セクシャリティについて話すことは恥ずかしいこと?
セクシャリティに向き合うって、大事なことを大事にすることでもそんなこと、誰も教えてくれなかった性について、ちゃんと触れていいっていうことセックスの話を、わたしを愛するために話していいっていうこと自分の体をどうやって愛せばいいのか感じるってどういうことなのか性エネルギーってなんなのかどれも、わたしがわたしとして生きていくためにとても大切なこと命を生きるってことに、直結してることばかりだけど、そこに触れるには、いくつもの壁があるはしたない、はずかしい、いやらしいいかがわしい、必要ない、関係ない、たとえ興味があったとしても、どこにも入り口がなくて、彷徨い続けてるひとたちも、いるんじゃないかな自分の体を、自分でどれほど愛おしいと感じてる?ヨニって、外側も内側も、ひとりとして同じ人はいないって知ってた?エクスタシーやオーガズムって、なんのことか知ってる?わたしの体、わたしの心、わたしの性エネルギーなのに、それが何なのかわからない、知らない、興味ないそう思うことが、貞淑さだと思い込めば思い込むほど、わたしたちは自分の命が生まれた源からどんどん切り離されていく自分の中にある、命を育んで生み出すエネルギーを、どうやって日常的に体験し、養っていくのかそしてそのことが、いかに自分という存在価値や自尊心と繋がっているか性に向き合っていくということは、自分の命の根っことつながっていくとても大切なプロセスそれを、恥ずかしい、はしたない、で切り捨てるのは、あまりにももったいない自分の体、心、性エネルギーそこへの見方が変わるだけで、わたしという存在に対する感じ方は、がらっと変わっていく