生と死 1 | 島村寺子屋まなび塾&ハポス治療院  公式ブログ

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国家資格の柔道整復師であり、心とからだのセラピスト歴28年のハポス田島があなたのつらい痛みを一緒に治して行きます。

あなたのその繰り返す痛みと辛さは???
自分自身に向き合う方法を、一緒に考えて行きましょう。


こんばんは♪妻です(*^^*)

ここからは、私の考えですので嫌な方は飛ばして下さいね♪

『生と死』について。

ちょっと重いテーマですが、つらつらと書いてみますのでよろしくお願いします。

私が最初に『死』ということを考えたのは、今でもよく覚えているのですが、7歳の頃です。

近所の歳上のお兄さん(当時5年生だったと思います)と、同級生と、3人でお墓で遊んでいて、ハッと。

※都会の若い方には考えられないかと思いますが、40年前の島村の田舎で遊ぶ場所というのは

『空き地』(公園なんかありませんので……)

『大きな養蚕家屋の広大な庭』(子供は自由に出入り出来ました。庭で遊んでいても何も言われませんでした)

『2階の養蚕室の空き部屋』(走り回れる、そして何故かここで大人に内緒でコックリさんをよくやった!!!)

『利根川の土手』(シロツメクサを編んで首飾りを作ったり、芝滑りをしたり、利根川で泳いで流されそうになったこともあります……)

『お墓』(島村は家のそばに、集落ごとにお墓があるのでお墓がとても身近な存在です)

で、お墓でいつものように、かくれんぼをして遊んでいて(不謹慎ですが、お墓はかくれんぼにはもってこいの場所です)

歳上のお兄さんが、御供えされていたお菓子を(確か栗饅頭を!)ひょいと口に淹れたのです。

モグモグ モグモグ。

私は、ものすごく驚いて『食べていいの?』とお兄さんに聞き、人のものを食べるなんて?どうして?というか、なんとも言えないような気持ちに。

お兄さんは『いいんだよ。もう死んでるんだから』と墓石を指差したのです。

何だか、その時に堂々と
栗饅頭を食べるお兄さんの行為を見て
(この行為が正しいとか、正しくないとか以前に)

私の中で初めて7歳の時に『死』という概念が生まれたのです!!!

で、その日、帰宅しておばあちゃんに
(※当時父母と弟達は離れに住んでいて、私は母屋に祖父母と叔母と一緒に住んでいました)

『死にたくない~~!死ぬのが怖い~~!』と夜中になるまでしつこく、泣きついた記憶があります。

おばあちゃんは『まだ死ぬのは何十年も先だから』と頭を撫でながら笑っていましたが

当時の私にとっては、今までお墓は家のそばにあって、身近にあって、そこになにかが(嫌な方は飛ばして下さいね♪)存在していて、常に言わずもがな『そこに居てくれている』という暗黙の先人の存在を

『死ぬって、無くなっちゃうことなの?』と驚いて

『いいんだよ。もう死んでるんだから』と
いう、その歳上のお兄さんの概念に触れたんですよね。

7歳だった私は、それがとてもショックだったのです。


そして、死んだら、本当に全部無くなるのだろうか?(嫌な方は飛ばして下さいね♪)という事を考えるようになりました。


続く♪