帰宅難民となり、職場で夜を明かしたその翌日の土曜日も、

そのまま半日仕事をした。

始業時間となっても今一つ仕事に乗り切れない自分がいた。

ワンセグで見た壮絶な光景・・・

「綺麗な街が、美しい日本が・・・大変なことになってしまった。」

ただそれだけの想いが頭をぐるぐると巡っていた。

そこに思考力はなかった。


職場のポットでお湯を沸かしてぼんやりしながら

即席のしょうが湯を飲んだ。

朝の段階ではまだ電車もろくに動いていなかったし、

バスも激混みでダイヤはめちゃくちゃだろうから、

きっと外来の患者様は来ないだろうと思っていた。


しかし!来た!!

少々予約時間を遅れたが、来た!

しかもいつものルートでは遅くなると思い、

回り道をしてバスを乗りついで来てくれた!



これはぼーっとしている場合じゃない!

患者様を前にしたら、プロなんだからちゃんとやらなきゃ!

霧で曇っていた頭が、一気に晴れた。

ありがたかった。

もう少しでプロ意識を失うところだった。

私はまだまだ未熟者だ、と思い知らされた。


ショックばかり受けている場合ではない。

自分が今やるべきことをしっかりとこなさねばならない。

当たり前のことなんだけど、もう一度そのことを噛みしめた。




・・・続く。
3.11

忘れられない一日。

東北から関東を襲った大地震と大津波。

被災された皆様、地震や津波を経験した皆様が

一日でも早く心穏やかに暮らせる日が来るようお祈りしています。

私も自分が出来ると思ったことは何でもやろうと思っています。


・・・・


その日は半日勤務で残務処理をしてから、

ばあちゃんの病院に行くぞ!と勇んでチャリに飛び乗って

職場を後にした直後。

ワサワサワサ・・・となんか周りの雰囲気がざわめいている感じ。

見上げると電線が激しく揺れている。

その時は上空で強風が吹いているのかと思っただけだった。

しかしそのまた直後。

自転車のハンドルがきかなくなる。

視界が回る・・・眩暈か?!

いや、地震だ!!・・・やっと気付いた。

近くの民家から人が出てくる。

車からも人が降りてくる。


大きな揺れがおさまってからいつも通り駅に向かった。

その途中途中、家の瓦が壊れていたり、

めちゃくちゃになったお店の棚を見たりした。

転んだのかおばあちゃんがうずくまっていて人だかりになっていた。

幸い、立ち上がることも出来ていて大事に至らなかったようだ。


駅に到着すると構内立入禁止、駅ビル内も立ち入り禁止。

ちょうどシャッターが閉められている場面だった。

駅前の交番ではスピーカーで避難場所のアナウンスをしている。


やっとただ事ではないと自覚し始めた。

ちょっと考えればあれだけの揺れであれば、

電車だって止まるし、電話だって通じないし、

もちろんそれ以上のことも考えられるはずだが、実際に被災すると、

頭の中は「まさか、そんなはずは・・・」といつもの普通の生活を

考えてしまう。いつものパターンが崩されるのを無意識に否定している。


しかし現実は現実。

帰ることはできず、職場へ戻った。

そして帰宅難民となり職場で一夜を明かすことに。

同じく帰宅難民となった同僚たちとワンセグでニュースを見て

愕然とする。

大地震と大津波。こんなことが同じ日本で起こってるなんて。

福島も宮城も岩手も・・・旅行して大好きなところだった。

あんなに美しい街が、そして日本が大変なことになってしまった。

余震も多い中、恐怖を感じながら一晩を過ごすことになりました。



・・・続く。
よく「反省はしてもいいけど、後悔するな」って人から言われたり、

自分でもそう思ってみて行動したりする。

でも、後悔がなければ反省はできない。



私はいつでも、ああまだあれもできたかも、これもやればよかった等など

後悔だらけ。いつも何かを悔んでる。

後悔している時ってとても苦しい。辛い。



うっかりと言ってしまった配慮のない言葉。

素直になれず意地を張ってしまったこと。

・・・数えだすとキリがない。



それらに対し、とにかく私は思いっきり後悔する。

どっぷりと後悔につかる。

自己嫌悪で吐き気を催してしまうほどに。



そしてそれだけ後悔すると、しっかりと自分の中にその出来事が

心の傷となって刻み込まれる。



痛いけど、でも、それがとても大切。

その心の傷があるから、次に同じ場面があってもそれを繰り返さず、

新たな課題として直面できるのだ。

そう。これこそが、反省。

過去を振り返り(後悔)、その課題を未来へ活かす(反省)。



後悔なくして、反省が得られるものか!

超ポジティブシンキングの人はできるかもしれない。

でも人間、多かれ少なかれ、基本、ネガティブであるはず。

だってその方がより「学ぶ」から。



ネガティブを知っているから、ポジティブに向かえる。

後悔の段階から、反省へ向かい、成功体験となる。

後悔⇒成功 

この間。そこに生じた差が「学び」。

その差が大きければ大きいほど、学んだものがが大きかったということ。



人間後悔したっていいんだ。

それこそより人間らしいや。



やっぱり私は人間が好きだ。

人間って面白くて、そしてとても可愛い。
前回は祖母におこった病気から、その意味を見つけ出した。


・・・が!


