島村村民運動会の続きを
UPしようと思っていたら、
何故か?写真が消えてしまったので(((^^;)
下の双子の昔(2~3年前)の写真を載せながら
続きを書きますね♪
結びのストーリー。
島村村民運動会には、
私はなんだかんだと
子供の頃から出させて頂いてます。
(※上京していた時を除いて)
昔はここの旧島小学校(利根川の南側)と
旧ひばり保育園(利根川の北側)園庭とで
順番に開催されていました。
子供の頃の記憶はというと
いつもは強面(こわおもて)のオジサンや
ちょっと近寄り難い様なオバサンが
村民運動会の時は、
子供に還った様に楽しんで
笑って、ムキになって
競技をしていたり
応援しているのが
良いなぁ~~と思っていました。
今はお昼休憩に皆さんが家に帰りますが
当時は、お弁当も持参して
隣組の人達と一緒に食べたんですよ。
当時(39年前)の晴れの日のお弁当は
卵焼き、魚肉ソーセージの炒めたの、
筑前煮、でんぶの入った太巻き寿司、
おいなりさん、胡瓜の漬物、
キンピラゴボウ、青いトマト、
自家製の沢庵が1列、ピーナツ味噌、
じゃがいもの天婦羅、茄子の天婦羅、
カトキチの蟹コロッケ、
マルシンハンバーグ、
等々の懐かしいご馳走でした。
そして、まだ午後の部があるのに
早くも御神酒を一献されている男衆もいて
子供心に、なんだかいいなぁ~
早く自分も大人になって
御相伴に御呼ばれしたい
と思ったものです。
中学、高校時代は年頃だったので
『村の運動会なんか、恥ずかしい』と
出なくなってしまったけれど
頭の何処かでいつも
『○○のおばちゃんは元気にしてるかな?』
『○○のおじいさんはいくつになったんだろう?』
と考えていました。
いつも、掌に、青いミカンや茹でた栗、
お菓子をポンと乗せてくれたおばあさん。
むいた柿や梨、手作りの炭酸饅頭を
持たせてくれた、おばあさん。
美味しい果物やお菓子は、
いつも村に住んでいるあちこちの
おばあさんが子供たちに持たせて
くれてしまう。
そういう良い時代が、ありました。
私が18歳から上京して35歳まで
住んでいた東京では
とても時間の流れが速くて
マンション住まいだったので
もちろん、住民の運動会なんかなくて
子供の頃のように、
利根川や近所の畑や、
近所のお婆さん宅の縁側や
機織り小屋に上がって
お菓子を食べながら
座り込んで、ボーッと
自分の想像の世界に入って
考えている様な時間なんか無くて
地下鉄でも山の手線でも
ちょっとでも立ち止まると、
後ろの人がぶつかってしまうので、
どんどん速足で歩かないと
いけませんでした。
でも、いつしか、そんなスピードに
慣れてしまいました。
そして、村民運動会の事は
何年も忘れていたのに
何故だか不思議なことですが
島小学校に下の双子が
通学することになり、
引き寄せられた様に
糸が結ばれて
子供の頃から30年以上経った
49歳の今も、
また生まれ故郷の島村に住んでいる。
5年前から、下の双子たちと一緒に
島村村民運動会に参加させて頂いて。
1年ぶりに逢う方と、お互いの近況を
報告しあったり、ご挨拶に行かせて
頂いたり。
もう50歳になるというのに
昔のように『由美ちゃん』と
呼んでくれる田舎の人達。
今、生きている人達と
亡くなられたご先祖の人達。
当たり前だけど、
みんな顔や身体付きが似ていて
あれっ?と思う。
この子は、○○さんちのお孫さん。
この子は、○○さんちの御兄弟。
そのご親戚や、若い人達のお友達。
新しく引っ越して来た人達と
都会から時々、帰って来る人達と。
ひとつの糸でちゃんと
結ばれている。
この生まれ故郷の島村という土地の力と、
温かい島村の人達の人間力。
本当にありがとうございますm(__)m
(記録用)
双子の娘の3年生の頃。

少人数の実践授業の様子。

元島村勧業会社の跡地。(現在は島村ライフタウン住宅内の公園)

家から、この小路を抜けて60秒で
群馬県立伊勢崎市境島小学校に通っていました。(※小学校1年~4年迄。現在は少子化により廃校となる)


地元の民生委員さんと。

富岡製糸と共に世界遺産登録された
田島弥平旧宅も間近にあります。

旧群馬県立伊勢崎市立境島小学校での
体験授業の様子。

手が真っ黒に反応して、驚く双子の息子。

公園の水路にジャブジャブ入る。

お祭りの前に、ピース♪

故 関口はつさん。元祖島村娘。

(記録用)
2016年3月31日に廃校となった
群馬県立伊勢崎市立境島小学校。
田島弥太郎博士など
数々の偉人を輩出し
昭和の教育者として名高い、
斎藤喜博先生の実践授業が
この島小学校で生まれて
全国から何万人もの見学者が
訪れました。
後に、ノーベル文学賞作家となる
若き日の大江健三郎氏が島小学校を
見学して、ここに日本で一番素晴らしい
学校があると言われ、
『未来に繋がる教室』を著し
近代映画協会の新藤兼人監督が
島小学校の記録映画
『芽をふく子供たち』を
撮影しました。

今、島村住民の声を
反映させながら
伊勢崎市がこの校舎を
未来に繋がる形で新たに
生かせる様、審議中だそうです。
この歴史のストーリーを継承し
いつまでも語り継がれる様に
そして、伊勢崎市の未来に繋がる
ストーリーがまた結ばれます様に。
そしてまた来年も第40回島村住民レクリェーションがこの島小学校校庭で開催できる様に。心より、お願い申し上げます。