忘れない記憶② | 島村寺子屋まなび塾&ハポス治療院  公式ブログ

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国家資格の柔道整復師であり、心とからだのセラピスト歴28年のハポス田島があなたのつらい痛みを一緒に治して行きます。

あなたのその繰り返す痛みと辛さは???
自分自身に向き合う方法を、一緒に考えて行きましょう。


40年前の
島村には、色々な人が住んでいた。
そして、人情があった。

※ここからは、繊細な表現になりますので
嫌な方は飛ばして下さい。(記録用)

ちょっと、呆けたおばあさん。
お店に買い物に来ると(当時、実家は雑貨店)同じ事を何度も何度も繰り返し。

祖母はそれを『そうかい、そうかい』と
普通に聴いてあげて、お茶や饅頭を
出してあげる。

近所に届け物をすると(子供の頃)

脳溢血(と当時は呼んだ)でちょっと、
手脚が片方固まってしまい、いつも畳の上を這っているおばあさん(でも生活は出来ている)が

自分が大変なのに、不自由な手でお返しに
ミカンを私の手にヒョイと乗せてくれた。

県境(隣が深谷市)の友達が、
遊びに来て、大切にしていた人形をさっと
持って行ってしまった時に
祖父がカンカンに怒って取り返しに行ったこと。(その後、その子は遊びに来なかった!)

大人なのに、仕事に行かないで
いつも土手で魚釣りをしているオジサン。

困った人が訪ねて来ると、おむすびや
少しのお金をさっと渡していた祖母。

良いときも、悪いときも有るんだから。
と言って。

夜になると、近所の人が来て、
祖父とお酒を飲んで仕事の話をしている。

囲碁を打つパチッという音。
炬燵の練炭が赤く燃えている。

それを、横目で見ながら
祖母とTVを観ていた。

ある日、新しいバイク(スーパーカブ)が届いて

いつもの様にふざけて乗ろうとしたら、
絶対に私には、怒らない祖父が『触るな!』と始めて怒った事。

(危ないのと、今思えば、新車を子供に汚されたくなかった!!!のだ!!!)

子供の頃、夜中まで居間で本を読んでいると(まだ自室がなかったので)祖父に
『夜中は身体に毒だよ』と電気をパチンと
消されてしまったこと。

私が東京に出てから(18歳~35歳まで東京に居ました)

祖父が家で死ぬまで
(祖父は病院が嫌いで、最期まで家で暮らした)村のお医者さんが往信に来てくれた。

このお医者さんは、家族の主治医で誰かが風邪をひいた時も往信に来てくれて、廊下に消毒液の手桶とタオルを祖母が用意しておく。