今回はなんと、自分の身に起きてしまった(:_;)


先日、激しいのどの痛みと、鼻づまり、さらには38度を超える高熱!!!


も、もしやインフルか???


最近、うちの病院でも大はやりだったからなぁ、、、


倒れたスタッフももう何人になるだろう???


とうとう自分にも来ちまったかなぁ、、、等など


不安で胸がいっぱいになりながら、診察を受けました。


インフルエンザ検査、採血、レントゲン・・・検査フルコース♪


結果は「ただの風邪」!


なのに、熱は下がらないまま3日間。


喉も痛くてご飯が食べられないし、鼻が詰まって息出来ないし、


口で息をしようにも、喉にヒリヒリと痛みが来るし。


もちろん、仕事にも行けず、休暇。




この寝込んだ3日間。


辛くて眠れないし、だからといって何もできないし、


ばあちゃんの病院に見舞いにも行けないし、さてどうしたものかと考えた。


なんだか色々と考えた。




そして、気づいた。


自分がこんなに大風邪をひいた理由。


ばあちゃんが病気になってから、私は仕事とばあちゃんの入院先の病院とを


行ったり来たりし、なんだかよくわからないままに突っ走ってきた。


これだけ突っ走ることが出来るエネルギーが自分のどこから湧いてくるのだろう?


と思うほどでした。


これだけ突っ走ってきた私は、今、休まなければいけなかったんです。


強制的に休まされたのです、肉体が病気になるということで。


さらに変な話、先月・今月となぜか生理が5日以上早めにきているのです。


この大風邪がやっと少し楽になってきた時に、生理が来る。


もちろん、風邪と生理のダブルパンチでさらに休養を強いられています。


この風邪と生理が明けた時、きっと何かが起こるのでしょう。


パワフルに動かなければならない何かが。


その下準備としての充電期間。




本当に、世の中、良くできているものです。





余談ですが、実は12月の時にタロットの練習で、


その時既に、私の2月の状態をカードが物語っていました。


「休め」と。




今回の風邪で、「しょうが湯」にかなりお世話になりました。
銀座の、高知県アンテナショップに行った時に、国産の「黒糖入りしょうが湯」を
買っておいて助かったー♪
ぽっかぽかに体が温まりました。


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お久しぶりのブログ更新。


実は私の大好きな祖母が病気になり、


仕事終わったらそのまま祖母が入院している病院へ直行!


土日もできるだけ祖母との時間を持つ。。という日々でした。


幼いころから両親が共働きだったので、


私と妹はばあちゃんちに預けられ、


一日のほとんどをばあちゃんと過ごしていました。


大好きな大好きなばあちゃん。


でももう、治らない。


日々、状態は悪くなっていく。


ばあちゃんがいなくなるなんて考えられない!


嫌だ!!!


と、ずーーーーっと泣き暮らしていました。




ふと、そんな日々の中、色んな出来事が起こる中で、あることに気づいてしまった。


それは、、、


「病気になるということには意味がある」


「病気になりあるお役目を果たそうとしている」


ということ。




詳しい内容は書けないけど、


ばあちゃんはなるべくして病気になった。


もっと言いかえれば、自ら望んで病気になった。


もちろん、ばあちゃん自身、そんなことは全く意識もしていなかっただろうけど。


無意識に(?)


潜在意識の中で(?)


いや、ハイヤーセルフがそうさせたというのが一番しっくりくる。


ばあちゃんは自分が犠牲になることで、


自分の大切な愛する人たちを救おうとしているんだ。


だから自ら病気になった。


・・・ということに確信を持った。




ばあちゃんの作戦は今のところ成功している。


そう思うと、ばあちゃんが病気になったという悲しみから


ばあちゃんの想いに対し、尊敬する気持ちが強くなった。


私もそのばあちゃんの作戦を応援しようと思った。


あの人たちを救うことがばあちゃんの真の願いのはず。




こんなにもばあちゃんに想われてるあの人たちに嫉妬しつつ、


さらにばあちゃんの想いに気づいてないあの人たちへの苛立ちもありつつ。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



思えば、病院で働き、患者様やそのご家族たちとの面談等の中でも


同様のケースは多いということに今さらながら気づかされた。


本当に今さら。


みんな、なるべくして病気になっている。


病人が家族内に出るということは、本当に大変なこと。


しかし!全てがマイナスではなかった。


その裏には、すごく重要な意味が隠されていたんだ。




私はばあちゃんの病気を通して、もっと巨視的に全体像を見ることの大切さを学んだ。


ありがたいことなのかもしれない。


ばあちゃん、ありがとう。


ばあちゃんは本当にすごい人だ!


ばあちゃんからは子どものころからたくさんの愛をもらい、


さらに病気が進行してこんな状態になってまでも、


人を愛することの大切さと幸せを教えてもらっている。




私は、ばあちゃんにそのお返しができていただろうか・・・・・???