こんばんは♪ゆみこです(*^^*)
ここからは私の話ですので、嫌な方は
飛ばして下さい。(記録用)
子供の頃の私の記憶。
40年前の事。
3歳から群馬県伊勢崎市境島村の日本基督教団島村めぐみ保育園に通いました。
プロテスタントの教会で、毎日が礼拝と共に始まり。
『みんなが良くなります様に』と
毎日、お祈りを。
この記憶は、今でも身体の奥に。
当時の先生は、真壁名誉牧師ご夫妻。
そして、
群馬県伊勢崎市境島小学校に上がってからは6年間、父母(離れの家)とは別の母屋で祖父母と叔母と暮らしていて、(※これについては後で)
全校生徒が100人に満たない、
田舎の小学校(群馬伊勢崎市境島小学校)に通い、当たり前の様に、普通に島村にあった島小教育を受けて
揉まれるとか、競争とかけ離れた
満ち足りた世界で
ありのままの自分で生きていた。
色々な子供たちがいたけれど
それぞれの、持ち味を認めて
全員が同じになる様に、なんて
言われた事もなく
それぞれのままで、そのままで
愛されて
矯正されずに
木造校舎で、個性あふれる先生達と
図書室の本を好きなだけ読んで
自分でシナリオを書いての創作劇や、
音楽の合唱、ダンス(ビバルディの四季に合わせて創作ダンス等)
利根川の土手で芝すべりをして
利根川で溺れそうになり
裸足でのドッヂボール
手作りの給食室の、給食のおばさんとの
オシャベリや
用務員のおじさんの部屋で、暇つぶし。
夏休みは、毎日好きなだけプールで泳いで
(1キロメートルくらい、ダラダラと遠泳の練習)そのまま帰宅して、泥の様に昼寝をして。
島村の何処を自転車でこいでいても
『ゆみちゃん、どこへ行くん?』と
大人が気にかけてくれた。
島小学校から、帰ったらランドセルのまま
近所の機織り(はたおり)のおばあさんの
家に、行って
きーぱたん。きーぱたん。
きーぱたん。きーぱたん。という
機織りの音を聴きながら
機織りのおばあさんが出してくれた
お菓子を食べて、お茶を飲んで
(お菓子はなぜだか、半紙に包まれている)
退屈になったら、家に帰る。
それが、当たり前の世界で生きていた。
勉強は、した記憶がないけれど
本当に豊かな島村で、育ててもらって
いたんだと思う。
だから、何か、辛い事が起きても
自分の軸がぶれたことはないのです。
小さな田舎で、育ったけれど
ここでは、自分のままで、何も気負うことなく生きていたのに、
回りの大人が認めてくれて。
だから、この場所(記憶の場所)に
戻れば『私は大丈夫なんだ!!!』と
いつも思うから。
揉まれた事も、競争した事も、ないけれど。
とても、豊かな記憶。
