯が本当に美味しくて(笑)
短大は大学と同じキャンパスにあったので、映画サークルとスポーツサークルを掛け持ちして、
映画の撮影や、テニス合宿、コンパ(飲み会の事)、カラオケ、ディスコ(笑)、まさに青春時代(笑)
それに、地味なのが良かったのか?
東京に行ったら何故かモテて!
(たぶん田舎っぽさが新鮮だったのでしょう!)
6人の方から「付き合って」と言われビビる(笑)
その中で、私が望んだのは(←何様ですか?)外見はジミーちゃんに似ていて背も低い、でも本当に本当に心が綺麗でめちゃくちゃ優しい人でした。その人と、6年間お付き合いしたのですが、今でも本当に感謝しています。
(※夫にも話してあるので、ご安心下さいね(笑))
勉強は?勉強は?と思いましたよね?
そして、そんなに浮かれ気分でいたら、えらい目に会ったんじゃないの?それに田舎に戻って来てるじゃない?と思いましたよね(笑)
もしかすると(視点を変えると?)
そうなのかもしれませんが、
「行動して体験して失敗する事」(でもなんとかなる)と
「行動せずに失敗もしない」(でも本当は失敗が怖い?)
どちらが良いのか、正解はないのです(笑)
そもそも、失敗ってダメな事なのかな?
いえいえ。自分が失敗すると、相手の失敗も赦せるんです。
そして、若い事の特権は、何度、失敗しても大丈夫だ
という事なのです。失敗もちゃんと経験になるから、本当に大丈夫なのですよ。(*^^*)
続く。(もはや略歴ではなくなって来た(笑))
